季刊・東ティモール No. 2, January 2001

<報告>

紛争後の東ティモールにおける拷問とトラウマ
拷問犠牲者のための国際リハビリテーション協議会

Torture and trauma in post-conflict East Timor
J. Modvig, J. Pagaduan-Lopez, J. Rodenburg, C.M.D. Salud, R.V. Cabigon, C.I.A. Panelo
The International Rehabilitation Council for Torture Victims (IRCT)
LANCET, Vol. 356, No. 9243, Nov. 18, 2000

 デンマークの団体IRCTが行った調査で、多くの東ティモール人がトラウマをかかえていることが明らかになった。以下は医学雑誌「ランセット」に掲載された報告だ。



 25年間インドネシアの軍事占領下におかれた東ティモールでは繰り返し人権侵害が行われたが、インドネシア当局がそれを調査したり起訴したりしたことはあまりなかった。1999年8月の住民投票の後、インドネシア派民兵たちは一部軍の支援を受けて広汎かつほぼ無差別の組織的暴力および破壊計画を開始し、その結果、大規模な国際平和維持・救援活動が必要となった。
 こうした人道危機への対応は、その不可欠の部分として、拷問と極度のトラウマ(心的外傷)の広がりについてのアセスメント(評価)、および被害者が必要とするリハビリテーション(社会復帰並びに自信回復)への配慮を含むものでなければならない。人々がひどい被害体験によって受けた心理的影響をのりこえ、自分たちの歴史についての一貫性し、バランスのとれた認識を勝ち取る機会がなければ、社会の復興は、不可能でないにしろ、極めて難しい。トラウマは自然に回復してしまうこともあるが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)患者についてのこれまでの研究によると、治療を受けた患者と受けなかった患者において、有意な症状緩和に要した平均時間は後者で前者の2倍を示している。トラウマに対する治療は紛争後の状況においては、その緊急段階早期に組み込むことが決定的に重要な過程なのである。
 独立した国際保健専門団体である「拷問犠牲者のための国際リハビリテーション協議会」は、2000年6-7月、東ティモールにおいて全国的な心理的危急度評価を実施した。これは拷問およびトラウマの程度とそれが住民の健康にもたらした影響を評価することを目的として行われ、調査結果はその後提案された「国家社会心理リハビリテーション・プログラム」の基礎となった。
 推定人口75万人の東ティモール13県にわたり、1,033世帯に対して聞き取り調査を行った。各世帯からは信頼できる情報提供者と思われる回答者1人を選んだ。また、各県毎の保健衛生体制の見取り図をつくり、将来パートナーを組める相手ならびに支援体制を見つけて決めるという、「共同体トラウマ地図作成活動」も行った。質問表は、トラウマおよび拷問の既往症、PTSDの症状、健康についての自己認識、回復の可能性、どのように助けを求めるかなどを明らかにするようつくられた。
 回答者の平均年齢は35.5歳で、873人(85%)が14-59歳であった。998人(97%)の回答者がトラウマの原因となるような出来事を少なくとも1つは経験したことがあると答えた。最も一般的な3つの原因は、「戦闘状態に直接身をさらした」(785人:76%)、「避難するところがなかった」(658人:64%)、「病気なのに医療を受けられなかった」(632人:60%)であった。
 ハーバード大学トラウマ質問表症状チェックリストにもとづき限界値2.5以上を示した51人(34%)がPTSDと分類される。父また母の死を経験した者は多く、各々320人(31%)、248人(24%)いた。また142人(14%)が紛争期間中に配偶者を失っている。女性にとって、夫をなくした悲しみはしばしば、家族に対する責任を1人で引き受けることのジレンマと相俟って、一層つらいものとなっている。
 トラウマが子どもに与える影響を間接的に計る目的で、負傷しているかあるいは家族から引き離された子どもの有無を質問した。227人(22%)が「イエス」と答え、さらに125人(12%)が自分の子どもは政治的暴力の結果死亡したと言った。いくつかの県で民兵による子どものレイプが報告されている。
 拷問は広く行われていたようだ。400人(39%)が拷問を受けた経験をもつと回答したが、さらに多くの587人(57%)が、われわれの調査ツールにある6つの拷問の型のうち少なくとも1つを経験したことがあると答えた。「心理的拷問」(411人:40%)、「殴打または手荒な扱い」(336人:33%)、「ヘルメット有りまたは無しでの頭部打撃」(267人:26%)、「電気ショック」(124人:12%)、「手を潰された」(102人:10%)、そして「レイプまたは性的虐待」(54人:5%)がその6つである。多くの回答者が、とくにインドネシア軍による尋問中に銃を突きつけられ脅されたことを述べている。227人(22%)が家族または友人が殺害されるところを目撃している。207人(20%)はトラウマは決して回復しないだろうと考えており、より多くの424人(41%)が何らかの援助があれば回復できるだろうと感じている。
 調査において拷問の体験を隠す傾向があることは、今回の調査でも見て取れる。拷問を受けたことがあるかどうかを直接たずねたところ、「ある」と答えた者は39%であった。ところが6つの拷問形態を特定して質問すると被害者の割合は57%まで増加した。この差は、拷問が多くの犠牲者にとって端的に質問されない限り、全く触れたくない話題であると考えると説明できるだろう。
 また、われわれは調査を通して、東ティモールの人々が、健康に関係すると考える問題については医師や地域の看護士に相談したいと思ってはいるものの、実際に助けを求める相手はまずもって家族であり、教会であり、地域社会であることに気づいた。したがって社会心理学的プログラムあるいはリハビリテーションの実施に際しては、家族、地域社会指向型が最も効果的と考えられる。
 これを念頭におきIRCTは他団体と密接に協力し、トラウマの基本概念並びに子どもたちの社会心理的回復について小学校の先生たちへの教育を行い、子どもたちとその家族への支援を行っている。われわれはこれから1年かけて、全国規模でプログラムを実施するつもりである。子どもたちの治療を優先させるが、それは彼らこそ紛争や災害の影響を最大限に被る集団であることを認めるためである。迅速な治療を受ければ子どもの回復は早い。トラウマを引き起こす原因となった出来事と健康上の後遺症のアセスメント(評価)を行うことで、疫学研究は人道危機に対する集団的対応において重要な役割を果たすことができるだろう。★

(訳:七芽なな)


(本文はイギリスの医学雑誌『Lancet』2000年11月18日号(Vol. 356, No. 9243)の1763頁に掲載された論文の全訳である。翻訳にあたりIRCTにはご快諾いただいたことを感謝します。)


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