第14話 深刻な国内事情

←人生

←教授

←助手

教授
「さて国王が処刑される前の1792年にあった8月10日事件、王権の停止後、
 ジャコバン派とジロンド派の間において、公文書の日付の書き方が微妙に違っている。

人生
「いきなり食い付きにくい話題ですね。

教授
「まあジャコバンとジロンドの軋轢を説明するには意外と面白い、分かりやすい材料だ。
 ジャコバン派は「
自由第四年、平等第一年」と書いて、
 ジロンド派は「
自由第四年、フランス共和国第一年」と書いたんだが、
 どうしてココから軋轢が感じ取れるのか分かるか?

人生
「同じようにしか見えないんですが…。

教授
「あ、ちなみに自由第四年っていうのは分かるな?

人生
「第4年目? 3年前になんかあったっけ。

教授
「人権宣言だ人権宣言。1789年。バスティーユ襲撃とも読めるけどな。
 コレは確か第11話で話したんだが、ジロンド派、いわゆるブルジョワって、今の革命に満足していたか? していなかったか?

人生
「あー、してたんだっけ。

教授
「そうそう、満足はもうしてるんだ。前回望んでいた国王はもう居ないが、
 今は今で金(=力)がある自分達が上にたった共和国が出来たんだ、もうこれ以上は望んでいないんだな。
 だから「もうフランス共和国として俺達は始まったんだよ」という意味で“フランス共和国の”第一年としたんだ。

人生
「なるほどなるほど。

教授
「対してジャコバン派は? 勿論満足しているハズが無い。
 彼らや、彼らを支持するコミューン(地方自治体)や農民達はジロンド派をより一層敵対視した。
 “オレ達がやった”革命の結果・・・果実と言えばいいかな、そいつを横取り、独占されるなんてトンデモない話だ、って訳だな。

人生
「快くは思わないわな。

教授
「93年4月10日にロベスピエールがこんな演説を行った。
 「間違い無く彼らは宮廷・亡命貴族・僧侶に対し、痛烈に打撃を加えた。
  しかしそれはいつの事だったか? 彼らがまだ権力を握っていなかった時の事である。
  彼らは権力を獲得するやいなや、彼らの熱はたちまちにして冷めた。いかに速やかに彼らはその憎悪の対象を摩り替えたか!」

人生
「悪い、何が言いたいのか全く分からない。

教授
「“彼ら”というのはジロンド派の事だな。要するに、
 「お前らだって特権身分・王党に対して攻撃して王権とか停止させたじゃん。
  それなのに、権力握ってからはいきなり反革命的ですかそうですか」って事だ。

人生
「そこまでは分かったんだけど、最後の一文は? 憎悪の対象って?

教授
「そうだな、国民が憎んでるのは?

人生
「ルイ16世とか?

教授
「いや、そうなんだがもっとマクロに。ひいては特権身分や王党に対して言ってるんだろ?
 矛盾した旧制度(久しぶりに出てきたな、アンシャン=レジームだ)を打倒しようとしていたんだ。

人生
「あぁそうか、社会の構造自体か。別に特定の人物じゃないのか。

教授
「ジロンド派はそれを“現在の”宮廷や特権身分、いわゆるルイ16世達に摩り替えたんだ。
 で、そいつらは居なくなった。だから革命の熱が冷めて、革命の果実を戴こうとしていると言っているんだ。
 で、今度は秩序だ何だと言う。ジャコバン派は「そうじゃなくて、お前らのやろうとしてる事が俺らが憎んでた対象だろうが」って言いたいんだな。

助手
「ちなみに
反論歓迎です。

人生
「え? 何?

助手
「いえ、何も。

教授
「そんなこんなで対立を深めていた両者ではあるが、
 ある日
クロポトキンという人物が、「現在フランスが直面している大問題」として3つを提議した。

 1、全ての封建的負担は賠償無しで撤廃するべきか。
 2、農村は、領主から取り返した農地の所有を維持すべきか。
   取り返していない人は、取り戻させる権利を認めるべきか。
 3、最高価格令を実施すべきか。

人生
「あれ? 1ってもうやんなかったっけ。

教授
「お、覚えていたか。第9話で、憲法制定国民議会が封建制の廃止を行ったな?
 その時一つだけ、「年貢の廃止」だけ、クリア出来るハズもない
条件付きでの廃止だったんだ。
 結局、実質的には封建制度がまだまだ続いていたんだな。
 それを今度は“無償で”撤廃するべきですか、どうですか、という提議が1だ。

人生
「実現すれば、封建制度が完璧に取っ払われる訳だ。

教授
「2はそのまんま。今持ってる土地を完璧にその農村の人達のものにするかどうか?
 まだ取り返していない人は、強制的に貴族達から没収させて与えるかどうか?

人生
「なるほど。

教授
「3の最高価格令という奴だが、例えばパンだとか言った必需品に、最高価格を設けるんだ。
 そうすればいくら高騰したって、最高価格以上は引き上げられないだろ? 経済統制が目的の法令だ。

人生
「いい法令じゃん。

教授
「こう言われれば確かにいい法令ではあるが・・・。
 しかしだな、今までだって苦しくて苦しくて、泣く泣くパンの値段は上がっていった訳だろ?
 最高価格令が実施されたからって、「はいそうですか」と言って従う、従えると思うか?

人生
「なんだ、結局破られちゃうの?

教授
「とは言えおいそれと法令を破る訳にもいかないし、今の世情では余計に破れない。
 という訳で生まれるのがご存知「
闇市」だ。ココで価格の制限無しにモノが売られるようになった。

人生
「あれ、ちょっと待て待て

教授
「ん?

人生
「今は「クロポトキンが3つの提案をしましたよ」って所の話だよな。
 なんか既にこれらが実施されてるような書き方してるけど。

教授
「あー、すまんすまん。結論から言えば、コレは3つとも実施されたんだ。数ヶ月後にな。
 ちょっと話が飛んだ、その数ヶ月間に物凄い重要な事があったからな。一旦戻そう。
 とりあえず、上記の3つは実施された事だけ、頭の隅にでも置いといて欲しい。

人生
「なんだよ物凄い重要な事って…。

教授
「この3つの提議なんだが、フランスで渦巻く数々の大問題をスッキリ纏めたうまい提議だった。
 で、この問題って要するに誰が原因だ?

人生
「誰っていうか制度じゃね? さっきロベスピエールさんが言ってたばかりだけど。

教授
「現段階では?

人生
「まあ、上に立ってる人だよな。ブルジョワ?

教授
「そういう事になるな。要は、今国民公会を人数的にはともかく、幅を利かせているジロンド派だ。
 日に日に、ジロンド派を国民公会から追放する声が挙がるようになってきた。
 先述したが、国民はジャコバン支持だぞ。(勿論、一枚岩で見てはいけないけどな)

人生
「で、追放と。

教授
「早まるな、まだ追放する段階までは来てない。
 ここでは触れてなかったが、国王を処刑した事で外国からの攻撃も激しさを増しているしな。
 対外戦争の舵取りはジロンド派が行っていた訳で、言っては何だが、何も追放されるまでには至らん。

人生
「そういや、外国相手は大丈夫なのか、国王殺しちゃったんだから相当ヤバいんじゃないの?

教授
「第一次対仏大同盟で四面楚歌なのは分かると思うが、この同盟は実際攻めてくる訳じゃなかったしな。
 ただ、ヴァルミーの戦いでプロイセンとオーストリアに勝っただろ?
 その時フランスは講和を結ぼうとしたんだが(目的は侵略って訳じゃないんだし)、失敗したんだ。
 プロイセンもオーストリアも、国王達の身の安全の確保を講和を受け入れる条件としていたからな。

人生
「もう“やっちまった”訳で。

助手
「あ、コレは勿論、国王処刑前の話ですからね。

人生
「それにしても態度でかいなプロイセンもオーストリアも。お前ら負けたんじゃないのかよ。

教授
「何言っている、たかだかヴァルミーの戦いで負けた程度だぞ。
 普も墺も強国だし、再び攻め込まれたらパリはあっと言う間に陥落だ。
 今や大同盟なんてバックボーンまである始末だしな。

人生
「そういう事か。じゃあ国王を殺さないって選択肢もあった訳だ。

教授
「そうだな。ただジロンド派にそんな思いっきりのいい事は出来なかったんだ。
 ジャコバン派を筆頭に国民は「殺せ殺せ」絶叫してるし、そもそもジロンド派自身だって死刑に対して賛成反対分かれていただろ?
 そんな派閥の間ですら纏まっていなかったんだから、出来なかったのは驚きもしない結果だ。

助手
「それどころか、ジロンド派は前章の最後の方でお話した通り、ヨーロッパ国民に対して強気の宣言をしてしまったんですね。
 それに加えて
ベルギーに今度は“征服”を始めました。
 ジロンド派には、勝ち続けるしか道が無くなったんです。

人生
「負けたら王政復古…されるんじゃないの? ジロンドにとっちゃ良くない?

教授
「国王の死刑に賛成票を投じてしまった人はどうなる?

人生
「あー。
 …で、ガンガンやっちゃってるようだけど、肝心の兵力の方はあるのか兵力。

教授
「一番ジロンド派を悩ませたのがソレだな。
 ヴァルミーの戦いの頃に兵士は約50万人居たんだが、
 ルイ16世が処刑されてからは20万人ちょっとまで落ち込んだ。
 ちなみにヴァルミーの戦いにおけるフランス軍の死者は約300人だ。
 とてもじゃないが、ここまで戦争だけでは戦力が落ち込まないぞ。何故ここまで落ちたと思う?

人生
「兵士にやる気が無いから?

教授
「まあ、やる気が無い・・・そうだな。何でやる気が無い? もしくは出ない?

人生
「愛国心が沸かない?

教授
「いいや、貰うべきものを貰ってないからだな。
 いくら仕事に愛着を持とうが、金が絡めば別だ。自給が200円下がればそりゃやる気も失くすだろう。

人生
「今、身の上話になりませんでした?

助手
「なってませんよ。

教授
「とにかく、金を兵士に十分与えられなかったんだ。
 輸入が滞って食糧不足、経済も不安定になり、当時流通していた
アッシニア紙幣がバンバン発行された。

助手
「輸入が滞っている理由は分かりますね? 対仏大同盟の包囲網です。貿易が停止されています。
 13話の始めに触れた食糧不足がココで更に深刻化し、
 この頃のパンの値段は500g(1リーブル)辺り7,8スー。労働者が1日働いて得る賃金とほぼ同じです。

人生
「給料少なっ…。

助手
「余談ですが、リーブルってルーブルと同じです。コンピュータかコンピューターの違いみたいなものです。
 どちらも元々は上記の通り重さを表す単位だったんですが、現在では御存知の様に通貨の単位です。

教授
「以上の通り国内の経済が芳しくない故、繰り返しになるが十分兵士に金が与えられなかった。
 兵士がそれぞれの故郷にどんどん帰っちゃうんだな。半分以上逃げたんだから凄まじい話ではある。

人生
「黙って見てる訳にもいかないしねぇ。

助手
「しかも、当時義勇兵は、「一度戦闘に参加すれば家に帰って良い」とされていました。
 兵力減少に拍車を掛けていたんですね。

人生
「いや、そりゃ返るわ。

教授
「という訳で、続いて国民公会は、
国防委員会なる組織を結成。
 再び50万人程の兵力を得る為に徴兵させる法令を成立させた。法の力で強制的にかき集める訳だな。

人生
「やむを得ない流れだな。

助手
「国防委員会は後に名前を変えて出てきます。覚えておいて下さい。

教授
「この法令、各地方(や町・村)毎に「こんぐらい義勇兵として参加しろ」とノルマを割り当てるんだ。
 当然その地方毎で揉めるんだが、きまって槍玉に挙げられるのはブルジョワだった。
 「お前革命でいい思いしてんだからやれよ」みたいにな。

人生
「当事者じゃないブルジョワにとっては、とばっちりだよな・・・。

教授
「が、この法令には大きな穴があった。もし登録されても、代理人が立てられるんだ。
 さてブルジョワはどうやって逃げたでしょう。

人生
「そこまで言ったら代理人立てる以外無いだろw
 やっぱり金にモノを言わせてってヤツ?

教授
「その通り。貧しいその辺の人とっ捕まえて金払って代理人として立てたんだ。各地で同じ事が起こった。
 さて招集されたらどうだ、テキトーでやる気の無い金目的の兵士が集まる集まる。
 この法令は大失敗だった訳だ。

人生
「考えられそうな事態だった気がしなくもないけどな。

教授
「さて、内側からも外側からも疲弊していく危機的なフランス。
 思うようにいかないジロンド派に対して、追い討ちをかけるように致命的な反乱が2件起きる。
 それを皮切りに とうとうジャコバン派が・・・ジロンド派の運命やいかに。

人生
「何意識しちゃってんですか

教授
「いや、ちょっとアクセントを。


次へ

戻る