文芸/俳句コーナー/正岡子規・選集 |
子規 <法隆寺/夢殿> <星野 支折> <松山城> |
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寒川
鼠骨(さむかわ
そこつ、1875年(明治8年)11月3日
- 1954年(昭和29年)8月18日)は、正岡子規門下の俳人。病床の子規に侍り、遺族を見守り、遺墨・遺構の保存に尽くした。
大阪朝日新聞社をへて,日本新聞社にはいり,正岡子規( 20歳喀血し、30歳脊髄を冒されて、腰は全く立たず、カリエスは開口して漏膿し、痛苦を伴った。30歳の頃以後は年百年中37度ないし39度くらいの体温を干満した。生まれて虚弱、13歳より5、6年僅かに小康を得、そうして盛年常に病魔に冒されて以て一生を終わった。居士は畢竟病を以て終始したものである。そうして享年僅かに36歳、明治35年9月19日示寂せられたのである。
日清戦争従軍後に喀血し病床生活を送るなか、『俳諧大要』(1895〜連載、1899刊)を著し、俳誌「ホトトギス」を指導。
著作に句集『寒山落木』(1924)、歌集『竹の里歌』(1904)などがある。門下に高浜虚子、伊藤左千夫らがいる。
俳句、短歌、新体詩、小説、評論、随筆など多方面に渡り創作活動を行い、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした、明治時代を代表する文学者の一人である。 |
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