第8話 〜バスティーユ監獄襲撃

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人生
「さて、前回はとても和やかムードで事なきを得ましたが。

教授
「ここまでは・・・まあいくつかの事件はあったにせよ、比較的“革命”という割には穏やかじゃないか?

人生
「まあ確かに。割と交渉で何とかなってるし、王様も臆病だし。

教授
「もしこのまま穏やかに事が進んでいたら、
 旧制度は
立憲君主制(憲法があって王も居る)に変わった程度で済んだかもしれない。

助手
「ちなみにおさらいですが、現在は絶対王政ですね。

教授
「混乱を嫌うブルジョワジー(物を売る上では混乱が怖い)にとっても穏やかな改革は嬉しいし、
 改革が穏やかなら、特権身分も時代の流れを汲んで譲歩は出来たかもしれない。
 いずれにせよ旧制度は引っくり返らない。この状況でもまだ「王様万歳」と叫ばれる可能性は十分あったんだ訳だな。

人生
「過去形にしてるぐらいなんだから、ダメだったんだな。

教授
「そう、ダメだった。色々理由はあるが、とにかく、なにより食料がなかった事が最大の理由だ。
 「穏やかに事を運ぶ」余裕も時間も食料も、当時の人々にはなかったんだ。
 第6話でレヴェイヨン事件を取り扱ったが、あの後もパンの値段は弥増さっていった。
 餓えた民衆は、議会の駆け引きなど遂に待ってられなくなったんだ。

助手
「ちなみに革命直前の乞食の数は、フランス人口の20分の1。
 パリでは総人口の6分の1(約12万人)にまで上ったそうです。

教授
「また一方で、オルレアン家の庭である、一般開放されたパレ・ロイヤル(同じく第6話参照)も凄まじい喧騒でごった返していた。
 ココではオルレアン家の特権に守られているので言論が自由だ。警察も入れない。
 さて、色々三部会や国民議会で動いていた間、ココはどうなっていたと思う?

人生
「阿鼻叫喚の巷。演説合戦、市井のストレス発散地域、押し合いへし合いの田園都市線状態。

教授
「ローカルネタをもってくるな。
 一日中、バルコニーからリンゴを投げても地面に落ちなかったらしい。意味は分かるな?
 扇動家は暴動を起こす様に市民をけしかけていた。ボルテージは最高潮だ。

人生
「なんか前々から「市民は爆発寸前」だーとか色々表現してるけど、じらすなぁ。

教授
「なにより規模(人数)が足りなかったからな。きっかけがあっても“暴動”で終わってしまった訳だ。
 現にココでも「各地で暴動はあった」と何度も話しただろう?
 しかしココでは規模的にもう十分だった。“
市民軍”なんていう軍まで出来た程だ(ちなみにパリで48000人)。

人生
「武器あるんか?

教授
「ある。全員がという訳ではないが、武器商人から奪った武器で武装していた。

助手
「ちなみにこの“市民軍”には元軍人の方々も混じっていました。
 一連の動きに、軍隊内にも脱走者が続出。民衆と杯をかわしながら「坊主を倒せ!」と叫んだそうです。
 テニスコートの誓いの際に、議会に入れないように邪魔した「ガルド・フランセーズ」という軍がありましたね?
 あの第一連隊・・・要するにガルド・フランセーズの一部は、既に市民の側に立っていたそうです。 

人生
「心強いな。

教授
「そんな中で遂に7月13日、“きっかけ”が発生した。ネッケルのクビだ。

人生
「あ、やっぱクビにされたんだ。

教授
「代わりに就任されたのは、より(革命に)反動的な
ブルトゥイユ男爵という人だ。
 パレ・ロイヤルにこの報が来たのはその翌日の7月13日。
 彼の財政改革には大きな期待をかけていただけに騒然とする中、29歳の無名弁護士
デムーランが壇上に出て演説した。
 「ネッケル解任は国民への侮辱だ。愛国者達が虐殺されようとしている。武器をとれ!」

人生
「え、虐殺されようとしてんの?

教授
「さあな。
 真意はどうあれ、しかしこのアジ演説、スイッチを押すには申し分ない破壊力だった。
 とうとう市民はパリを練り歩き始めた。武器を持ってる人は武装してな。

人生
「爆発したのは分かるけど、何の為に?

教授
「この日、一番最初に求めたのはパンだった。

助手
「武士は食わねど高楊枝。

教授
「「パン!パン!」と叫びながら、日ごろ目につけていた僧院を片っ端から襲った。
 中にある小麦粉は奪い合う事なく、中央市場に運ばれた。
 ただの暴動とは訳が違う、革命を起こした者同士で共通意識が芽生えてるのが分かるな。

助手
「同時に求めたのが武器。王室の武器庫を片っ端から破壊して奪いとり、
 当時のパリの市長
フレッセルもしぶしぶ市庁舎にあった360丁の銃を差し出しました。

人生
「しぶしぶ?

助手
「革命に対する態度を決めかねていたそうです。「革命反対!」という程ではありませんが、
 「いやいやちょっと皆さん待ってそんな落ち着いて…」といった具合でしょうか。

教授
「この民衆の暴動──というよりはそろそろ革命と言っても問題ないか。
 これに対して特権階級は何を以って対抗したと思う?

人生
「まあ国民議会でいい感じになってるし、妥協案でも提出したとか?

教授
「それは遠く離れたベルサイユでの話だろう(国民議会はベルサイユに位置)。
 パリとベルサイユは離れているぞ。

人生
「あれ、じゃあもしかして。

教授
「いや、まあ近かろうが武装して襲ってきたら抵抗せざるを得ないと思うけどな・・・。
 正解は軍隊。大砲でも可。

人生
「ちょ、

教授
「あろう事か革命が発生している町に、市庁やパレ・ロイヤルに、軍隊率いて大砲を向けていたそうだ。
 当然民衆は激昂。軍隊が入らないようにバリケードを張り、いつ殺し合いが起きてもおかしくない情勢だった。

助手
「とはいえココでは省略していますが、各地で近衛連隊と激突、既に多数の死傷者は出ています。

教授
「一日経った7月14日(勿論、ほとんど寝てもいなかったそうだが)、
 民衆の標的になったのは、パリの東に位置しているバスティーユ監獄だ。
 「バスティーユへ!」という言葉が町から町へと伝わり、バスティーユに通じる街路に集まりはじめた。

人生
「とうとう来たかバスティーユ監獄。
 ところで、なんでバスティーユ監獄が栄えある襲撃対象に選ばれたの?

教授
「一応名目上は「囚人の解放」という事になっていたんだが、当時ココに収容されていた囚人は僅か7名だ。

人生
「少なっ。じゃあそれはあくまで“名目”だった訳か。

教授
「そう。それよりも、なんといってもココが絶対王政の象徴だった事が大きい。というか全てだ。
 元々は監獄じゃなくて(軍事の)要塞だったんだが、17世紀──ルイ14世の時代に国立の刑務所になった。
 襲撃時には大抵が亡くなっていたが、多くの政治犯(国(=王政)に反逆した人たち)がココに収容されていたんだな。

助手
「例えば、フランス革命を引き起こす“思想”の一つを作り出した
「百科全書」著者のディドロ
 (当時の思想学の観点から見ればとても重要な人なんですが、この場で深くは触れていません)
 この本は当時の社会や宗教(平たく言えば旧制度)を批判した物であり、しばしば弾圧を受けていました。
 もっとも、コレは投獄された直接的な原因という訳ではないんですが。

教授
「囚人が一人も居なかろうが壊していただろう。というか、壊さなければいけなかっただろうな。何故なら
旧制度の象徴だったのだから。
 勿論、武器の調達という目的もあるぞ。バスティーユ襲撃がゴールではないんだからな。

人生
「王様の像引き倒すようなもんか。

教授
「しかし初めから監獄へ向かった訳ではない。まだまだ武器が足りなかったからな。
 まず民衆は、パリの西に位置している
廃兵院(アンバリッド)という建物を襲った。
 これは、ルイ14世が傷ついた兵を看護する施設を作ろうと計画して建てられたモノだ。

人生
「そんな所に武器なんてあるの?

教授
「看護する施設とはいえ、これも立派な軍事施設だ。
 事実、ココで民衆は30000弱の銃と12門の大砲を手に入れた(ちなみに殆ど抵抗は無かったそうだ)。
 フレッセルが市庁舎から渡した銃の数が360丁だった事を考えると、30000弱とはかなりの量だった事が窺える。

人生
「それにも驚いたけど、俺は大砲の単位が「門」だって事にも驚いた。

助手
「引き分けの多かった横綱を思い出しますね。

人生
「何歳ですか貴方は。

教授
「アンバリッドを襲撃したのは9〜10時とされているが、
 要塞内の司令官
ド・ローネと交渉に入る代表者がバスティーユに到着したのは10時半だ。
 この交渉中に、武器を手に入れたアンバリッド襲撃組が合流した。

人生
「え? 合流早くない?
 何気にさっき「アンバリッドはパリの西、バスティーユはパリの東」って話してたよな。

助手
「地図をどこかで確認していただければ分かりますが、そもそもパリはそんなに大きな都市ではありません。
 アンバリッドからバスティーユ監獄までせいぜい6km程度です。
 ですが先ほど「大砲を12門」手にしたとお話しましたが、さすがに大砲組は合流が遅れていました。

教授
「交渉は当然の事ながら難航した。この地区の代表者も同じく交渉に臨んだが、何も得ず出てきてしまった。
 そうこうしている間に監獄前には人がどんどん増え、
 遂に何人かが門を内側から(屋根伝いを歩いて中に進入したらしい)壊してしまった。

人生
「そこに居た人たちがダーーーーーーーっと流れ込んだ訳か。

教授
「交戦開始。この間にも粘り強く交渉は行われていたんだが、その傍ではドンパチを交えていた訳だ。
 まあ、交渉というよりは命令だな。「戦闘を辞め、武器を引き渡し、市民軍に合流せよ」といった具合だ。
 午後遅くになって、アンバリッドの大砲組が到着。大砲は一斉に要塞へ向けられた。

人生
「絶体絶命!

教授
「司令官ド・ローネは「二万個の火薬もろとも自爆してやるぞ」と脅したが、時既に遅し。
 大砲は発射され、とうとう要塞内の侵入を許した。

人生
「要塞内の侵入を許した? じゃあさっきドンパチやってた所って何処?

教授
「あぁ、それはあくまで監獄周辺の話だ。何せ元軍事要塞、城門や城壁が一つだけではなかったからな。
 こうして7名の囚人を開放。戦死者は両陣営合わせて約100人。
 ド・ローネは殺され、首は槍の先につけられて勝利の行進の戦闘に立たれたそうだ。

人生
「ひいい

教授
「ついでと言っては不謹慎だが、
 パリ市長フレッセルも、あいまいな態度を続けていたせいか射殺され、同じく首が槍の先につけられた。
 
バスティーユ監獄襲撃事件。絶対王政の象徴が陥落したココを革命の始まりとするのが一般論だ。

人生
「首を槍の先につけられるなんて物騒な事やるなと思ってたら、そうか、もう革命がスタートしたのか。

助手
「ちなみに非常に有名なエピソードですが、
 ルイ16世はバスティーユ陥落後に書いた日記にはただ一言「
Rien」とだけ書いてありました。

教授
「Rienというのはアベ=シェイエスの「第三身分とは何か」にも出てきたな。
 「第三身分の政治的位置はいかなるものであったか」の答え「なし(Rien)」だ。
 さて、どうしてルイ16世が「なし」と書いたか分かるか?

人生
「俺にはもう身の寄り所が無いんだーって嘆く意味での「なし」か?

教授
「いや、違う。その日の狩りの獲物が居なかったという意味での「なし」だ。

人生
「あぁ、狩りがお好きでいらっしゃったんだっけ。

教授
「バスティーユ陥落が彼にとってどのようなものであったか、ルイ16世の無能が浮き彫りになったエピソードだな。

助手
「同じくもう一つ有名なエピソードを。リアンクールという人がルイ16世を起こし、陥落を伝えた時の対話です。

 
ルイ16世「暴動だな?」
 リアンクール「いえ、陛下、革命です」


教授
「さて、次回では憲法制定に至るまでを取り上げる。
 この中で、このルイ16世も主人公になるんだが、予備知識としては
「国民はまだルイ16世を見捨ててはいない」とだけ覚えておいてほしい。

人生
「え、そうなの?

教授
「三部会や国民議会では確かに失望させる事が多かったが、それでもまだ「ぶっ潰せ」とか「ぶっ殺せ」とかは少し違う。
 今は憲法制定の声が高まっているので、別に憲法が制定されたって王は居てもいい、
 いわゆる立憲君主制でも構わないんじゃないかという声も“まだ”大きい。特権身分と比べれば、まだ殺意を抱かれる事はなかったという訳だ。

人生
「“まだ”って、また思わせぶりな。

教授
「まあ、要するに“やっちゃった”訳だな。

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