季刊・東ティモール 1号(October 2000)

<みんなで考えよう!>

東ティモールのリプロダクティブヘルス&ライツ(第1回)
東ティモールコンドーム論争(その1)

東京東チモール協会 古沢希代子



 インドネシアの軍事占領下で行なわれた強圧的な「家族計画」プログラム。破傷風の予防接種と偽り女子高校生に避妊注射の集団投与まで行なったあのプログラムに、私たちは世界中から抗議の声をあげた。当時このプログラムに資金援助したのは、現在東ティモール復興支援の財政的取りまとめをしている世界銀行だが、私は担当者に直談判するため世銀本部のあるワシントンまでとんだこともある。あの頃、私たちは口をそろえて叫んだ。「東ティモールの乳幼児死亡率はインドネシアのどの州より高い。女性たちは、まず必要なのは栄養(食糧)と医療で、避妊薬じゃないって言っている」と。
 しかし、来日したベロ司教から、これとよく似た言説を聞いた時、私は「そうだそうだ」ではなく、「うーん」と頭をかかえてしまったのである。
 9月16日、日本のカトリック教会の招きで来日したベロ司教と日本のNGOとの会合が東京・四谷のニコラ・バレで開催された。まず、それぞれの団体が自己紹介し、次に司教が昨年来の惨状や反独立派民兵との「和解」の環境整備について話をし、最後に質疑応答となった。そこで、現在エルメラで保健教育活動に従事するSHARE(国際保健協力市民の会)のスタッフから、今年6月にベロ司教がUNTAETの保健局や保健関連のNGOにあてて出したコンドーム使用禁止の通達について質問が出た。禁止されたのは、副作用に関する論議が続いているホルモン剤の注射や皮下埋め込み式シリコンチューブや経口薬ではない、あのシンプルな避妊具、コンドームなのだ。避妊だけではなくエイズを含むあらゆる性感染症の防止にも役立つあのゴム製品なのだ。
 ベロ司教は、まず穏やかな笑顔で「あの通達のおかげで私は世界で一番保守的な司教と陰口をたたかれるようになった」とかわしてから、その後厳しい口調で「国連は人々が何を望んでいるか耳をかさない。今の東ティモールで緊急に必要とされているのは食糧と医療なのに、一方的にコンドームを配っている」と述べた。私は手をあげて発言し、国連にはおしゃるように問題があるし、食糧と医療の確保が急務だということもそのとおりだが、避妊だけでなく性病予防にもなるコンドームという手段そのものを否定する前に、東ティモールの人たちがこの問題をどう考えるのか議論をおこしてほしいと要請した。実はこの時、私はまったく性質を異にするふたつの意味で、司教の発言の背景を理解してなかった。
 まず、明らかにすべきなのは、国連のどこが誰に対してどのようにコンドームを配ったのかであるが、これはUNTAETに確認を取らなければならない。問い合わせの結果は次回報告したい。ただ、こういう情報はある。東ティモールへ寄港する今年の「ピースボート」(民間国際交流事業)に水先案内人のひとりとして乗船したアナ・パウラ・マイヤが、出港前の記者会見で語った話だ。アナ・パウラは98年から私たちが支援してきた女性の人権団体、FOKUPERS(東ティモール女性連絡協議会)のスタッフで、UNTAET統治下における人権問題に取り組んでいる。彼女は、UNTAETの本格的展開にしたがって東ティモールの首都ディリでは売買春が急速に増えていること、国連職員や外国人が宿泊する船上ホテル「オリンピア」の男性トイレには無料のコンドームが入った箱がおかれているが、どんどん空になるので毎日補充されていることを語った。
 オリンピア号のコンドームが国連の配給によるものか、これも確認しなければならないのだが、少なくとも彼女の話からこれだけはいえる。東ティモールが破壊されたことで、復興という仕事が発生し、その仕事にありついたがために東ティモール人から見れば夢のような給料を得ている外国人が、自分の欲望を満足させるために東ティモールの女性を買っている状況があって、そこで外国人向けに無料のコンドームが支給されているとしたら、それがどれほど東ティモール人の感情を害するか想像に難くない。かつてカンボジアで国連軍兵士による買春が問題になった時、当時の明石康UNTAC代表は「Boys are boys(男なんだからしょうがない)」と答えたという。国連や援助機関の外国人には「俺達はお前たちを助けに来てやってるんだ、だからそれぐらいやらせろ」という意識が潜んでいるらしい。そして国連や援助機関が取り組んだことといえば、せいぜい、要員に対するエイズ教育とコンドーム配布だった。
 SAHREをはじめカンボジアやタイなどで活動経験をつんできたNGOは、そして私自身も、国連軍が展開し外国人があふれる東ティモールでエイズが拡がることを心底心配している。だから、東ティモールのカトリック教会が一律にコンドームの使用を禁止しようとすることに賛成できない。しかし、私たちは、いわば「対処療法」に追われるあまり、今の東ティモールにおける国連と外国による支配のあり方、東ティモール人にとってのそういう「助けられ」方を、批判はしつつも、前提として受け入れてしまっているところがないだろうか。そういう意味でベロ司教が私たちを叱るのは当然である。ただ、もし司教が「コンドームを使うな」と言うことにより、本当は「金にあかして東ティモール人の女性を犯すな」というメッセージを伝えたいなら、頭が悪く感性愚鈍な外国人への教育的配慮として、よりストレートな言い方をしてほしいと思う。国連、外国の援助機関、外国企業にはそういう物言いこそふさわしい。これは「お願い」である。
 と反省しつつ、まだしっくりいかないことがある。ディリでSHAREの現地スタッフと話をする際に出てくるのが「東ティモール人社会の中では買春を含めた婚姻関係外性交渉の実態はどうなんだろう」という疑問だ。もしカトリックの宗教的規範と現実の性行動の(特に男性の)実態がいわば二重構造になっているとしたら(実際にそういう国は山ほどあるが)、男性がコンドームを使わないことによるリスクは大である。外国人がいなくなれば片づく問題でもないんじゃないかと感じるのだ。それから、女性の身体への負担を考えて出産の間隔をあけるという「スペーシング」を目的にした夫婦間の避妊もだめだということになるなら、これはもう女性の健康に対する権利の侵害ではないだろうか。東ティモールのカトリックの信者は出産間隔の調整などしないのだろうか。それにしても、こういう話になると、東ティモールのことをあんまり知らなかったんだなあと痛感する。
 次回は、東ティモールの女性団体がこのカトリック教会の方針をどうとらえているのか、インタビューをして、その結果をお伝えできたらと思う。
 さて、〈次回へ続く〉の前に、6月の「通達」の原文が入手できたので、訳出しておく。実はこの通達は、避妊と中絶に関する東ティモールカトリック教会の総合的見解であり、「コンドームの使用禁止」はそのほんの一部だったのだ。私のもうひとつの「認識不足」は、避妊に関するカトリック教会の中世から変わらぬ政策だった。そうか、禁欲以外の避妊以外はすべて悪だった。


<参考資料>

2000年6月22日
「家族計画の人工的方法について」



 私は以下の点に関する貴殿の注意を喚起し、早急な対応を求める。
 教区のさまざまな地域ではたらく私の司祭たちから、保健局管轄下の諸機関が多くの地域で、人々にコンドームや経口中絶薬(訳者注:本当だろうか?)を配布するなど、人工的家族計画手段の推進をはかっているという事実が私にもたらされた。
 1. カトリック教会は、たとえそれがひっ迫した治療目的で行なわれる場合であったとしても、信者による人工的家族計画の諸手段の使用は一切認めないという事実を想起し、私の教書から以下を引用する。
a) キリスト教徒の尊厳と婚姻による紐帯によるに基づき、生命の誕生プロセスを阻止するすべての家族計画手段と直接的あるいは医療的理由で行なわれるすべての妊娠中絶は許されない。夫または妻の恒久的あるいは一時的不妊化も避けねばならない。それが夫と妻の親密な関係の時期においても、それ以前においても、男親が子どもこしらえることを阻止するようないかなる行為も介入も避けねばならない。(1984年4月26日のベロ司教の第3号教書より)
b) しかしながら、教権の教えにより、自然な家族計画は認められる。この点に関して東ティモールにおける教会の立場は明確であり、1985年3月3日の教書にあるとおりである。「フマナエ・ビタエ」第16の教えにより、東ティモール教会は以下を確認する。
・直接的あるいは医療的理由で行なわれる妊娠中絶といった、生命誕生プロセスに直接的に介入するあらゆる手段はまったく受け入れられず、避けられねばならない。
・夫または妻による恒久的、一時的不妊化にかかわる手段もまた、受け入れられず、避けられねばならない。
・婚姻期間であろうとその前であろうと、出産や男親が子どもをこしらえることを不可能にするようないかなる行動も完全に避けられなければならない。
 2. 90%の東ティモール人がカトリック教徒であると事実に基づき、私は、人々の宗教的、民族的、文化的アイデンティティーを尊重し伸長することは、ひとりの人間の基本的な権利の不可分な一部であるとした1994年12月12日付けの私の書簡を想起する。改めて、教会は、自らの運命に対する人々の権利を尊重することを強調したい。
 よって私は、人々の精神的指導者としてこの書簡を提出し、家族計画の受け入れがたい措置に終止符を打つ早急な行動と、人々の宗教的、民族的、文化的アイデンティティーの尊重を明確に示すことを期待する。

カルロス・フィリペ・シメネス・ベロ司教
カトリックディリ教区教皇行政官


|第1号の表紙|

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