「フウー...いい湯じゃったのう...」タマが風呂から上がり、首にタオルをかけて
歩いてきた。招き猫の姿ではなく、本来の茶色の毛並みの猫になっていた。「ミミ、お
めえも入ってこいや...」
「あたしは、いいもん!」ミミちゃんは、木のテーブルで、ビールを飲みながら言った。
「汗が引いて、気持ちいいぞ、」
「汗は、かいてないもん!」
「そうかい...」
タマは、タオルを使いながら、長椅子の方へ足を向けた。将棋盤をずらし、長椅子
の端に腰掛けた。
「おい、P公...」タマが言った。
「なに?」
「その団扇(うちわ)を貸してくれるか、」
「うん、いいよ...」
P公は、自分の持っている団扇を渡した。
そして、木のテーブルに戻り、氷アイス
を食べた。タマは、団扇でパタパタと顔をあおいだ。川向こうの、黒い山の稜線を眺
めた。手前には、ポン助のトウモロコシ畑とサツマイモ畑があり、星明かり照らされて
いた。
ポン助が、冷やしたジョッキを取り出し、ビールを注いだ。それを、ミミちゃんがタマ
の所へ持って行った。ジョッキを、将棋盤の上に置いた。
「おう、ありがとうよ、」
それから、ミミちゃんは、枝豆の皿も持って行った。




<スッピンのタマ> <招き猫に変身したタマ>
タマは、ビールのジョッキを取った。将棋盤に、濡れたジョッキの跡が出来た。ビー
ルを飲むとキリキリと冷たかった。タマは、ビールを飲みながら、スッピンの茶色の
毛を、丁寧にタオルで拭いた。
「月が昇って来たのう...」タマが言った。
「地球から見る月の方がいいよな...」ポン助が言った。
「ポンちゃんは、宇宙のミッション・スペシャリストだものね...」ミミちゃんが、ビール
のジョッキを両手で抱えながら言った。「宇宙から見る月は、どうなの?」
「変らないよな...よく見えるけどよ、変化がないよな...地球からだと、山の上に
出たり、雲に隠れたりするよな...」
「大気を通してみないと、面白味がないかのう...」タマが言った。
「おう...俳句も出来ないぞ、」
「ふーむ...」タマが、シッポをタオルで拭きながら、うなづいた。
茶色の毛が、ふわりと乾くと、タマは長椅子の上にチョンと立った。そして、クルリ
と回って飛び降り、招き猫に変身した。みんながはやし、パチパチと手を叩いた。

「ようやく...」タマは、ビールのジョッキを手に取った。天空の、深い天の川銀河を
見上げた。「今年も、夏になったのう...」
「やっと、夏が来たよな...」ポン助も、日中の蒸し暑さの去った、山のシルエットを
眺めた。高原の、真夏の夜が澄み渡り、星が降るような夜空だった。
ポン助は、寿司を1つ口に放り込み、もぐもぐやった。それから、冷えた剣菱をす
すった。片手で団扇を使い、もう一口酒をすすった。
「酒が、うまいよな...」ポン助が言った。
「うーむ...」タマも、ビールのジョッキを上げた。
「お、ブラッキーが来たぞ...」ポン助が、手を上げた。「おーい!」
「おう!」ブラッキーは、タバコの煙をプカリと吹かした。「夜は、あまり、出歩かねえ
んだがな...」
「夏の夜は、いいよな、」ポン助が言った。
「おめえらは夜行性だ。おれは、お天道様の下で生きてるんだぜ、」
「あたしは、夜も昼もいいもん!」ミミちゃんが言った。
「夜も、いいもんじゃろうが、」タマが言った。
「うーむ...しかし、今日は、ほんとに暑かったぜ...」
「汗を流すといいよな、」ポン助が言った。「たらいもあるぞ、」
「おう、そうかい。じゃあ、久しぶりに、水浴びするか...」





ブラッキーは、たらいに半分ほど水を張った。そして、タバコを吹かしながら、しば
らくためらっていた。それから、ようやく片足を入れ、また引っ込めた。そのむこうのスス
スキの草むらで、蛍が光っていた。
「水が、怖いのかよ?」ポン助が言った。
「そんなわけねえだろうが...」
ブラッキーは、ようやくたらいの中に両足を入れた。そして、まだためらっていた
が、脚をを縮め、羽をカサカサと二、三度ゆらした。
「...フウーッ...」ブラッキーが、一息ついた。
「そ、それだけかよ?」
「...」
ブラッキーは、またためらっていたが、もう一度、カサカサと羽で水をかいいた。
「ギャッハハハハッ」ポン助が、ドン、ドン、ドン、とテーブルを叩いた。
「うるせえ!」ブラッキーは、もう一度、カサ、カサ、と小さく羽で水をかいた。
「ウヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、ウヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、」ポン助は、腹を叩き、ひっくり返っ
て笑い転げた。
「ワッハッハッ...」タマも、腹をゆすって笑った。「それが、“カラスの行水”ってもん
かのう、」
ミミちゃんも、P公も、一緒に笑った。
「や、やかましいぜ!」ブラッキーが言った。
ブラッキーは、たらいから出ると、ブルブルと体を震わせ、羽の水を切った。それか
ら、神経質なしぐさで、嘴(くちばし)で自分の羽を突付いた。



ミミちゃんが、ブラッキーのために、冷えたジョッキを取り出し、ビールを注いだ。
「はい、ブラッキー、」
「お、おう、ありがとうよ、」
「ビールは、いくらでもあるわよ!」ミミちゃんが言った。
「そ、そうかい、」
ブラッキーは、タバコをくわえ、カチ、とライターで火をつけた。タバコに火をつける
と、フイにいつものブラッキーに戻った。そして、豪快に、泡の盛り上がったビールの
ジョッキをあおった。
「おう、ポン公!」ブラッキーが言った。「静かだし...案外、いい所じゃねえか!」
「夏はいいよな、」ポン助は、タオルで体を叩きながら言った。「トウモロコシやキュウ
リも作ってるぞ。サツマイモ畑もあるしよ...秋になったら、そのイモで、石焼きイモ
を売りに行くよな、」
「うーむ...」ブラッキーは、ゴクリ、ゴクリ、とビールをあおった。「おれも、別荘が欲
しいぜ...」
「ブラッキーの家は、どこなの?」P公が聞いた。
「おう...航空宇宙基地“赤い稲妻”の、ヘリ運用部に待機室があるぜ」
「ふーん...今度、遊びに行ってもいい?」
「おう、いいとも。いつでも来な」
「うん!」
ススキの草むらが、夜風で大きく揺れた。すると、無数の蛍の光が、サーッ、と風
に流れて行った。