公正証書遺言を無効とした判決/弁護士の事件簿・相続

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Last updated 2015.4.28mf
母の死亡
2000年10月15日、Kさんの母が亡くなりました。死後、遺言執行者に指定された弁護士が、 Kさんら兄弟姉妹3人を集め、お母さんの遺言があることを説明しました。弁護士は、 「公正証書遺言によれば、不動産は売却して、代金は、子供3人に平等で与えられる。その他の財産は次女のMさんに与えられること になっている」と説明しました。
遺言状には、「不動産は売却して代金を、3人に平等で 相続 させる。私の所有する動産(預貯金等を含む)は、 全て、次女Mに相続させる」と記載されていました。 弁護士は、動産類の中に株が含まれていると言うのです。
不動産以外の遺産の中に高額の株式がありました。この株式は、 株券不所持制度(民法 226 条の 2 )で、株券は発行されていませんでした。 Kさんは法律書を読みました。Kさんは、「動産の中に株券の発行されていない株式が入る」 との弁護士の説明に納得できませんでした。
この株式は、非上場で、相続税法上の評価では、約3億2000万円(遺言の効力がこれに及ばなければ、 Kさんの法定相続分はその1/3)の価値がありました。
Kさんは、念のため、妹Mに対して何度も遺留分減殺の通知をしましたが、 書留郵便(内容証明郵便も)は全て、「留守」、「留置き期間経過」との理由で、返送されてきました。
Kさんは、弁護士を訪ねました。

相談
弁護士が事情を聴くと、次の事情が明らかになりました。
株の時価は、 相続税法上の評価では、約3億2000万円(Kさんの法定相続分はその1/3)の価値がありました。 当時、この会社の株は、非上場でしたが、1 月後に上場予定でした。上場すると、 時価は、3 億円以上の値が付くであろうと予想できました。
訴状に貼る印紙(参照、訴状に貼る印紙額計算機) は、訴訟物の価額を基準に決めます。 訴訟物は、取引相場がある株は、その価額で、取引相場がない株は、額面(この株は、1株5000円)で評価します。 この計算では、上場後に訴えを提起すると、印紙代が50万円ほどになり、 今訴えを提起すると、印紙代は6,200円(Kさんの請求する株の額面価額は 70 万円)でした。

Kさんは、遺留分減殺相続の通知の除斥期間が経過してしまうことを心配し、 それに、訴えの提起が遅れると印紙代も高額になりそうなので、 再度、弁護士を訪ね、株式の 1/3 が自分に属することの確認を求める裁判を依頼しました。
公正証書遺言を無効とした判決はいくつかありますが、この裁判は、難しい裁判です。

裁判
Kさんの弁護士は、2001年9月26日、「株の 1/3 は自分(K)に権利があることを確認する」旨を 求める訴えを提起しました。 Kさんの主張は次の通りです。 裁判の経過の中で、遺言作成時に、証人となった弁護士の陳述書が証拠として提出されました。
これを読むと、遺言作成は、「公証人が、原稿を読み上げ、遺言者が(言葉を発せず)頷く」 との方法で、進んでいました。陳述書には、「公証人の口授の後、 ○○氏(遺言者)は自分で署名された」との記載もありました。

Kさんの弁護士は、 公正証書作成に必要な口授がない との印象を受けました。 しかも、証人の弁護士はこれに気づかずに遺言書を作成していると感じました。
法律では、 遺言者が、公証人に対して、言葉で、 遺言内容を説明する必要があるのです(民法969条2号)。 実務では、公証人が原稿を読み上げることが多いです。しかし、遺言者が言葉を発してこれに答えないと、 口授があったとはいえません(多くの判例あり)。
証人となった弁護士は、若い方と、経験豊かな方の、2人でした。

Kさんの弁護士は、証人である2人の弁護士の尋問を請求しました。
Kさんの弁護士は、 「口授がなかったから、遺言は無効である」との主張をまだしておりませんので、これを 追加する必要がありました。しかし、Kさんの弁護士は、 すぐには追加しませんでした。相手に気付かせないためです。
証人の弁護士を尋問する直前の期日になってから、初めて、他の主張とともに、Kさんの弁護士は、 「口授がないので遺言は無効である」との主張をしました。
尋問する直前の期日に主張した理由は、あまり遅い時期に主張すると、 「時期に遅れた主張である(民訴法 157 条 1 項)」と攻撃されます。 これを防ぐためです。他の主張とともに、主張したのは、この主張を目立たせなくし、相手に、 作戦を悟られないようにするためです。

この作戦はうまくいきました。 2003年1月29日、証人尋問が実施されました。 証人である 2 人の弁護士は、正直に、証言しました。 2人の証人は、「公証人が、遺言内容を読み上げ、遺言者は言葉を発せず頷いた。 遺言者が、唯一言葉を発したのは、公証人が、次女の名前を間違えた際に、 遺言者が、『△△じゃなくて、○○○です』と訂正した場面だけでした」と証言しました。

1人の証人の陳述書には、「○○氏(遺言者のこと)は、公証人の口授を一々頷いて聞いておられた。 ・・・公証人の口授の後、○○氏は自分で署名された」との記載がありました。
他の1人の証人の陳述書には、「最後に公証人が、『これで間違いありませんか』と念を押された時に、 (○○氏)は、はっきり、『間違いありません』と答えられ」との記載がありました。

最終の口頭弁論期日に、Kさんの弁護士は、次のような主張をしました。

口授がないので遺言は無効である。
民法は公正証書遺言の作成手続きの要件として、@口授、 A筆記および読み聞かせ(あるいは閲覧)を要求している(民法 969 条)。
口授とは、文字通り、遺言者が公証人に対し、口頭にて遺言内容を伝えることである。換言すると、口授とは、言語をもって陳述することであって、 単に頷くだけでは、口授とは言えない(昭和51年1月16日最高裁判決、家裁月報28-7-25、 昭和52年6月14日最高裁判決、家裁月報30-1-69、平成元年9月7日横浜地裁判決、判例時報1341-184)。

口のきけない者は、口授ができないので、 通訳人による「申述」あるいは「自書」することができる(民法969条の2)。 これが唯一の例外である。遺言者は公証人に対して、口頭で遺言内容を伝えなければ、 口授とは言えず、公正証書遺言の要件を満たさない。

証人○○○○子および証人○○○○の証言によると、公正証書作成手続きは、遺言者の住所、 氏名、生年月日を確認すること以外は、公証人が予め用意した原稿を読み上げ、 それに対し遺言者が頷くとの方法で進められた。
遺言者が唯一声を出したのは、遺言状の第2項の「△△」と読み上げた際に、 「△△じゃなくて○○○です」と答えた場面である(証人○○○○子の尋問調書、P9、 証人○○○○の尋問調書、P3およびP5)。
本件遺言作成手続きにおいて、口授はなかったので、公正証書遺言(甲 6 )は無効である。 従って、遺言の存在を前提とする遺贈、相続分の指定、遺言執行者の指定などは効力がない。

判決
2003 年 5 月 7 日、口授がなかったとの理由で、公正証書遺言を無効として、原告(Kさん)勝訴の判決がありました。 遺言書作成時に、遺言者が、「△△じゃなくて、○○○です」と言ったことと、最後に公証人が、 「これで間違いありませんか」と念を押したときに、「間違いありません」と、遺言者が答えただけでは、口授があったとは言えないと、裁判所は判決しました。
公証人が作成した遺言を無効にした珍しい判決です。相手方の油断に助けられましたが、 作戦が功を奏した裁判でもありました。
この公証人は高等裁判所の裁判官との経歴のある人でした。 公証人制度(裁判官や検察官の退職者が事務所に居て書類を作成するだけで高収入を得ることができる システムなのです)についても考えさせられました。

その後
本判決に、被告が控訴しました。控訴審において、控訴人(被告)は、 再度、原審で調べた証人を尋問申請しました。 通常、控訴人で、同じ証人を再度尋問することは、めったに認められないのですが、 裁判所は、これを認めました。 控訴審裁判所の裁判長は、非常に、独断的な印象を受けました。 裁判官は、官僚ではなく、やはり、選ばれた人になってもらいたいと、つくづく感じました。
裁判官の処分に対して異議を出したり、忌避の申立をしてもよいのですが、 日本の裁判制度では、裁判官に対して忌避の申立てをすると、 裁判官が感情的になってしまって、良い結果(判決)が出ません。忌避の申立てはしなかったが、 控訴審での調書の写しをとって、手続上、異議の申立書があったことになっているか、 裁判所がおかしなことをしていないか、細かくチェックしました。
証人尋問を再度実施した日に、控訴人の弁護士は、「新たに遺言状が見つかった」と言って、 同趣旨の別の遺言を提出しました。もちろん、Kさんの弁護士は、 「時機に後れた証拠の提出である」との申立もしました(民事訴訟法157条1項)。

平成15年12月17日、2審判決言渡しがあります。2審判決が出たら、さらに、 2審判決も載せる予定です。

上記は、当事務所で扱った事件です。1審判決は、「金融法務事情1691-47(2003.11.25号)」に掲載されました。

判例
登録 May 11, 2003
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