あぶさん
●(1)坂本龍一氏の「教授」となる前のあだ名。坂本氏が水島新司の漫画「あぶさん」に似ていたため呼ばれていたという。「コンパクトYMO」中の細野さんのインタビューの結成直前のエピソードの所で確認できるところから推測すると「教授」となったのはYMO結成後のようだ。
「教授」というニックネームをつけたのは高橋さん。(松本弘毅)
  ★「あぶさん」ですかあ。ありがとうございます。m(_ _)m 水島新司さんの『あぶさん』好きでした。むかし家に5巻くらいまであって、そこまでしか読んでないんですけど・・・。普段はお酒を飲んでいるんですが、打つときにはぴたっとふるえがとまるんですね。かっこいいです。坂本さんもあぶさんもプロで、自分の仕事を愛して誇りを持っておられますよね。(nakanaka)
●(2)リリィのアルバム『オーロイラ』のライナーノーツの写真に教授の所に「Abu(Sakamoto)」と書いてあります。
他に伊藤銀次、斉藤ノブ、吉田健、上原ユカリなどの人達が一緒に写っています。(M-37)
  ★そ、そうなんですか! さすがにリリィのアルバムは持っていませんでした。。。(^^; 社会人になってから、色々とアルバムが再発されて、レンタル屋さんや中古屋さんでお金を(少しずつですけど・笑)使えるようになっても、なかなか聞いてみたいものが聞けないでいるんですよねー(涙)。(nakanaka)

アホアホマン
●(1)『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系で、毎週日曜日に放映されていた)の「アホアホマン」のコーナーに「アホアホマン」として坂本龍一が出演した(1995?)。松ちゃん扮する「アホアホマン」の兄弟役。アホみたいだった。(nakanaka)
●(2)坂本龍一は「アホアホブラザー」として出演。アホアホマンとは幼馴染の関係らしい。必殺技(?)でピアニカを手に、名曲「戦場のメリークリスマス」のメロディを弾きだすものの、途中でハズしてしまう。また「合体!」の掛け声とともにアホアホマンが後ろ、アホアホブラザーが前になって重なり、そのうちアホアホマンがアホアホブラザーの胸を揉みしだき、アホアホブラザーが恍惚の表情で「なんて気持ちがいいんだ…」と悶え始める、といった一幕もあった。後に「HEY! HEY! HEY!」に出演した際に教授が語ったことによると、あのブリーフのウ○コのシミは教授が自分で塗ったらしい…。(MSY)
  ★私が書いた文章に説明を下さり、まことにありがとうございます。m(_ _)m 一部間違えていました。申し訳ありません。「アホアホブラザー」でしたか。。。
この放送は録画しているのですが、そのビデオテープは実家のどこかにあるはずです。今回、拝読して当時の画面が思い出されました。笑えてきます。(^ ^)(nakanaka)


平成3年7月発売の、世界文化社発行の、神化論に、高橋ユキヒロ氏のメッセージがありました。そのなかで、YMOの結成と、散開についてのコメントがありました。そして今後の活動について、幸福感というものを、みんなと分かち合うために活動するという、貴重なコメントをのせていました。くわしくは本を。(コンドル)

Aile de Honneamise
教授の初の(そして最後の?)アニメB.G.M.。製作は『ナディア』や『プリンセス・メーカー』や『エヴァンゲリオン』で一躍有名になったGAINAX。当時はまだダイコン・アニメなどを作っていた大学サークルに毛が生えたような存在で、それを映画配給事業に乗り出し始めたBANDAIがプロデュースする事になった。そこで映画音楽に積極的に参入し始めた教授に目を付けた、と言うのはナカナカ筋がよろしい。教授としては『戦メリ』、『子猫物語』に続き3本目の映画音楽。『ラストエンペラー』はこの後になる。因みに「パール兄弟」のギタリスト等も作曲に参加。
因みに教授の映画音楽としては、この後の『ラストエンペラー』のアカデミー賞受賞が大きな事件であったため、本作の評価はそれほど高くないようだが、僕個人の意見としてはコレが“教授らしさが良く出ている”と言うか、一番“音楽として”まとまっている、と思う。はっきり言って『戦メリ』や『ラストエンペラー』以降の映画音楽と比べても遜色がない。と言うか一番いい。ワタシはこれが大好きです。何故か、と言うと“皆が一番聴きたいだろう教授の音”って言うのが無茶苦茶素直に出ている。何のてらいもない。『ラストエンペラー』以降、無闇にアコースティックで権威主義的に豹変してしまった教授とは無縁の“実験大好き君”らしさが良く表れている、と思います。アニメと言うんで肩から力を抜いてたんかな? いずれにしても必聴。教授のシンセ映画音楽としては(『レーザーマン』のタイトル曲以外では)最後のモノです(多分)。
因みに副題が“王立宇宙軍”なので教授は初め“右翼関係の映画?”だと思ったそうな。ヴィデオも出来るならチェックしてください。いい話です。声優には『王様のレストラン』等でブレイクする前の森本レオが出演。モゴモゴしゃべってます(笑)。原画には『東京大学物語』や『まじかるタルるートくん』でお馴染みの江川達也さんが参加してます(レイプシーン等)。(Prophet5&MC4)
  ★『オネアミスの翼』ですね。私も大好きです。1曲目のテーマから「教授!いい」という感じで惚れました。映画も見ましたが、よい作品だと思いました。(ただ、けっこう前に見たので、忘れかけていますけど。。。) 日本でこのような映画を実写で作れる人はいるのでしょうか。坂本さんも、若いクリエイターと一緒に仕事ができて楽しかった、というようなことをおっしゃっていたと思います。
ところで、「パール兄弟」のギタリストは、窪田晴男さんですね。アラビックな雰囲気でロック調の曲を提供されています。それから、坂本さんのシンセの映画音楽としては、この後も幾つか発表されていると思います。取りあえず、次のシンセを使ったサントラ『The Handmaid's Tale(侍女の物語)』が思い起こされます。他にもあったと思うのですが。。。この下の項目↓ のサントラ『愛の悪魔』もピアノとシンセがメインなので、シンセの音楽に近いと言えるかもしれませんね。(^ ^) (nakanaka)

愛の悪魔
画家、フランシス・ベーコンの映画。坂本龍一氏曰く、戦メリ以来の自信作と豪語する、サントラを提供。(たかなし)

味の素のCM
●(1)ふと、今日、TVを見ていたら、味の素のオリーブ・オイルのCMをやってました。
 内容は、魚の「鯛」がいろんな形で出てきて「タイです。タイです」 切り身になっても、「まだ、タイです」。・・・ところが、その切り身にオリーブオイルをかけると、とたんに「カルパッチョになりました」・・・と言うもの。
もう一つパターンがあって、トマトが出てきて「トマトです。トマトです。・・・まだ、トマトです。」で、やっぱりオリーブオイルかけるととたんに、「インサリタード・ポロモード(?)になりました」、というもの。(ちょっと正確に聞き取れなかった)
 とりあえず、今のところ確認したのは、この2パターン。
 なんだかほのぼのして、面白いCMだなぁと思ったんですが、ナレーションの声に聞き覚えがあったので、味の素に問いあわせてみました。すると、予想どおり「高橋幸宏」氏でした。(^-^)
 以前から「元気ならうれしいね」で味の素「ちゃんとちゃんとキャンペーン」とか、なにかと味の素とは縁の深い幸宏氏ですが、「良いモノ」を選ぶ、幸宏氏らしい、オシャレなCMだなぁなんて思いました。
CMソングは数多く手がけている幸宏氏ですが、ナレーションもやってるのですね。(NIS)HP=「NISTYSERVE.」
 ★このコメントは、1999年の7月にいただきました。アップが遅れまして申し訳ありません。全くの管理人のミスでございます。お詫び申し上げます。m(_ _)m 
 幸宏さんの曲が使われていた(牧瀬里穂さんが出ておられました)、味の素の「ちゃんとちゃんとキャンペーン」長く放映してくれましたね。(nakanaka)
●(2)高橋幸宏氏と味の素との関係は特別なものがあります。高橋幸宏氏のお父様は、味の素を入れるガラス瓶を製造していた会社の社長さんだったはずです。
 誰もが「味の素のガラス瓶」と聞けばイメージする、赤いキャップに底の部分が丸く膨らんだ瓶です。
 たしか、幸宏氏が高校生ぐらいの頃にその会社が倒産してしまったという、話を聞きました。(ぷ〜)
  ★そうだったんですか! 今でも家で使っている味の素の瓶といえばそれです! 知りませんでした。これから料理をするたびに、味の素にとても愛着を感じると思います。(nakanaka)

赤い人民服
あまりに当たり前すぎて誰も書かなかったキーワード。
YMOの衣装としては一番有名。
『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』のジャケ写で初登場。
デザインはデザイナーでもある幸宏氏が担当。
元ネタは何と明治時代のスキー服だとか。
生地にはギャバジンという素材を使用(バーバリーのコートもギャバジン)。
気になるお値段は17万円ナリ。(ブロイラー)

オールナイト・ニッポン
●(1)ニッポン放送のラジオ番組。1983年、つまり散開の年、火曜日の前半を高橋幸宏が担当していた(と思うのですが)。坂本龍一や細野さん、デビッド・パーマーらもゲスト出演した。大久保林清(景山民夫)が構成をしていた。12月にはYMOの日本武道館公演の模様をいち早く流すなどサービス精神あり。(nakanaka)
●(2)「高橋幸宏のオールナイトニッポン」最終回は1.2部通しで、3時からの2部の最初は「細野晴臣のオールナイトニッポン」の声で始まったと記憶しています(細野さんも来ていた)。(eiko K)
●(3)個人的なことで恐縮ですが,高橋幸宏のオールナイトニッポンの第1回目で私のはがきが読まれたんです。「汚ねぇ,字だ」とのコメントもいただきました。幸宏氏は,その後「かわいいおじさん宣言」なるものをしていました。(いしくら)
  ★うらやましいですー。(nakanaka)

アメリカン・フィーリング
1979年にコーラスグループ「サーカス」が歌いヒットした曲。編曲:坂本龍一氏。1979年度「日本レコード大賞」において坂本氏が編曲賞を受賞した曲です。
この他にも坂本氏編曲、サーカスが歌った「ホームタウンエクスプレス」(当時放送されていたTVドラマ、鉄道公安官のエンディング)という曲もあります。 エンディングのテロップに編曲:坂本龍一と出ていました。(SL500)
  ★えー!「ホームタウンエクスプレス」は知りませんでした。これは今でも手に入るんでしょうか。でも、取りあえず、サーカスのCDをレンタルしようと思っても、近所には余り置いてなさそうです……。坂本さん、こういうところで賞を取っているんですよね。坂本さん……に限らず、YMOの皆さんの活動は広いので、それを追うのは大変です。(nakanaka)

エイプリル・フール(APRYL FOOL)
1969年に発表されたアルバム及びグループ名。メンバーは小坂忠、柳田ヒロ、菊池英二、細野晴臣、松本零。細野さんのプロデビューレコード。日本コロンビアよりCD化されている。(nakanaka)

アクアVのCM
1990年頃、アサヒ飲料の清涼飲料水のCM(出演は深津絵里)。音楽が幸宏さんでライディーンをベースにした作品でした。たしかライディーンを逆回しにしたような方向で作ったというものだったかと。
そのCM以降耳にしたことないんですがかっこよかったですよ。^^また聴きたいなぁ(あきら)
  ★き、ききたいです。坂本さんは、CM曲集をCDで出してくれましたけど、幸宏さんや細野さんも、してくれないですかねえ。。。(^ ^) 細野さんの『Coincidental Music』は、もう20年くらい前のものですし……。あ、坂本さんのCM提供曲を集めたCDが発売されたとき、ちょうど同じ時期にMIDIからも同じようなCDが出されて、ちょっと混乱しましたよ〜、何が重複しているのかなー、とか(笑)(nakanaka)

Arp Odyssey
●(1)Moog MiniMoogとならぶアナログシンセサイザーの名器中の名器。YMO初期のアルバムから再生コンサートまで広く使われている。(そよかぜ)
●(2)ミニ・ムーグと並ぶ、初期シンセサイザーの代表機種。「ズ太いムーグ」に対する「繊細なアープ」的位置づけで、ユーザーにはリック・ウェイクマンやハーヴィー・ハンコックをはじめ枚挙にいとまがない。時期によって多少ヴァージョンが異なり、72年〜75年のRev.1(パネルが白い)が一般には有名。意外な所ではリチャード・カーペンターが74年の武道館に持ってきてる(ヴィデオ『カーペンターズ・イン・武道館』)し、坂本龍一の『フェイヴァリット・ヴィジョンズ』(廃盤)の裏ジャケットに写っているのもコレ。YMO的には75年〜77年のRev.2(黒パネル)と77年〜79年のRev.3(ヴィヴラート等の白いコントローラーが左の方についている)がよく知られる所で、前者は細野氏が、後者は坂本氏がライヴで使用。どちらの音もグリーク・シアターのヴィデオで聴く事が出来る。未だに中古市場で高値で取り引きされている。(tatsu)

浅田彰
京都大学助教授(でしたっけ?)。村上龍、坂本龍一「EV.Cafe 超進化論」(講談社、1985)に対談が収められていたり、「水牛楽団休業」(本本堂、1984)を坂本龍一と共同編集したりしている。その他、「月刊カドカワ」でも坂本龍一に関して寄稿していたり、細かいことをいうと、結構な量になるかもしれない。端から見ていると、凄いもん同士のお互いにいい刺激を与えあう関係、に見えたりもする。もともとは経済学専攻ながら哲学・思想(に限らず色々な分野)にも造詣が深いらしい。思想的にはポスト構造主義に接近しているようだ。「構造と力」(勁草書房、1983)、「逃走論」(筑摩書房、1984)等。(nakanaka)

朝日放送朝のテーマ曲
●(1)テレビ番組が始まる前に流される朝の音楽というのはよくあるものだが、朝日放送(@大阪)では3分間(かな?)坂本龍一作曲の曲が流れる。恐らく「Beauty 」か「Heartbeat」の頃から流れている。どうせ録るなら1月17日(坂本さんの誕生日)にと思って(笑)それを録画したのだが、その後すぐに、阪神・淡路大震災が起こった。忘れられない日となった。(そして忘れてはいけない日である。)(nakanaka)
●(2)ちょっと前に見たら変わってましたよ−!
私は3年前位に見つけてすごくお気に入りだったんですけど。映像とまっちしてて。残念です。(YOKO)
  ★いつの間にか終わってしまいました。現在のところ、見ようと思っても見られないのです。(T_T)(nakanaka)

頭クラクラ、みぞおちワクワク、下半身モヤモヤ
●(1)初期のYMOが目指したサウンドのコンセプト。
誰が考えたかわからないが、名コピーだと思う(^^;(ごるん)
  ★名コピーですよねー。これはたしか細野さんが考えたものです。細野さんって、コピーもすごく惹かれます。このキーワードをいただいて、YMOはやっぱり細野さんのバンドなんだと改めて思いました。(nakanaka)
●(2)他にも、細野さんは
(1)sexyなリズム→踊らずにはいられない!
(2)fantasticなメロディー→ハートにくる!
(3)metallicなコンセプト→前頭葉マッサージ!
とかいろいろ言ってたようです。こういうの考えるの好きな人なんでしょう。(ブロイラー)HP=「モフモフ〜モスモスのまねまねサイト」
  ★そうそう、そういうことおっしゃっていました! 私は正確なところは忘れていたのですが、とても懐しく思い出しています。細野さんって、たしかに、こういうことを考えるのが好きな方のようですね。YMOのあとも、「OTT」「アルジー」「quiet」「tranquilty」「過激な静けさ」とか、何か標語(?)めいたものを口にしておられました。細かいことまで追いきれていませんが、コンセプト・ワードとして自分で何かを考えるために使っておられるのではないかと推測します。(nakanaka)

アベックピアノ
カセットブック。音源としては「CODA」と同一(らしい)なので存在そのものが「レア」という事だろうか。「JAPAN」と「CODA」の二曲は未収録。
因みに追加二曲は推測するに81年のアルバム「左うでの夢」のセッションにて作ったものにピアノをダビングして形を整えたものではないだろうか。 (平川史明)

鮎川誠
●(1)ロックンロールバンド「シーナ&ザ・ロケッツ」リーダー。サンハウスでのギタリストなどを経て、ロケッツ時代に細野プロデュースでアルバムをリリース。(ヤブロック)
  ★YMOのライブに参加したのは、うーん(-_-;) いつだったでしょうね。ヤブロックさんより「武道館」のときかもしれません、とメールをいただいているのですが、今のところ私の手許に資料がありませんで、はっきりしたことは分からず、申し訳ありません。m(_ _)m ネットで調べればいいのかもしれませんが、今はそこまで手が。。。(nakanaka)
●(2)「テクノポリス2000−20」ツアー(1980年3月21日愛知〜4月15日札幌)の中での3〜4公演でした。
このツアーのギターは大村憲司氏だったのですが、感冒性内耳炎で聴力損失の恐れがあるとの医師の診断が出たため、数日間ドクターストップ。ピンチヒッターとして鮎川氏の登場となりました。
ちなみにこのツアー、矢野顕子サンは出産のため産休。当時、サイエンス・フィクションのメンバーだった橋本一子サンがサポートメンバーに加わっていました。(SL500)
  ★このあたりの事情、余り知らないのです。助かります。本などでメンバーが変更されたりした、という話は読んでいるのですが、細かいところまでは分かっておりませんでした。鮎川さん、むちゃくちゃかっこいいですよね。日本人で、いつまでもロックをしていてもバッチリの人。性格も良さそうな感じに思えるのです。(^ ^)(nakanaka)