<トラウマ>

東ティモールにおける戦争孤児への心理的支援
−インドネシアからの独立時の混乱から発生した戦争孤児の状況調査−

文珠紀久野(山梨県立看護大学)、文珠幹夫(大阪東ティモール協会)、Sr. Mariafe Silva (President of Orphan Asylum in Laga East Timor)

 戦争で心の傷を受けた子どもたちに絵を描いてもらった。結果はここでは細かく述べられないが、それらの絵は子どもたちの不安な心的状況を映し出していた。(結果はいずれ論文になる予定で今回は調査をしたことだけの報告です。)


 東ティモールは1975年にインドネシアの軍事侵攻を受け、24年間の軍事占領下で総人口の30%以上の人が殺されたり行方不明となったと言われている。(アメリカC IA報告書)その間強姦や拷問を受けた女性は数知れない。その中には強姦をしたインドネシア軍人の子どもを産まざるを得なかった女性も多数存在する。両親を失った子どもや目の前で親兄弟が殺されたり、母親等女性の強姦を目撃した子ども、さらには、強姦の結果生まれた子どもの中には親から見捨てられた子どももいる。(高橋・益岡・文珠 1999、高橋・益岡・文珠 2000、アムネスティ・インターナショナル・日本支部 1989&1996)
 特に、1999年の独立を決めた住民投票後のインドネシア軍とそれに支援された民兵の殺人を含む暴力はすさまじく、数千人が殺され全土の80%以上の建物が破壊された。そのときの暴力の恐怖を子どもたちは強く感じ、その結果心的外傷を受けた子どもたちは多数存在すると考えられる。
 特に、親を殺されその結果戦争孤児となった子どもたちが受けた心理的ダメージは非常に大きいと考えられる.(古野 2001)、さらに、戦争孤児となった子どもたちは東ティモール内にある孤児院に救出され、生活している。しかし、その状況は劣悪であり、様々な物資の不足とともに、子どもたちをケアするスタッフも不十分である。(Unisef 2001)さらに、ケアスタッフも心的に様々なダメージを受けていること、スタッフ自身も心理的サポート面における専門的トレーニングを受けていないという状況にある。そのために子どもたちへの十分なケアとサポートができないという問題がみられる。
 現在国連暫定統治の下、東ティモールは国造りと復興に向け活動しているが、失業率も高く(70%以上)人々は生活に困窮している。心に傷を負った女性や子どものケアにまで手が届かないのが現状である。今後、この問題は東ティモールの大きな社会問題になると思われる。早急な実体調査とそのケアに当たる必要がある。(Modvig, J. et.al 2000)
 そこで、研究目的の第一は、戦争孤児の実態を把握すること、第二は、彼らに対する心理的支援のあり方を検討し、試行すること、第三に、長期にわたる支援の必要性が高いことから、東ティモールにおけるサポート体制とスタッフ養成のあり方を探ることである。
 今回は、研究目的の第一を遂行するために現在孤児院で生活している子どもと両親がそろった家族で暮らしている子どもとの違いを心理テストを通して検討することである。
 
<方法>
・対象(表1)
 1)独立後東ティモールで生活している戦争孤児(Aグループ)7名(全員女)
 2)両親と暮らしている子ども(Bグループ)15名(女5名、男10名)

・使用した心理テスト
 言葉や生活習慣等の影響の少ない投影法の「バウムテスト」を使用した。
 バウム・テストとは描画法の1つで、K.Kochが1949年に投影法の1つとして考案したもの。年齢や文化的背景を越えて使用が可能で、1本の実のなる木を描いてもらう。木はその人の内的な様相を投影していると捉える。用紙の空間の使用、木が描かれた全体と、木の種類、木の細部の検討・分析を行う。そのことで、描画者の内的状況を解釈するが、出来ればその人の生育歴、生活状況等の情報と併せて検討することでより精密な評価が可能となる。

・実施者
 心理の専門家よりトレーニングを受けた研究者

・実施状況
 1対1での個別状況で行い、次のインストラクションを用いた。
 「これから実のなる木をこの画用紙に鉛筆を使ってあなたが思うままに描いてください」
 木が描かれた後、「この木は何の木ですか?描いていたときどのようなことを思っていましたか?」の質問を行った。
 ただし、東ティモールの言語には多くの方言があり、実施者のテトゥン語が通じない場合は通訳を介して行った。
 孤児に対しては、孤児院内の一室を使った。両親同居の子どもたちには、教会の外階段や海岸での戸外で実施した。
 実施状況はVTR録画を行った。
 実施時期は2001年8月25日〜9月14日である。

<結果>  省略

<考察>
 東ティモールの子ども達にとって、画用紙と鉛筆を持って「絵」を描くこと自体が非常に珍しく興味深いことと捉えられていたこともあって、調査には非常に協力的であり、自発的、熱心に描こうとしている。
 そういった中で、戦争孤児と家庭保育の子どものバウムテストを比較検討すると、5人の戦争孤児の子ども達は、内的不安の高さ、空想的で現実感の欠如、強い自己防衛を示している。
 津田(1992)によると、バウムテストの表現に養育環境の影響がみられると言われている。養護の必要な子どものバウムは小さく、空間領域に偏りがみられ、一線幹の木であると言われている。
 反面、家庭で養育されている子ども達は、子どもらしい空想的世界を有し、心理的にも安定し、日本の子どもと比較すると若干発達的に未熟な状態であるが、ほぼ順調な発達を遂げていると思われる。しかしその中でも、11歳女子B、12歳男B、14歳男Aのように自己を統合しきれず不安を内在し、悲哀感を強く有している子どもも見られる。
 こういったことから、戦争孤児となった子ども達の心理的傷は非常に大きく、早急の対応が求められていると思われる。また、家庭で養育されている子ども達も、東ティモール全土が戦乱にさらされたことによって、不安定な心理状況を有していると思われる。

<今後の課題>
 戦争孤児となった子どもは東ティモール全土で約1500人を越えて存在すると言われている(UNICEF 2001)。今回はその一部の子ども達に対して心理テストを実施したが、今後、可能な限り多くの子どもへの調査を実施する予定である。
 また、使用した心理テストは文化・社会的背景の影響を受けることの少ない投影法を用いたが、子どもへの面接、養育者へのインタビュー等を併せて実施し、より詳細な検討を実施することも必要であると考えている。
 それは、津田(1992)も述べているように、バウムテストにおける目隠し分析には限度と危険性を伴っており、子ども達の養育環境、生育歴等と併せて分析する必要があると思われるからである。

<謝辞>
 今回の調査を快く引き受けてくれた子ども達と孤児院のシスター方に感謝申し上げ、この研究が子ども達の心身の成長の一助となることを願っている。
<参考文献>
古野喜政『ユニセフの現場−東ティモール日記』日本ユニセフ協会大阪支部設立準備室、2001年。
高岡奈緒子、益岡賢、文珠幹夫『東ティモール−奪われた独立・自由への闘い』東ティモールに自由を!全国協議会、1999年。


表1

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高岡奈緒子、益岡賢、文珠幹夫『東ティモール−奪われた独立・自由への闘い』明石書店、2000年。
津田浩一『日本のバウムテスト−幼児・児童を中心に』日本文化科学社、1992年。
UNICEF, Assessment of The Situation of Separated Children and Orphans in East Timor, The International Rescue Committee in collaboration with UNICEF East Timor-Child Protection, 2001.


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