<首相訪問>

日本の戦争責任 --- 被害者不在ですすむ政治決着

古沢希代子


 5月の連休に小泉首相がアジア・オセアニア歴訪の一環として東ティモールを訪問する。日本の首相が東ティモールを訪問するのは初めてだ。
 訪問のおもな目的は東ティモールに派遣された自衛隊の施設部隊を激励することだというが、大戦中の日本軍占領がもたらした性奴隷制などの〈人道に対する罪〉について首相がどのような発言を行なうのか明らかではない。
 80年代から日本で連帯運動を展開してきた東ティモールに自由を!全国協議会は、4月26日、首相の東ティモール訪問に関して申入書(全文掲載)を提出した。この文書は、超党派の東ティモール議員連盟が首相訪問について申し入れを行なった際、江田議連会長から福田官房長官に手渡された。

日本政府の思惑

 議員連盟は、日本政府が独立後の東ティモールに適切な支援を継続するよう求めているが、要請項目の第三番目で日本の戦争責任に触れている。

 「3. 日本が戦争中に性的被害者を含む東ティモール住民に与えた被害について国の責任を認識し、当事者の訴えに十分耳を傾け、納得できる解決に向けて最大限努力すること。」

 この点に関して、岡崎トミ子議連事務局長は「日本軍による被害者の声を聞くのも総理の重要な仕事」「戦争責任が果たされていないことを十分認識すべきだ」と述べた。それに対し、福田官房長官は、「日本の自衛隊が東ティモールに入ることについて、いろいろな感情をもつ人がいることは事実だと思う。しかし、それを上回る成果を目指したい」と答えた。
 どうやら日本政府は「自衛隊による貢献」で日本の戦争責任にフタをするつもりのようだ。「それを上回る成果を目指す」という言葉の含意は「自衛隊の貢献で人々を納得させ日本が与えた損害をチャラにしてもらう、できればオツリがでるとよい」ということではないだろうか。被害者無視もはなはだしい。

ある「人権団体」の勘違い

 東ティモールのNGO諸団体は、昨年9月、12月、今年2月、3月と声明や集会を通じて「自衛隊派遣の前に戦争被害者への謝罪と補償を」と訴えてきた。その声に対する反論として、日本政府はよく「現地には自衛隊を歓迎し日本の戦争責任は追及する必要がないと主張している人権団体もいる」ことを引きあいに出す。
 さて、こういう団体は確かにひとつはあり、それはCDHTLという名の団体だ。しかし、このCDHTLがきちんと問題を理解しているかどうかは疑わしい。これを率いているのは暫定政府の人権アドバイザー、イザベル・ダ・コスタ・フェレイラだが、最初に自衛隊派遣について意見をきかれた際、彼女はきっぱり「歓迎」と答え、注目された。しかし、彼女は自衛隊のことを「護身術のチーム」だと勘違いしていた。その後「本当にそう言ったのか」と確認されて「えっ、それって護身術(self-defence)のチームじゃないの」と答えている。このやり取りはテレビで放送された。CDHTLはまた「日本の戦争責任の追及は必要ない」とも言っているらしいが、現在ではほとんど活動らしい活動はないというのが NGO界での評判だ。

政治指導者たちの人権意識

〈ホルタの場合〉
 3月4日、自衛隊の先遣隊がディリの空港に到着すると、元慰安婦を含む戦争被害者やNGOが抗議の声を上げた。ホルタ外相はすぐさま対抗措置を取った。翌3月5日、ノーベル平和賞受賞者として声明を出したのだ。
 「日本の偉大で豊潤な歴史の中で1940年から1945年にかけての部分ほど、日本が東ティモールを含むアジアの何百万もの人々、そして自国の人々に対してもたらした苦しみによって、日本人を傷つけたものはない。この偉大で誇り高い国は、人類に対して落とされた最初の原子爆弾で廃虚と化し、そして日本人は敗北と降伏と極度の貧困という屈辱を耐えねばならなかった。 ....... 」
 この言説には「日本は太平洋戦争中にアジアでひどいことをしたが、原爆を落とされたりして充分な制裁を受けているじゃないか」という彼の気持ちが読める。そのせいか、3月14日発行のTimor Sun (デンパサール - ディリ路線を運行するインドネシアの航空会社ムルパティの週刊紙)は、「日本を許そう」というタイトルをつけ第一面でホルタの声明を紹介した。ホルタはまた、「もし東ティモール人が一握りの東ティモール人や外国人 - 彼らもまたティモール人のことを心配していることは我々も知っているが - の呼びかけを心にとめるなら、これまであれやこれや、直接間接に東ティモール人を苦しめた国々 - ものすごく長いリストになるだろう - からの謝罪を待つことでこの先何十年も費やすことになる」とも述べている。
 ホルタの言説は、まず謝罪や補償を求めるアジアの被害者の声を無視しているし、非戦闘員への核攻撃を行なった連合軍も含め、戦争を遂行した者たちの責任を問おうとする戦後の平和運動の流れにも逆行する。そこには調査、真相究明、被害者への謝罪、被害者の名誉回復への言及はまったくなく、被害者の人権への配慮はひとかけらも見られない。
 ホルタは2001年3月に来日して以来、内外で「東ティモール政府が日本に賠償を請求すれば、人々の間に潜在するインドネシアへの賠償要求に火をつけるおそれがある」という発言を繰り返してきた。彼は交渉者としての立場を忘れ、足もとを見られるような本音を平気で吐き出している。

〈シャナナの場合〉
 シャナナ・グスマォンは、大統領選挙のキャンペーン中に3月4日の被害者とNGOの行動を非難する発言をくり返した。彼は、ああいう行動は「恥ずかしい」、また「おばあさんたちが証言をするのを見るのは悲しい」と言った。日本占領期の戦時性暴力被害者を調査してきた女性団体FOKUPERS(東ティモール女性連絡協議会)は「熱狂的なシャナナの信奉者に事務所を襲撃されないか心配だわ」と苦笑している。
 シャナナの考え方には前から問題があった。彼はかつてジャカルタのチピナン刑務所に収監されていた時、アジアの元慰安婦たちが日本に補償を求める運動をしていることを知り、「東ティモールの女性ならそのような恥ずかしい行為はしないだろう」と言った。その言葉に支援者は呆然とした。どうもシャナナは「補償要求=金の要求=卑しい行為」と考えているらしい。日本が国家賠償を支払うということは、国家としての法的責任を認め、被害者が受けた損害をもとに戻すことはできないので金銭で償いをすることだということが、彼にはわかっていない。一方でシャナナは被害者の名誉回復と救済について何も方針を出していない。しいたげられた人々が自分の意志で被害を訴え、要求を上げることに反感をおぼえ始めたら、それは「独裁」への一歩である。 

被害者の声をきく、被害者と協議する

 こういった態度は年配の政治指導者に共通する傾向のようだ。野党社民党のマリオ・カラスカラォン党首も3月4日の行動を「援助に来たお客さんに失礼な態度」と非難したらしい。
 問題は、ホルタにしてもシャナナにしても、被害者たちから話もきかず、相談もせずに、政府として日本の戦争責任を問わない方向につきすすんでいることだ。暫定内閣首相マリ・アルカティリはこの問題での発言をひかえているが、ホルタの発言を許しているという点で責任がある。
 背景には東ティモールにとって最大援助国となった日本への「配慮」がある。ホルタの発言には必ず東ティモールへの日本の資金協力がふれられている。そして彼らの態度を口実にして、日本政府もまた被害の調査も被害者との協議もしていない。
 現地では日本の自衛隊員が地元の人々と目をあわさないようにして働いていることを小泉首相は知っているだろうか。指導者たちは遠慮して何もいわないから安心だが、一般の人たちからは何をいわれるかわからない、恐いのである。このような労働環境をつくり出した責任は日本政府にある。日本が与えた被害に対して何の措置も講じなければ被害者との間の緊張がとけないのは当然である。 東ティモールの指導者を金の力で押さえつけ、その指導者の権力で被害者の口を封じさせる。こんなやり方では真の和解は生まれない。こんなやり方は新しい国の船出にふさわしくない。★
 

自衛隊と道路建設

 4月26日の議連の申し入れの際、福田官房長官は「なんにしても道路は必要じゃないですか」と述べた。しかし、PKOの工兵隊の任務は人びとの生活道路を直してまわることではない。各紙の報道では、自衛隊が建設・修理するのはPKOに必要な軍事作戦道路となっている。昨年12月に来日したマリ・アルカティリ暫定政府首相は議連との会合で「東ティモールの道路を悪くしたのはPKOの重車両だからPKOが修理するのは当然じゃないか」とお得意の皮肉を披露した。自衛隊はかつてカンボジアですぐ穴があくような道路の鋪装工事をしたそうだが、PKOの道路補修というのはその後も長期の使用に耐えられるような「質」を想定していないのかもしれない。
 東ティモールではすでにスアイの建設業者がパキスタンの工兵隊が行なった工事についてクレームを出している。「PKOの施設部隊の技術力は低い。直したところがすぐ崩れる。経験のある地元の業者に仕事をさせてほしい」。
 自衛隊が軍事的緊張関係の少ないところで道路工事をすることは、「費用便益分析(対費用効果)」、「日本と現地の〈民業〉との関係」、「住民参加」といった観点から徹底した見直しが必要である。財政悪化と建設不況が続く日本でなぜ自衛隊派遣の「不経済」や「民業圧迫」が吟味されないのか不思議である。朝日新聞の社説(2002年3月2日)や船橋洋一氏のコラム(2002年2月28日「日本@世界」)にいたっては、日本と韓国の軍隊がPKOでいっしょに汗をかけば日韓の融和に貢献するといった、これまた被害者無視及び金勘定無視の主張を堂々と展開している。その後、同じ「朝日」に今野東議員の投稿が掲載された。貴重な「金勘定論」なので紹介したい。(古沢)

首相への意見箱


日本は大戦中に与えた被害に対してどのように責任を取るべきでしょうか。日本政府と東ティモール新政府が結論を出す前に、読者の皆さんも小泉首相に意見を伝えて下さい。首相官邸のホームページに意見が書き込めます。
http://www.kantei.go.jp/


朝日新聞(東京本社版)3月24日朝刊
オピニオン欄(15面)

東ティモール 自衛隊派遣だけが貢献か

今野東(こんのあずま)衆議院議員(民主党)


 東ティモールの国連平和維持活動(PKO)への自衛隊派遣が始まっている。3月4日、先発隊24人が現地入りした。60年前のこのころ、旧日本軍が東ティモールに侵攻している。
 過去の戦争責任にからめて自衛隊派遣に抗議している一部住民の感情を逆なでしたまま、4月中旬までには680人の施設部隊が現地入りする予定だ。
 武器使用基準が緩和されたPKO協力法改正後初の派遣で、小銃や機関銃など680丁を携行する。派遣先で自衛隊の武器使用の可能性がありうる。
 ここで立ち止まって考えてみよう。
 東ティモールへの自衛隊派遣は有効な国際貢献策なのだろうか。ほかにもっと平和的な貢献策はないのだろうか。財政的側面からも考えてみたい。
 東ティモールの自衛隊派遣には、64億円の準備経費が計上されている。すでに油圧ショベルやトラック、コンクリートミキサーなどが調達され、そのほかに、自衛隊員が宿泊する天幕や組み立て家屋の建設募などとして23億円が使われる予定だ。
 これとは別に1年間の滞在費として100億円近い経費を見込まなければならない。あわせて1年間で最低でも150億円ほどの経費がかかる。
 東ティモールの自衛隊施設部隊は、道路や橋の補修工事をすることになっている。しかし、そうした工事は自衛隊しかできないことだろうか。 東ティモールの失業率は80%である。現地で、職のない働き盛りの男たちが、迷彩服姿の自衛隊員が行う道路や橋の工事を、複雑な表情でぼんやりと見つめる光景が展開されるに違いない。
 そうなれば、日本の印象は必ずしも芳しくなく、有効な国際貢献とは言えなくなる可能性がある。
 それより、日本の民間人と現地の人の力を利用できないか。日本人の民間技術者の指導で東ティモールの人たちに働いてもらえば、彼らが技術を習得することができる。また、家族のために働いて収入を得る喜びを与えることもできる。これこそ、本当の国際貢献と言えるのではないか。
 道路や橋の技術者は、日本の民間企業に大勢いる。企義が倒産して失業している技術者もいるだろう。年収1千万円程度を保障して50人集めてチーム編成したとしても 5億円で足りる。
 さらに、東ティモールの人680人を年収30万円で雇い、作業員としで働いてもらったらどうだろうか。国連東ティモール暫定行政機構(UNTAET)で働く英語が話せる東ティモール人の職員も含めたらいい。こうした現地の人の人件費は2億5千万円程度ですむ。
 このほか、油圧ショベルなど車両機材の購入費に10億円、コンクリートなど資材の購入費に23億円かかる。しかし、自衛隊派遣の場合と異なり、宿泊施設建設費や滞在費はいらないから、40億円程度で自衛隊と同じような工事ができる計算だ。
 日本の財政も削減できるし、現地にとっても自衛隊派遣よりはるかに有意義なものになるはずだ。
 東ティモールは人口約75万人の小さな独立国。自立を促す手を差しのべることができたとき、日本は、はじめて平和的な国際貢献ができた、と胸を張れることだろう。



首相の東ティモール訪問に関しての申入書

東ティモールに自由を!全国協議会

2002年4月26日

小泉純一郎内閣総理大臣殿、

 私たちは、1988年に結成された、東ティモール人の自決権を支援する日本の市民グループです。
 今回の首相による東ティモール訪問は、日本の首相としては初めての当地訪問であり、重要な意味をもつものです。首相は5月20日に独立をはたす東ティモールを祝福され、日本が東ティモールの平和と発展にこれからも寄与しつづけることを約束されることでしょう。
 しかし、東ティモールに長年かかわってきた私たちは、日本がかつて第二次大戦中3年半にわたって東ティモールを不法に占領し、住民に多大な犠牲を強いたという歴史が、まだ精算されないまま今日に至っていることに胸をいためています。
 東ティモールを訪れ、人びとと話をすれば、大戦中いかに人びとが苦しんだかについての話をしばしば聞かされます。人びとの記憶は今なお鮮明で、犠牲を強いられた人の苦痛は、60年近くを経た今でも癒されていません。
 東ティモールの人びとは、これまで日本から、いかなるかたちにおいても、日本の不法な占領とその間に日本人が行った暴虐に対して、謝罪を受けたことはありません。ましてや賠償や補償について、日本側からは何の説明もなされていません。
 現地では慰安婦にされた女性たちがすでに証言を始めています。また被害者と市民とが一緒になって日本に何らかの措置を求める声もあげています。
 東ティモールの指導者たちは、はるばる祝福にやってくる日本の首相に苦言を呈するようなことはしないかもしれません。実際には、指導者たちは、声をあげはじめた人びとを制止しようとすらしています。しかしそうして演出された「歓迎の態度」の上にあぐらをかいて、犠牲を強いた側の日本が何も見ようとしなくていいのでしょうか。日本からの援助を必要としている彼らが、日本の機嫌を損ねまいとして、こうした過去の傷を癒すことすら求められないでいる姿をみて、首相は「問題なし」とお考えになるでしょうか。
 私たちは、東ティモールの人びとに言われなくても、日本はすすんでこの過去の過ちを正し、謝罪、賠償、補償などのしかるべき措置をとるべきだと考えます。そうしなければ、日本は未来永劫、アジア諸国から尊敬される国にはなれないでしょう。
 以上のことから、首相の東ティモール訪問に際し、私たちは以下のことを申し入れます。

1.日本の首相として、第二次大戦中の日本の東ティモール占領およびその間の暴虐について、謝罪し、しかるべき対応をとることを言明すること。
2.日本占領時代の被害者の方々、とりわけ元慰安婦の女性たち、そして彼女たちを支えているNGOの人たちの声を直に聞く機会をもつこと。

 旅のご無事をお祈りしています。

東ティモールに自由を!全国協議会

札幌東ティモール協会、仙台東チモールの会、東京東チモール協会、東ティモール支援・信州、名古屋YWCA東チモールを考える会、大阪東ティモール協会、東ティモールの声を聞く会、善通寺東ティモールと連帯する会、下関・東チモールの会、アジアと日本(私たち)の関わりを見つめる会、東ティモールと連帯する長崎の会、日本カトリック正義と平和協議会。


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