季刊・東ティモール No. 2, January 2001

東ティモールのリプロダクティブヘルス&ライツ(第2回)

東ティモールコンドーム論争(その2)


東京東チモール協会 古沢希代子


 今やインドネシア時代の「家族計画プログラム」が人権侵害にみちていたことを否定する者はいない。しかし、それにかわるプログラムについては、家族計画が生活に密着した緊急課題であるにもかかららず、関係者の間での意見調整も国民的議論もとどこおっている。ディスコミュニケーション(意志疎通の欠落)。UNTAETの慢性疾患はここにも及んでいる。

 正月休みを使って東ティモールに飛んだ。昨年12月の「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」に提出した起訴状や証拠を強化するため、現地の関係者と追加調査を行なうためである。合間をぬって前号の宿題に関する取材を試みた。
 
コンドームは誰が配ったのか

 ディリの国連人口基金(UNFPA)は事態を把握していた。昨年、外国人が宿泊するディリのホテルにコンドームを置いたのは、International Rescue Committte (国際救援委員会)という米国のNGOだった。IRCは世界中でコンドーム配布によるエイズ予防の活動を展開している。UNFPAの東ティモール人スタッフによると、IRCは東ティモールで同様の活動を開始するため、まず、ベロ司教の承諾を得ようとしたが、回答がないため、見切り発車したとのことだった。IRCはホテルでのコンドーム配布を今も続けている。
 一方UNFPAもこの件に無関係ではなかった。IRCが配るコンドームを供給しているのはUNFPAだった。UNFPAは、避妊手段を求めて門をたたく人々には、それが国連職員でもPKO要員でも東ティモール人でも、希望する避妊手段を安全基準の範囲内で提供しているという。「民生部門のスタッフもけっこうもらいに来る。現在の東ティモールでは避妊手段は手に入りにくいし、買春にだけ使われるわけでもない。東ティモール人はインドネシア時代の〈家族計画プログラム〉によるトラウマを抱えているから、避妊手段の供給はセンシティブな問題だと認識している。しかし私たちはあくまでも要求に応じて提供するのであって、強制は一切ない」と胸をはる。
 では、IRCのやり方が、カトリック教会による例の超反動的な通告(前号参照)を引きだして、はっきりいって肝腎の東ティモール人にとって迷惑至極な結果をもたらしたことについてはどう思うかと訊ねると、「カトリック教会は東ティモールの公式な意思決定機関ではない。UNTAETの保健局もUNFPAも独立した組織であり、それぞれの任務をもっており、自分たちは拘束されない」という答えがかえってきた。そうひらきなおってしまったらコミュニケーションの溝は埋まらないなあ。それに、問題は、カトリックの教会の反動化が今後この議論に影を落とすことなんだけれど。実際、ベロ司教の通達は、保健医療にかかわる国際NGOに家族計画への取り組みを足踏みさせる効果ももったのである。
 UNFPAによる一連の説明は、一瞬合理的にきこえるが、そこには巧妙に隠ぺいされた〈逃げ〉がある。ひとつは、UNFPAが各方面と調整しながら、自らの責任において、東ティモール人を対象にしたリプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)に関するプログラムを展開していないという事実だ。なぜUNFPAは、UNFPAの存在など知らない、あるいはディリのオフィスまで来ることができない人々にリーチする努力を放棄したのか、UNFPAが他の地域で展開している「女性の健康という観点からの家族計画」を構想しないのか。それはむしろUNFPAの任務をまっとうしていないことではないのか。実はUNFPAこそ教会の圧力がこわくて「腰が引けている」のである。(UNFPAはインドネシア時代も避妊手段を提供していたが、それが東ティモールでどう使われようと何もいわなかった。)もうひとつは、UNFPAが女性のリプロダクティブヘルス&ライツを専売特許にしながら、一方で買春問題や女性の人権問題に介入することを避けてきたことである。
女性の人権団体の反応

 昨年4月、東ティモールの主な女性団体であるOPMT(ティモール民衆女性連盟/東ティモール独立革命戦線系)、OMT(ティモール女性連盟/東ティモール民族抵抗評議会系)、 FOKUPERS(東ティモール女性連絡協議会)、 ETWAVE(女性の暴力に反対する東ティモール女性)、 GFFTL(東ティモール女性青年会/学生連帯評議会系)は、REDEというネットワークを結成し、6月に初の全国女性会議を開催した。今回は時間が限られていたので、この件で話がきけたのはFOKUPERSのみである。
 ベロ司教の通達が出た後、FOKUPERSのマリア・ドミンガス代表は米国のメディアによる取材を受けた。その際に通訳をしていたラウラ・アブランテス(写真/一昨年スピーキングツアーで来日)によると、ドミンガスはその時「司教はフリーセックスの奨励に対して異議申し立てをしたというのが自分たちの解釈である」とコメントした。ラウラは「それは当然でしょ」と言った。おどろいた私は、ふたりは通達を読んだのかと訊ねた。ラウラは「文書は読んでいないけど」と答えた。そこで私が、ベロ司教は医療的措置をふくめていかなる場合も禁欲以外の避妊と中絶を認めないと言明していると伝えると、今度はラウラがおどろいて、そんなことは信じられないと言った。ラウラは敬虔なカトリック信者で、教会のスカウト運動のリーダーでもあり、親しくしている聖職者も多い。ラウラによると今までカトリック教会がそんなことを言ったことはないという。教会は女性が子供を産むことによって危険にさらされるような場合、人工的避妊措置を取ることを認めてきたと主張する。ラウラには通達のコピーを渡し、FOKUPERS内部で議論したり、教会の親しい人たちと協議したりすることを提案した。また、夫婦間のセックスでコンドームを使うことについての意見も聞いてほしいと伝えた。
 6月の全国女性会議では女性の健康についての分科会が開催されたが、ベロ司教の通達自体が議論の対象となることはなかった。会議で採択された行動綱領を見ると、家族計画に関しては、インドネシア時代に避妊措置を取っていた女性へのフォローアップとインフォームドチョイス(充分な情報を提供された上での自由な選択)の尊重がふれられているのみである。FOKUPERSの事務局次長であるロザ・デ・ソウザは、東ティモールでも婚姻外の性交渉はあるのだし、実際に避妊手段を取っている女性も多いのだし、教会はもっと現実的になるべきだという。ロザは「東ティモールでは、IUDやピルや注射やインプラントを使って〈避妊を行なうのは女性〉、というのが通例になってしまったから、どういう場合でも男性にコンドームを使わせるのは難しいだろう」と見ている。インドネシアが残した負の遺産を払拭するのが、中世のカトリック社会の再来とならないために、男女にとってより民主的で安全な方法を選択するために、東ティモール人の間で、そして東ティモール人と国連の間で率直なかつ充分な議論が必要だ。
 
インドネシアのエイズ予防パンプレット

 さて、ディリの国連人口基金はいまだに東ティモール人向けのエイズ予防パンプレットを発行できないでいる。オフィスにはインドネシアで配布されているパンフレットがあったので「これをテトゥン語になおして使うことはできないの」ときくと、それはダメだと判断されたそうだ。
 となると中身が気になるので、とりあえずもらってきた。インドネシア保健省と米国国際援助庁(USAID)がつくったそのパンフは、全ページカラー印刷でコミック仕立てになっており、全編、男性が買春する場面を想定している。主人公は「快楽の宮殿」という店で売春する女性たち。なんだかんだ理由をつけて(これが社会学的におもしろい)コンドームをつけようとしない客たちを、それぞれの女性がねばり強く説得し、最後にはコンドームをつけることを承知させる、という内容になっている。
 私が大学の自分のゼミ(開発と女性)で使っているジェンダー学の教科書には「プラクティカルジェンダーニーズ(PGN)」と「ストラテジックジェンダーニーズ(SGN)」という概念が出てくる。STNが、既存のジェンダー関係を変革するための具体的要請を意味するのに対して、PGNは、既存のジェンダー関係の中で(例えば)女性にふりあてられた役割を少しでもよい条件で果たすために必要とされる事がらを意味する。この概念をあてはめれば、売春宿で男性客がコンドームを使用することは売春婦にとっての究極のPGNである。このパンプレットでは、なぜ、男性の買春は容認されているのか、この女性たちはなぜ売春しなければならないのか、などといった「構造的問題」には一切言及されてない。「ややこしいことは言わないからとにかくつけてくれ」といった感じである。インドネシアでは、すでにその超現実的レベルで「エイズ防止のためのコンドーム普及キャンペーン」が始まっている。それはカンボジアでもタイでも同様である。そして、どこの国でも女性組織はもう一方の「構造的問題」に切り込もうとがんばっている。

東ティモールとエイズ

 昨年12月22日、国連安保理はエイズに関する決議(決議番号1308)を採択した。国連安保理は、すでに昨年7月、史上初の保健に関する決議を採択し、エイズへの対策を強化するよう求めていた。12月22日の安保理の最終セッションで、米国のホルブルック国連大使は、エイズの拡大がきわめて深刻であるにもかかららず、国連PKO局による7月決議の履行は不適切かつ不充分であったと述べた。退任を目前にひかえた同大使は、同日行なわれた記者会見で以下のように語っている。
 「来年の国連総会では国連エイズ撲滅計画に関する特別セッションが開催される。その際、エイズが国連PKO要員によってひろまっているなどという事態があってはならない。東ティモールでは国連が来るまでエイズ感染の報告はなかった。東ティモールは隔絶された地だったので、本当にそれまで感染例がひとつもなかったかどうか定かではないが、現在は感染者が20人出ているという報告がある。80万人の人口で(報告例がこれだけあるというは)ゆゆしき事態だ。難民キャンプがエイズの感染源となっており(!!!) 、前にも述べたように、PKO要員がエイズに感染して本国に帰還することもありうる。きわめて危険だ。」
 大使の今回の発言にはどのような裏付けがあるのか。ここが肝腎だが、記者会見では明らかにされていない。ホルブルックは1992年にカンボジア国連暫定統治機構の明石康代表にPKO要員とエイズの関連について注意を喚起する書簡を送ったという。次回は、国連PKOとエイズの関連についてカンボジアで起こったことをお伝えしたい。また、東ティモールでの感染経路についても、調査の上、おってご報告したい。(次号へ続く)

東ティモール人とカトリック教会
--結婚をひかえたカップルへの教育

 昨年春にスピーキングツアーで来日したFOKUPERSのメアリー・バレトさんが10月に結婚した。彼女から結婚前のカップルが教会で受ける教育について教えてもらった。
 結婚をひかえたカップルは約一カ月の間、教会にかよい、神父から結婚に関する教えを受ける。まずはふたりの関係について。結婚の動機は性欲なのか愛情なのか。妻は人生のパートナーであり、セックスの相手としてだけではなく、人間として尊敬すること。結婚には責任がともなうこと。次にバラキについて。東ティモールでは結婚の際に伝統的にバラキ(婚資の交換。例えば、女性側がタイスや豚や宝飾品などを、男性側が水牛や酒や金を用意)が行なわれてきたが、これは人間の価値を物ではかることにもなり、バラキへの不満によって暴力や離婚も発生している。行き過ぎはよくない。三番目は健康について。健康は家庭の基本である。夫婦はお互いの健康をきづかいあわねばならない。女性には農作業、家事、育児、水くみ、薪ひろいと多くの仕事が集中するので負担をわけあうべきである。最後に家族計画にいて。家族計画は「自然な方法」が奨励される。女性には妊娠可能な時期とそうでない時期がある。この周期を利用した避妊は認められている。ラウラいわく「ここでコンドームが組みあわされて使われることに教会がOKといえばいいんだよね」。


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