Menu生命科学生命体・命のリズム考察・個別的風景/(狂牛病・BSE)/狂牛病・第1弾

 <第1弾/2001年12月>           バイオハザード  / BSEのページ

      BSE変異プリオンの考察 

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 トップページHot SpotMenu最新のアップロード     担当 : 塾長/ 高杉 光一 、白石 夏美 

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プロローグ   2001.12. 3
No.1  日本の狂牛病騒動について 2001.12. 3
No.2  まず、狂牛病とは何か

(1) “新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病”(vCJD)

(2) RNAやDNAを持たない、“タンパク質だけの病原体”  

                      <異常プリオンタンパク質>

2001.12. 3

2001.12. 3

2001.12. 3

 

No.3

 検査体制の現状と展望

(1) 2つの検査体制

(2)異常・プリオンタンパク質(PrP)を、試験管の中で増殖する 

2001.12.12

2001.12.12

2001.12.12

 

No.4  狂牛病克服への道

(1) 日本における安全性の現状

(2) 種を超えて広がるプリオン病

(3) 薬害エイズ事件と狂牛病パニックを超え、

              新時代の危機管理システムの育成を!

2001.12.25

2001.12.25

2001.12.25

2001.12.25

 

 

  

プロローグ               index.1102.1.jpg (3137 バイト)house5.114.2.jpg (1340 バイト)wpeC.jpg (18013 バイト)    

 

「お久しぶりです。白石夏美です。

  今回、<緊急課題>として、狂牛病を取り上げることになりました。響子は、“ナノ

テクノロジーの広野”で忙しそうですし、マチコはヘリコプターで鹿村へ旅行中です。

そして、支折はそのバックアップで、“航空宇宙基地・赤い稲妻”に入っています。

  ええ、そんなわけで、私・白石夏美が担当することになりました。よろしくお願いし

ます。また、この種の問題は外山陽一郎が適任かと思いますが、彼も“ナノテクノロ

ジーの広野”で多忙をきわめています。そこで、こちらの方も急遽、高杉・塾長に担当

してもらうことになりました」

 「 たいへん忙しい仕事になりましたが、どうぞご期待ください!」   house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

 

 <1> 日本の狂牛病騒動について         

        

                           wpe56.jpg (9977 バイト)                

  夏美は、作業テーブルにお茶の用意をした。それから、パソコンをセットし、椅子に

掛けた。

「ええ、高杉・塾長...」夏美は、自分の茶の茶碗を、両手で握った。「私達の組み

合わせは、仕事では初めてなのでしょうか?」

「うーむ...」高杉は、茶碗を片手で取り上げた。「良くは覚えていないが、そうかも

知れんな」

「はい。それにしても、塾長、“変異プリオン”の学術的な考察に入る前に、今回の日

本の狂牛病騒動について、どう思われているでしょうか?どうも今回の騒ぎの本質

は、こちらの方にあるように思うのですが、」

「はい。そうですねえ...」高杉は、茶を一口すすった。「まあ、お粗末な話です。

害エイズ事件であれだけ社会を騒がせ、その裁判の裏側で、こんな事態が進行して

いたわけです。ともかく、危機管理が、きわめて甘いというのが実感ですね」

「はい」

「関係省庁の反省や謝罪にも、魂が入っていないですね...本当の意味での深い

反省がない。だから、あのヨーロッパでの狂牛病パニックに対しても、日本は実に甘

い対応に終始したわけです。

  農水省は、“国家の安全”よりも、目先の農政の方を向いています。それは、今回

の狂牛病騒動でも、はっきりと見せつけられました。やはり、国家機関は、国家国民

のことを、第一義に考えるべきだと思うのですがね」  

「はい」

「それにしても、薬害エイズ事件であれだけ叩かれていた当時の厚生省が、狂牛病

に対する農水省のあの甘い対応を、横で座視していたというのが信じられません」

「あの...実際に何もしなかったのでしょうか?」

「いや、一応、やることはやっています。厚生省は業界に対し、イギリス産の缶詰や

飼料などを輸入しないように、自粛要請をしています。まあ、この自粛要請というもの

が、どの程度のものかは分りません。また、何処までどの省庁の仕事か、細かいこと

は知りませんが、事実上、肉骨粉は日本に輸入され、現実に日本で狂牛病が発症し

ているということです。

  こうした日本の甘い対応に比べ、アメリカなど他の国では非常に厳しい対応をとっ

ていたと聞いています。農水省も、厚生省も、そうした他の国々の対応を見ながら、

これで、日本は大丈夫かとは、考えなかったのでしょうか。それとも、国民の安

全性や、ヨーロッパで起こっていたようなパニックの影響は、日本では真剣に考える

必要は無く、まあ、大丈夫だろう・・・程度の認識で処理していたのでしょうか。私

は、非常に強い怒りを感じています」

「はい!」

「日本国内で、独自の狂牛病発症という可能性も、まったく無くはないですが、確率

きわめて低いと思いますね。それから、両大臣が“焼肉漫才”を興行し、大

受けを狙ったようですが、それで国民の不安が解消したとは思えませんね」

「はい、」夏美は、口に手をやり、笑いをこらえた。「あの、塾長...こんなパニックを

引き起こしても、やはり農水省や厚生省の官僚は、ボーナスをもらうのでしょうか?」

「さあ...」高杉は、首を傾げた。「まあ、私はそれ以前の問題として、何処に問題

があったのかを、国民の前に開示し、“責任”を明確にして欲しいですね」

「私は、ボーナスの方が気になりますわ!」夏美は、そう言って、茶を飲んだ。「こん

な狂牛病騒ぎの不始末を引き起こしておいて、何で税金からボーナスを支払うので

しょうかこれではまるで、泥棒に追い銭です。国民は、こうした官僚に対し、もっと厳

しい態度を取るべきではないでしょうか。

  彼等は、ボーナスではなく、処罰されてしかるべきだと思います。むろん、良い仕

事をした時には、キッチリと表彰すればいいわけですし、もう少し一般社会でも理解

できるものにして欲しいと思います」

「うむ。私もそれには大賛成だね。まあ、その上で、“国家的な危機管理強化”の大

原則のもとで、再発防止のメカニズムを、具体的に議論していくべきだと思います」

「はい!是非、そうすべきだと思います!」

                                        house5.114.2.jpg (1340 バイト)      

 

参考文献              

   日経サイエンス 2002年1月号

       狂牛病 - 変異プリオンをとらえろ

                 M.アイゲン (元マックス・プランク生物物理化学研究所/ノーベル化学賞を受賞)

 <2> 狂牛病とは何か       house5.114.2.jpg (1340 バイト)wpeB.jpg (27677 バイト)  

 

(1) “新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病”(vCJD)       

                (狂牛病が人に感染すると、“新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病”を引き起こします。)

 

「ええと、高杉・塾長...」夏美が、パソコンのマウスに片手を置いて言った。「ま

ず、よく言われるところの、“狂牛病”とはいったい何なのか...その概略から説明し

ていただきたいのですが、」

「はい。まず、しばしば狂牛病は、 “BSE” という3文字で表現されます。これは英

語の

          “ bovine spongiform encephalopathy ”

を略したものです。意味は、“ウシ海綿状脳症”です。まあ、これは、ウシがこの病気

を発症すると、末期には脳がスポンジ(海綿)状に変性することに由来しています。

  さて、問題は、これが人間に感染するということですね。これが人間に感染しない

のであれば、これほど騒がれることもなかったわけです」

「はい。何故、これは人間に感染するのでしょうか?」

「まあ、後で詳しく考察しますが...ウシとヒトの“プリオンタンパク質”は、立体構造

がきわめて似ていると言われます。そこから、生物種の異種間の感染の可能性が

出てくるようです。まあ、これも後で考察しますが、これは病原菌による感染ではない

のです。異常プリオンによる特異な病気が発現しているようです。まあ、こうしたもの

を、プリオン病と呼ぶようですね」

「イギリスでは、猫にもだいぶ感染があったと聞いていますが、」

「はい。キャットフードに、狂牛病で汚染された肉が混ざっていて、かなりの猫が発症

したと聞いています」

「うーん...すると、猫のプリオンタンパク質も、立体構造が似ているということでしょ

うか?」

「まあ、それに関するデータはありませんが...そういうことなのかも知れません」

  夏美は、アゴに手をかけ、首をかしげた。

「 さて、いいかな?」

「あ、はい、」

「ええ...この狂牛病が、ヒトに感染した場合ですが...

  この場合は、1年から数年の潜伏期間(一般的には、4年〜10年と言われています。)を経て、

“新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病”(vCJD)を引き起こします。まあ、症状とし

ては、脳に空胞ができ、けいれんや起立障害をおこし、死に至るわけです。何故発症

するかは、いまだに不明で、従って治療法もありません。

  また、狂牛病自体も、潜伏期間が長い上に、屠殺(とさつ)して調べなければ、確定

診断はできません。各種の調査を実施するにしても、きわめて厄介な状況にあるわ

けです」

「あの、塾長...これは何故、“新変異型”と呼ばれるのでしょうか?」

「うむ。実は、これまでも、こうしたクロイツフェルト・ヤコブ病という症状は、知られてい

たのです。しかし、これまでのものは、“伝染性”は無かった。つまり、外部からの影

響によらず、個体レベルで、散発的にそうした脳の変異が発生していたわけです」

「ふーん...すると、いわゆる、奇病とか、難病なのでしょうか?」

「まあ、難病でしょうねえ...しかし、発症の確率は、100万人に1人ぐらいと言わ

れ、きわめて低いようです。最近は、アルツハイマー病という言葉をよく耳にします

が、これも似たような症状で、原因の解明や治療は、きわめて難しいと聞いていま

す。それから、このアルツハイマー病の方は、かなり増加傾向にあるようですね」

「あ、それは、聞いています」

「ま、しかし、今回は、“新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病”(vCJD)の方に、話を絞

ることにしましょう」

「はい、」

                                             

 

(2) RNAやDNAを持たない、“タンパク質だけの病原体”  

        異常・プリオンタンパク質  

 

「さて...」高杉は、冷めたお茶をひとくち飲んだ。

「あ...いま“クラブ須弥山”の弥生さんに、お茶とお菓子を注文しておきました」

「うむ...さあ、ともかく話を進めよう」

「はい」

「この狂牛病と、その類似疾病(同じ様なものに、ヒツジのスクレイピーがある。これは、狂牛病よりも以

前から知られていたが、人間への感染は無かった。)の感染因子は、プリオンというタンパク質である

ことはよく知られていると思います。これを発見したのは、カリフォルニア大学サンフラ

ンシスコ校のプルシナー(Stanley Prusiner)で、1997年にノーベル生理学・医学賞

を受賞しています。もちろん、これをプリオンと命名したのも、このプルシナーです。

 

  さて、このプリオンタンパク質(PrPには、実は二面性があります。“正常な細

胞”に見られるものと、もう1つは全く同じアミノ酸配列を持つ、“異常な変異体”

す。そして、後者の“異常な変異体”方は、感染性を持ちます。では、“正常・PrP”

“異常・PrP”はどう違うのかというと、タンパク質の立体構造だけが異なるのです。つ

まり、タンパク質を形成するアミノ酸の鎖の、たたみ込まれている立体的な形が、多

少異なるのです。

 

  それから、個々の“異常・PrP”には、感染性はありません。しかし、10万個以上

の“異常・PrP”分子が集まると、感染を引き起こします。つまり、これが“感染を引き

起こす最小単位”であり、“感染単位”といいます。まあ、これは、多くの動物実験な

どから、この事実が確認されています」

「その、“正常・PrP”というのは、誰もが持っているのでしょうか?」夏美が、肩を後ろ

に引きながら聞いた。

「そういうことですね。しかし、何故、このタンパク質が生体に不可欠なのかという、深

遠な意味は分りません。それは、今後のゲノムの解読の方から理解していくしかない

でしょう...

 

  さあ、ところで...スイスのチューリッヒ大学のグループが、PrP遺伝子をもたない

マウスを作り出したということです。当然、そのマウスは、正常PrPができなくなるわ

けです。すると、正常PrPが無いわけですから、異常・PrPの感染も起きなくなった

といいます...

  この実験は、実はプリオン病の発生メカニズムを実証する上で、きわめて重要な意

味をもつものです。つまり、正常PrPがあって、それが異常PrPへ変異するとい

う、プルシナーの仮説を実証したわけです。

 

  それから、プルシナーの“プリオンは核酸の形では遺伝物質を含んでいない”とい

うことを立証したのは、デュッセルドルフ大学のリースナーです。彼は、病原体プリオ

ンには、RNAやDNAなどの遺伝物質が全く無いことを、高い精度で確認しました」

「うーん...それは、どういうことなのでしょうか?」

「まあ、ここが、コイツの実に面白い所です。この異常・PrPにしても、HIVウイルス

(エイズウイルス)などにしてもそうですが、病原性としては脅威的であり、悲劇的なもので

すが、生命科学的には、“実に面白いヤツ”であり、“とんでもない智慧をもったヤツ”

なのです...つまり、こういうことなのです。

 

  ウイルスにしても、細菌にしても、自己増殖能力を備えた病原体は、RNAやDNA

を持っているわけです。基本的には、そうした遺伝物質によって、自己複製機能が働

いていくわけです。むろんこれは、人間や動植物でも同じですし、バクテリオファージ

のような輩(やから)でも同じです。つまり、例の塩基配列の二重ラセン構造を開いて行

き、遺伝情報をコピーすることによって、自己複製を果たすわけです。

  きわめて複雑で、生命体の深遠な驚異そのものですが、こうしたものがこの地球

生命圏では、満ち溢れているのです。いとも簡単に作り出され、膨大な量があっさり

と破棄されていくわけです。ところが、この異常・PrPは、この方法は取ってはいない

ということです。まあ、何処でそんな巧妙な智慧をつけてくるのかは知りませんが、と

もかく、次から次へと色々な奇妙なものが作り出されてきます...

  

  まあ、これは私の個人的見解ですが、私は“36億年の彼”という概念を展開して

います。この“36億年の彼”の概念からすれば、全ては“彼”に属するわけであり、

常・PrPの智慧も、HIVウイルスの戦略も、根は“彼自身にあります。“彼”自らが発

現し、“彼”自らが見つめている風景になります。まあ、人類の出現も、人の生死も、

皆この“彼”に含まれるわけです...」

「あの...それじゃ、この異常・PrPというのは、どのような方法で増殖していくので

しょうか?」

「ああ...だから、それは増殖するというよりも、“正常・PrPを異常・PrPに変えてい

く...”ということです。遺伝情報のコピーによって指数関数的に増殖していくのと

は、だいぶ様子が違うわけです。まあ確かに、指数関数的に異常・PrPは増えていく

わけですが、やり方がだいぶ違う...」

「それじゃ、その原動力は何なのでしょうか?何故、病気が発生し、拡大していくので

しょうか?」

遺伝子を含まず、タンパク質だけでできた病原体が存在し、こいつが核酸タイプの

自己複製反応の“振りをしている”ということですね...何故かは知りません...

「でも、どうしてこんなことが起こるのかしら?」

「まあ...そうですねえ...

 

  我々の暮らしている町でも、猫には猫の、人間とは別の社会というものがありま

す。一見、1匹1匹、別々に人間に飼われているように見えても、猫には猫なりの独

自のコミュニティがあるのは知っているでしょう。彼等は彼等で、群れを作らないとい

うような戦略をとり、人間に可愛がられるようにし、種の存続を保っているのです。ま

た、猿は群れを作るし、鰯のような小魚も群れで行動します。

  それは、何故か...つまり、そこには“種の共同意識体”というようなものがあり、

“種としての大戦略”が、個体を越えたところに存在していると考えられています。そ

こで、ウシの、種としての共同意識体が、自らの肉骨粉を食べているというような現

状を認識したら、はたして、どういうことになるでしょうか...

  ウシはおそらく、このことを知っていると思いますね。私たち人間でもそうですが、

こうしたことは、“直観力”で分るものなのです」

「あの、では...どういうことになるのでしょうか?それで、狂牛病が起こっているの

でしょうか?」

「うーむ...

  まあ、私などが見ていても、自らの種の肉骨粉を食べさせているというような現状

を聞けば、嫌悪感を覚えます。地球生命圏の霊的な場が、邪悪なものに汚されていく

のを感じます。まあ、こんな話になってくると、科学とは少し離れてしまいますが、こ

のホームページはもともと、科学をも越えた領域までも含んでいるのです...」

「はい。でも、必要な話だと思います」夏美は、深くうなづいてみせた。「塾長は、昔か

らずっと、肉はあまり食べないようですが、」

「そうですねえ...」高杉は、口もとをゆるめた。「私は禅の道を歩いていますから、

当然なのかもしれません。まあ、僧侶ではありませんが、精進料理に近い方ですね。

それから、そのような動物を殺した肉というものを、若い頃から嫌う傾向があったのも

事実です」

「はい。私も、どちらかといえば、塾長に近いと思います。ただし、魚はよく食べます」

「ふむ、なるほど、」

「ええ...今回はここまでとします。次は、さらに具体的な考察を進めて行こうと思い

ます。どうぞ、ご期待ください!」

                                        wpe75.jpg (13885 バイト)   

 <3> 検査体制の現状と展望 

 

          wpeD.jpg (17256 バイト) wpe67.jpg (8822 バイト)  wpe7D.jpg (18556 バイト)   index.1102.1.jpg (3137 バイト)  

              

 

  (1) 2つの検査体制                        

 《 ウエスタン・ブロット法 .....これまでの検査法

        “プロテイナーゼK(タンパク質を加水分解する酵素)”に対する安定性で診断 

 《 SIFT法 /クロス相関蛍光分光法 .....新しい検査法

         モノクローナル抗体を用い、高感度・共焦点の蛍光顕微鏡を使用 

 

《 ウエスタン・ブロット法 .....これまでの検査法 》 とは...  house5.114.2.jpg (1340 バイト)wpeC.jpg (18013 バイト)  

 

「ええ、高杉・塾長...」夏美が、パソコンのマウスを動かしながら言った。「狂牛病

の実態と、その克服の道を探るには、検査体制の実状を見ていくのが早道だと思い

ます。ディスプレイに、その現在行われている2つの検査法を表示しました。まず、こ

の2つについて説明していただけるでしょうか」

「はい、」高杉は、肩を後ろへ引き、ディスプレイを眺めた。「まあ...いよいよ日本に

も、この狂牛病が上陸したわけです。おそらく、今後の拡大が予想されます。しかも、

汚染はどのぐらいまで広がっているのか、見当がつかないといいます...」

「はい...農水省も厚生省も、安全宣言を急ぎますが、その狂牛病の検査体制の現

状というものが非常に気になってきます」

「治療法が見つからないとなれば、厳しい検査体制を敷き、しっかりとした高い防波

堤を構築したいところですね。幾重にも、幾重にも、」

「はい。今度こそ、あの薬害エイズ事件の様なミスは、絶対に起こして欲しくないと思

います」

「まあ、あの様な事は、ニ度とあってはならんでしょう。しかし、いずれにしても、ここ

日本という国家が、本格的な危機管理システムを構築する実験場になると思い

ます。ともかく、早急に、国民の納得する、信頼性の高いシステムを作り上げて欲し

いものです」

「はい、」

「さて、そこで、その狂牛病の検査体制ですが、夏美さんが表示してくれたように、今

の所、2つの方法があります。

  1つは、“ウエスタン・ブロット法”と呼ばれるもので、タンパク質を加水分解する酵

素の“プロテイナーゼK”を使います。正常・プリオンタンパク質(正常・PrP)は“プロ

テイナーゼK”で分解されますが、病原性の異常・PrPの大部分/90番〜230番の

アミノ酸は、この酵素では分解されずに残ります。

  まあ、実際の検査では、試料にこの“プロテイナーゼK”を加えて様子を見るわけで

すが、正常・PrPの場合は、酵素によって分解されて、何も残りません。しかし、異

常・PrPの場合は、大部分が分解されずに残ります。ちなみに、これまで使われてき

た狂牛病の検査法というのは、“この原理”に基づいているわけです」

「はい...あの、これは、これまでの検査法ですけれども、現在も使われているとい

うことですね?」

「もちろんです。違う方法を取るわけですから、組み合わせて使うことによって、精度

と信頼性が高まるわけです」

「ええと...高杉・塾長、その“プロテイナーゼK”では、何故、異常・PrPの大部分が

分解されずに残るのでしょうか。そのあたりを、もう少し詳しく説明して欲しいのです

が、」

「ま、少し専門的になりますが、説明しましょう...

  まず、正常・PrPには、アミノ酸鎖がラセン構造になった“αへリックス”が3本あり

ます。グロブリンに似た部分ですね。ここがポイントになります。正常・PrPのこの部

分は、プリオン分子の他の残りの部分と同様に、“プロテイナーゼK”によって分解さ

れます...まあ、従って、何も残らず、全て溶けてしまうわけです。

  これに対し、異常・PrPでは、こうした分解は起きないのです。何故かというと、異

常・PrPには“αへリックス”が少なく、その代わりに“βシート”が多く含まれているた

めだと考えられています。

  この“βシート”では、アミノ酸鎖が織物の糸のようにあちこちに走り、ひだの様な

構造になっているようですね。従って、異常・PrPのこの部分では、“プロテイナーゼ

K”は、アミノ酸鎖が表面に出ている端の部分しか切断できないのです」

「うーん...はい...その部分の立体構造が違うというわけですね。それで溶けな

いと、」

「まあ、推定ですがね。そうらしいということです」

「はい。ええ...では、次に、新しい検査法の、“SIFT法”の説明に入っていいでしょ

うか、」

「はい」

「じゃ、お願いします...」夏美は、パソコンのディスプレイに、“SIFT法”の概念図を

表示した。

 

《 SIFT法 /クロス相関蛍光分光法 .....新しい検査法

                           wpe75.jpg (13885 バイト) wpeC.jpg (18013 バイト)  

 

「まず、この“SIFT法”というのは、高感度・共焦点の蛍光顕微鏡が主体になります。

そして、もう1つの主役は、コンピューターによる自己相関分析です。これで、この検

査法の、おおよその風景が想像できると思います。

  それから、さらに感度を上げるには、1種類ではなく、2種類の“モノクローナル抗

体”を使い、二色による“クロス相関分析”を行うことですね」

「うーん、どういうことなのでしょうか?専門用語が出てきましたが、こちらの方の説明

も、お願いします」

「うむ。まず、具体的に、ごく大雑把に説明しましょう。それから、詳しく説明します。そ

うですね、2色の蛍光標識を使う、“クロス相関分析”で説明しましょう

「はい、」

「ええ...まず、具体的には、アルゴンレーザーヘリウム・ネオンレーザーのビー

ムを、試料の測定領域の、同じ場所に焦点を結ぶように設定するわけです。この図

のように、」高杉は、ボールペンの先で、ディスプレイの片隅を指し示した。「そうする

と、“緑”または“赤”の蛍光色素で標識した、この部分が焦点に入ります...する

と、それぞれの色の蛍光を発するわけですね。そして、この“緑”と“赤”の蛍光が、

同時に強く出現すれば、異常・PrPと判明するわけです...つまり、病原性の狂牛

病因子の発見です」

「うーん...」

「さあ、そこで...この緑と赤の蛍光標識について説明しましょう。これは、プリオン

タンパク質(PrP)分子のそれぞれ別々の場所に結合する、二種類の“抗体”です。こ

れにはミサイルのように、目標のその部位だけに命中する、“モノクローナル抗体”

使います。これはまるで、蛍光色に光るシールを張ったよなものです。緑の蛍光標識

をつけたPrPと、赤の蛍光標識をつけたPrPと...

「あの、」と、夏美が、小さく手を上げた。「“抗体”というのは?」

「ああ、“抗体”というのは、病原体などが体内に入った時にできる、それに抵抗する

物質のことです。これが、病気の“免疫”を成立させるわけです」

「ああ...はい、」夏美は、コクリとうなづいた。「それで...“モノクローナル抗体”で

蛍光標識をつけたプリオンを、蛍光顕微鏡で、どのように判読するのでしょうか?

常・PrPと、正常・PrPを、どのように判読するのでしょうか?」

「うむ。まず、異常・PrPと正常・PrPでは、そもそも“振舞い方が違う”わけです。蛍

光標識をつけたPrPをこの“高感度・共焦点の蛍光顕微鏡”で補足すれば、異常なヤ

正常なヤツかは、一目で見分けがつくのです。

  つまり、異常・PrPは“凝集体”を作るのです集まって、互いに結合する性質があ

るのです。そこで、レーザー光を当てると色素が励起され、緑と赤の2色の蛍光色が

集中して存在し、強くはっきりと見て取れるのです。 

  一方、正常・PrPは凝集体を作らないので、バラバラな弱い光がボンヤリと出るだ

けです...まあ、実際の感覚というのは、直接、第一線で活躍している人にしか分ら

ないのでしょうが...」

「はい...あの、塾長、これは従来の“ウエスタン・ブロット法”とは、どのように違う

のでしょうか?特徴は?」

「そうですねえ...まず、感度は、“ウエスタン・ブロット法”の10〜100倍と言われ

ます。また、非常に希薄な試料でも観察できるといいます。それから、この測定法だ

と、クロイツフェルト・ヤコブ病のほかに、アルツハイマー病の検査でも、実際に成果を

上げているようです」

 

( アルツハイマー病は、重い老人性痴呆症で、クロイツフェルト・ヤコブ病と

同様に、タンパク質の凝集体が現れます。しかし、こっちの方はプリオンが

問題ではなく、“βアミロイド”が問題のようです...)

 

「うーん...」夏美が、首を振った。「アルツハイマー病にも使えるというのはいいで

すねえ、」

「ま...この“SIFT法”の利点は、感度の高さだけではなく、“脊髄液(せきずいえき)

様な入手可能な体液の、定量的な測定を可能にしたことです。実際、生きているウシ

から脊髄液を採取するのは楽ではないですが、まあ、麻酔などで眠らせれば、可能

ではあるわです」

「はい...狂牛病の実態というものが、多少は、分ってきたような気がします」

 

 

  (2)異常・プリオンタンパク質(PrP)を、試験管の中で増殖する 

                         house5.114.2.jpg (1340 バイト)wpe75.jpg (13885 バイト)  

 

「さて、このウエスタン・ブロット法の10〜100倍といわれる“SIFT法”の感度は、具

体的にどのぐらいのものかというと、ピコモルからフェムトモルに相当するといいま

す。このモル(mol)というのは、物質量を表わす単位ですね。

  つまり、1リットルあたりの粒子数で、1兆個から10億個以下の濃度ということを表

現します。まあ...1リットル中の数値が少ないほど、希薄であり、高い感度が要求

されるわけです...」

「うーん、そう言われても、ピンとこないわねえ...」夏美は、腕組みをし、首を斜めに

した。「あ、そうそう、一応、単位について説明しておきます。

  メートル法単位で、“ピコ”は、1兆分の1、それから、“フェムト”は、1000兆分

の1のことです...ちなみに、今話題の“ナノテクノロジー”のナノは、10億分の1

表現します...」

                               wpe8B.jpg (16795 バイト)                  

                             羽衣弥生   コッコちゃん  

  高杉は、ハイパーリンクのゲートから、クラブ“須弥山”の羽衣弥生が入ってくるの

を眺めた。彼女の後ろから、コッコちゃんがワゴンを押して入って来た。夏美が、羽衣

弥生に片手を上げ、陽気に微笑んだ。

「まあ、これは、元々ミクロ世界の状況です...」高杉は、パソコンの画面に目を戻し

て言った。「ここらあたりで、イメージとして納得してもらうしかないでしょう...

  いずれにしても、非常に希薄なものです。しかし、モノクローナル抗体の蛍光色素

で、異常・PrPが緑と赤に光っているわけで、蛍光顕微鏡による検出が可能なわけで

す。しかも、異常・PrPは“凝集体”を作るので、レーザー光を当てると色素の集合体

が励起され、2色の蛍光がはっきりと見て取れるのです。これは非常に都合がいい

わけで、より希薄な状態でも、検出が可能になるわけです...うーむ、同じことを繰り

返して言ったかな...ああ、弥生さん、どうもありがとう」

「いえ、仕事ですわ」

「ま、どうせ来たんです。少し聞いていってください」

「さあ、わたしに分るでしょうか?」

「聞いていけばいいじゃん!」コッコちゃんが言った。「狂牛病は、恐いもの」

「うーん、そうしましょうか...じゃ、お茶の準備をしながら、」

「お願いします」夏美が言った。

「はい」

「さて、」高杉は、作業テーブルの方に向き直っていった。「こうしてピコモルからナノ

モルといわれる濃度まで感度を上げても、実際の狂牛病検査では、実は十分とは言

えないのです。また、それ以下の濃度をどう評価するかということも、問題になりま

す。つまり、それで、大丈夫なのかということです」

「あ、そうか...うーん、難しいわねえ、」

「しかも、実際には、キログラム単位の牛肉に対して、安全性を保障しなければなら

ないわけですね。そうしたマクロ的な塊の中から、ミクロ的な病原性粒子の異常・Pr

Pを“探り出す”必要があるわけです」

「できるのでしょうか?」

「まさに、そこが問題ですね。

  それには、まず試料中の病原体を人工的に増殖させ、検査可能な水準にまで増

やせばいいわけです。ウイルスや細菌などでは、広く一般的に行われている方法で

ただし、これらはRNAやDNAの遺伝情報によって増殖する病原体に限った話で

す。また、RNAやDNAは、ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)によって、短期間に指

数関数的に増やすことが可能です。

  ところが、プリオンはまるで違いますまず、こいつはRNAやDNAの遺伝情報で

増殖するのではないのです。しかも、増殖に、非常に時間がかかるまあ、これは、

こうした意味では“のろい”わけですから、やっつけるには有利な側面も出てくるわけ

です。しかし、ともかく、いっきに増殖させて検出するには、大きな壁になりますね。ま

あ、現在、ここらあたりが、大いに研究されているようです」

「うーん...それで、どうなのでしょうか。可能なのでしょうか?」

“可能”見られています。“疎水性”の“凝集体”が、膜に付着しやすい性質を利用

するとか、“音波処理”なども、研究成果が上がっているようですね。詳しい内容まで

は分りませんが、」

「ふーん...」

「そこで、いわゆる、試験管の中での増殖が、技術的に可能となれば、大きな前進

になります」

「はい」

                    

      (コーヒーとサンドイッチは、クラブ須弥山のママ、羽衣弥生さんと、コッコちゃんが用意してくれました。)

 

「それにしても、」高杉は、片手でコーヒーカップを取り上げた。「人類文明の前には、

厄介な奇病が次から次へと現れてくるものです。世界がグローバル化し、巨大な

一運命共同体になるということは、改めて非常に危険な進化の袋小路であること

を感じます。とにかく、このままでは、よくないですね」

「グローバル化は、良くないことなのでしょうか?」羽衣弥生が、聞いた。

「私は、そう思っています」

  彼女は、考えながら、小さくうなづいた。

 

                                                      (2001.12.25)

 <4> 狂牛病克服への道  wpeB.jpg (27677 バイト)    wpe67.jpg (8822 バイト)  

         参考文献  

                       東京新聞 2001年12月9日

                       /東京新聞サンデー版/世界と日本・大図解シリーズ

                   どこまで安全? 狂牛病  

                                                               

  (1) 日本における安全性の現状                   

 

「さあ、いよいよ2001年も、暮れが押し迫ってきました」夏美が言った。「色々あった

21世紀・元年でしたが、日本では狂牛病の問題が、年末になって益々深刻化して来

ました。

  そこで、ここでは、日本における≪狂牛病/ウシ海綿状脳症/BSEの安全性について

考察していきます。弥生さんも、コッコちゃんも、どうぞ聞いていってください」

「はい、」弥生は、コーヒーカップをワゴンに移しながらうなづいた。「そうしますわ。“ク

ラブ・須弥山”でも、牛肉はまだメニューにありますし、」

「あの、それじゃ、いずれメニューから消すつもりなのかしら?」

「いえ。それは、これから考えますの、」

「よう、弥生....オレは帰るぞ、」コッコちゃんが言った。

「あら、そう。だったら、ワゴンをお願いね。それから、お店の方を頼むわね」

「いいよ、」

                              wpe8B.jpg (16795 バイト)<コッコちゃん>house5.114.2.jpg (1340 バイト)   

 

《 全頭検査体制 》    wpe67.jpg (8822 バイト) wpe7D.jpg (18556 バイト)   index.1102.1.jpg (3137 バイト)    

 

「ええと...高杉・塾長...」夏美が、マウスでパソコンの画面を操作しながら言っ

た。「農水省は、“安全”の太鼓判を連発していますが、本当に大丈夫なのでしょう

か?」

「うーむ...」高杉は、体をそらして、腕組みをした。「まあ、いずれにしても...

局、自分の健康に責任を持つのは、自分自身なのだということでしょう。大臣や国会

議員が、何度焼肉を食べて見せても、国民は全面的には信用しなかった。しかも、そ

の後になって、狂牛病の牛が発見されたというわけです。それじゃあ、あれは一体、

何だったのかということになる。

  むろん、私は、そうした言動を、全て信用するなというのではないのです。ただ、私

たちもまた、賢く、用心深くなろうということなのです。このように、賢く、用心深くなる

ことこそ、わたし達にできる、唯一の防衛手段なのではないでしょうか」

「はい」夏美は、ゆっくりと目を閉じてうなづいた。「私たちは畜産業を応援する立場で

もなければ、闇雲に検査体制をアピールする立場でもないということですね?」

「まあ...国家体制の中で、重い責任のある立場の人々は、“国民に心底から信頼

される言動”に徹すべきだということです。当たり前の事ですが、あえてこんなことを

言わなければならない状況だから、改めて言うわけです」

「はい、」

「それが、“裏づけの無い軽はずみな言動”か、“力の及ぶギリギリまで見極めた言

動”か、国民から見れば、すぐに分ることです。また、そのためには、国民自身も、

“十分な知識と感性と判断力”を、日頃から身に付けておくことが必要です...」

「はい...ええ、ちょっとここで、検査体制の背景を説明しておきます...

                   

  日本では、2001年の9月に、千葉県で、BSE(狂牛病/牛海綿状脳症)の最初の症例が

確認されました。それ以降、日本のBSE対策は“全頭検査体制”を敷き、非常に厳

しいものになっています。これは、生後30ヵ月以上の牛のみを対象とした、欧州の

検査体制を上回るものを目指しています。

  さて、この“全頭検査体制”のもとで、最初のBSE感染の牛が見つかったのは、北

海道でした。およそ2ヵ月後の、2001年の11月21日です。このあたりの事情は、

テレビや新聞のニュースで、詳しく報道されていたと思います...

                   

  ええと、ですね...現在、日本では、合計3頭のBSE感染の牛が確認されていま

す...」

「うーむ...なるほど...

  この日本のBSE・全頭検査体制のもとでは、新しい検査法の“SIFT法/クロス

関蛍光分光法”は使われていないようですね...まあ、まだ、それほど普及はして

いないのでしょうか?」

「はい。まず、日本のBSE・全頭検査体制では、全国117ヵ所の食肉衛生検査所

で、“1次検査”が行われます。

  この“1次検査”は“エライザ法”と呼ばれているもので、“延髄かんぬき部”に対し

て行われます。これは、異常・プリオンタンパク質(PrP)に反応して、変色することで

確認します。まあ、大きな網を被せ、雑魚も含めて一網打尽にするわけです。そし

て、ここで異常のないものだけが、食肉として流通ルートに乗るわけです。

  さて、ここでもし陽性反応が出た場合ですが、これらの疑わしい牛は、“2次検査”

に回され、徹底的に調べられる事になります。この“2次検査”を行える検査所は、全

国に4ヵ所あります。が、これは技術者を養成し、順次増していく準備に入っていま

す。

  ここでは、“ウエスタン・ブロット法”“免疫組織化学検査”“病理組織検査”が行

われます。つまり、ここでは、牛海綿状脳症という名の由来の、いわゆる脳の空胞

どが、直接顕微鏡などで調べられるわけです。“SIFT法/クロス相関蛍光分光法”

も、まずこうしたレベルからの普及になるのでしょうか...」

「なるほど...この“2次検査”で、陽性となったら、決定的というわけですね」

「はい。その場合...ええ、まず、厚生労働省で、専門家会議が開かれます。それ

から、BSE感染の牛は、800℃以上で焼却処分されることになります」

「なるほど」

 

《 牛の特定4部位の危険性と、各部位のリスク 》        

 

「あの、」羽衣弥生が、小さく手を上げて言った。「感染の、危険性の高い部分という

のは、何処なのでしょうか?」

「あ、はい...」夏美が、素早く反応し、うなづいた。「ええ、では次に、“特定危険部

位”の話に移りましょうか?」

「ああ」高杉は、短くうなづいた。

「ええ...この“特定危険部位”は、4つあります...

                    

  1つ目は、“脳”です。これは、保湿クリーム(ヒアルロン酸/保湿剤など)などに使われるよ

うですね。2つ目は、“目”です。これは、解剖用教材といったところでしょうか。3つ目

は、“脊髄”で、4つ目は、“回腸遠位部”です。回腸遠位部というのは、約40mある

牛の小腸の、終りの方の約2mぐらいを指します。これらが、感染伝播リスクの最も

高い、カテゴリー・Tです...

                    

  ちなみに、欧州では、回腸遠位部は、カテゴリー・Uに入っていますが、日本で

は、危険4部位に入っています...」

「つまり、日本の方が、厳しいということだね?」

「はい...そういうことになります。

  ええ、この“特定・危険4部位”は、日本では厚生省の通達で、感染の有る無しに

かかわらず、除去・焼却が義務付けられました。また、これらの部位を使用していた

食品、医薬品、化粧品などは、回収や原料などの変更が行われることになります。

 

  ただし、何処まで徹底されていくかは、今後の推移を見守る必要があると思いま

す。ともかく、日本で最初のBSEの症例が確認されたのは9月ですから、まだ3ヵ月

ほどしか経過していません。製品の回収や原料の変更などに関しても、これから本

格的に切り替えられていく段階であり、まだ当分は慎重に、用心深く対応する期間が

続くと思います。くれぐれも、慎重に見極める必要がある、ということです...」

             ( 詳しい正確な内容、最新の情報等に関しては、関係機関のホームページ等で確認してください。 )

 

「そうですね...」高杉は、深く腕組みをした。「結果的に、何も無くてすめば一番い

いわけです。しかし、こうした“国民的な用心深さ”と、新時代の危機管理システム

の構築”という意味では、今回のこの狂牛病騒ぎは、日本にとってはいいチャンスだ

ったと言えるかも知れません。

  ともかく、今後の国家的な“総合・危機管理”に対して、前向きに生かして行きたい

ものです。日本の行政機構は、あの“薬害エイズ事件”からさえも、ほとんど何も教訓

を得ていないことを曝け出したわけです。したがって、今度こそは、政争や論争の具

ではなく、国家国民のための、“本物の危機管理システム”を構築していって欲しいも

のです。

  さいわい、小泉内閣による国家の大改造が進行している真っ最中でもあるわけで

す。是非、政治と官僚だけに任せるのではなく、国民自身も直接参加する形で、この

分野では世界の最高峰と言われる水準まで高めてもらいたいです。日本は、それが

できる国家なのですから、」

「はい!」

「まあ、この種のバイオハザード関係だけでなく、テロや、情報テロ、麻薬等の薬物な

どに関しても、しっかりとした危機管理の構築を望みたいですね。

  “地下鉄サリン事件”は、日本で起こった世界的な大テロ事件でしたが、その対応

策となると、ほとんど何もなされていないのが実態とも聞きます。あのカルト集団もろ

とも、時間経過の中で忘れてしまいたいというのでは、“無策”もはなはだしい。今度

同じ様なサリン事件が起こったら、何十万人もの犠牲者が出るかも知れないのです。

あの“地下鉄サリン事件”は、一歩間違えば、らくにそのぐらいの犠牲者の出た、大

無差別テロ事件だったのですから。しかし、ここでも、あの“薬害エイズ事件”と同様

に、抜本的な機構改革や、危機管理システムの立ち上げはやっていないのです。こ

ういう所に、資本投下と、技術開発、人員配置をして欲しいのですがね。弾力的に、」

「はい...」

                                        wpe75.jpg (13885 バイト)   

「あの、」と、弥生が言った。「“特定・危険4部位”のうちの、“脊髄”と“回腸遠位部”

というのは、どのように利用されているのかしら?保湿クリームに、牛の脳が使われ

ていたので、こっちの方も気になりますわ」

「ええと...」夏美が、パソコンの画面を探った。「特に...明記はされていません

ね。とにかく、“回収や原料などの変更が行われて行く”ということです...」

「そうですか、」弥生は、考えながら、静かにうなづいた。「でも、そこが怪しいわね、」

  高杉も、微笑してうなづいた。

「まあ、今後も、しっかりと監視をしていく事が肝心ですね。行政の側も、我々消費者

の側も、」

「そうね、」弥生は、うなづいて、口もとを崩した。「そして、必要なのは、慎重というこ

とね、」

「その通りです。そして、“自己責任”ということです」

 

  夏美は、パソコンの画面を切り替えた。

「さて...話が少しそれてしまいましたが、次に、カテゴーリー・Uの、中程度のリス

クの部位です...

                           

  これは、リンパ節、結腸近位部、脾臓(ひぞう)、へんとう、≪硬膜、松果体、胎盤≫、

脳脊髄液、下垂体(かすいたい)、副腎(ふくじん)...

  それから、カテゴーリー・Vの、低リスクの部位は...結腸遠位部、鼻粘膜、末し

ょう神経節、骨髄、肝臓、肺、膵臓(すいぞう)、胸腺が該当します...

                       

  まあ、このあたりは、リスクは低くなりますが、危険部位ではあるわけですね。あ、

それから、“遠位部”とか“近位部”とかの表現がありますが、“遠位部”は頭から遠

い方、“近位部”は頭に近い方を指しています。

  ええ...そして、カテゴリー・Wは、リスク無しと考えられている部位です。これ

は、次のような部位です...

 

            【 リスクなしと言われている部位 】

血液凝固物、便、心臓、腎臓、乳腺、(牛乳)、卵巣、だ

液、だ液腺、精のう、血清、骨格筋(牛肉)、精巣、甲状腺、

子宮、胎児組織、

≪ 胆汁、骨、軟骨、結合組織、髪の毛、皮、尿 ≫

 

  ええ、以上の様な分類になりますが、これらは絶対的な意味で確定したものでは

ありません。事態はまだ流動的です。研究も技術開発も進んでいますし、新しい情報

には、十分に気を配っていく必要があると思います。

  また、安全と思われる部位でも、“解体の際に、危険部位から汚染される可能性も

有る”とされています。さらに、施設や器具の汚染、その他の様々な2次汚染も、絶

対に無いとは言い切れないのが現状です...」

「そうですね」高杉はうなづいた。「私たちは、“法律”や“施設”が完備されたから、そ

れで即・安全と考えるのは、誤りだということを、肝に銘じておくべきです。

  今年起こった雪印の事故もそうでしたし、原子力関連の様々な事故もそうです。数

え上げたらきりがないほど、“想定外”と言われるものや、“人間的な油断”から、事

故は絶えず起こっています。いや、むしろ、人類の技術文明の何割かは、その克服

の歴史であったと言えるのかも知れません。

  いずれにせよ、私たちは、その“安全性”のシステムが、私たちの信頼に十分に答

えるものに育ってきたかどうかで、判断すべきなのです」

「はい」

                                  wpe75.jpg (13885 バイト)house5.114.2.jpg (1340 バイト)  

「まあ、業界では、“信用してくれ!”と叫びたいのでしょうが、我々消費者から見れ

ば、“それじゃあ、何故こんな事態を招いたのか?”と聞きたいわけです...“アメリ

カやオーストラリアでは、真剣に取り組んでいたのに、日本の当局や業界は何をやっ

ていたのか”と...」

「はい。そこが、まさに問題なのだと思います」

「そう...」弥生も、小さくうなづいた。「10年間もチャランポランをやっていて、感染

ルートも解明されていないのに、“太鼓判”を押すなんて...」

「そうね、」

「いずれにせよ、日本でも牛の総背番号制がスタート、全履歴のコンピューター管理

が進行していきます。また、ヨーロッパ以上の管理体制を目指しているとも聞きます。

そうしたものが次第に徹底してくれば、国民の信頼も回復して来るのではないでしょ

うか」

  夏美は、黙ってうなづいた。

「ええ、それでは次に、牛以外のプリオン病の実態について、簡単に説明したいと思

います。遺伝子によらない、病原性タンパク質の伝播の風景が分ると思います...」

「うむ。その前に、少し説明しておこうか、」

「あ、はい...」

************************************************ wpe75.jpg (13885 バイト)

「タンパク質というのは、DNAからなる遺伝子の設計図によって作られるわけです

ね...そして、よく知られているように、そのタンパク質の種類というのは、膨大なも

のになります。このおかしな性質を持つプリオンタンパク質(PrP)というのも、まさに

そうしたタンパク質の1種なのです。

  しかも、一口にプリオンタンパク質と言っても、動物の種によって多少異なるわけで

す。まあ、そのあたりは、どのぐらいズレているのかは分りませんが、その動物種の

タンパク質というのは、それぞれの種のDNAによってコード化されているわけで、種

が異なればそのタンパク質も異なるのです。つまり、牛の肉と、人間の肉は同じでは

ないし、ネズミの肉もまた違うといった具合です。しかし、同じ哺乳動物の肉として、

似てはいるのです...

 さて、 こうした異種間では、病原菌の感染なども、当然違ってくるわけです。牛や豚

や羊などの有蹄類が感染する口蹄疫(こうていえき/ウイルス性の急性疾患)は、人にも感染す

ることがあると言われますが、まあ、これはめったに無いのでしょう。しかし、このあ

たりが、病理学的には、実に面白いのかも知れません。めったに感染はしないが、

感染しないわけではない。では、そのメカニズムは、どのようなものかということです

ね...

  そしてこれは、ウシのプリオンタンパク質(PrP)が、ヒトのリオンタンパク質(PrP)

に伝播するする様子と、非常に似ているわけです...

  ただし、変異・PrPの場合は、DNAを持つウイルスなどとは異なるわけです。しか

し、どうも種を超えて似たような構造をもつPrPの場合は、変異・PrPも伝播しやすい

ようですねえ。まあ、現在、まさに解明が進んでいる領域の話ですので、明確なこと

の言える段階ではありませんが、」

************************************************** wpe75.jpg (13885 バイト)

「はい。ええ、ここまででよろしいでしょうか?」

「ああ」高杉は、うなづいた。

「はい。ええ、では、牛以外のプリオン病の実態について、その概略を説明したいと

思います」

         wpeD.jpg (17256 バイト)        wpeC.jpg (18013 バイト)house5.114.2.jpg (1340 バイト)           

                                           

                                                   

 (2) 種を超えて広がるプリオン病  index.1102.1.jpg (3137 バイト)wpe7D.jpg (18556 バイト)    

 

  夏美は、パソコンのディスプレイに、10種類ほどの動物の略図を表示し、高杉の

方を向いた。

「ええ...ここでは、この“プリオン病”が、どのような種に見られるのか、どのような

地域で見られるのか、またどのように、種を超えて広がってきたのかを考察します」

「うむ、」高杉は、小さくうなづいた。

「あの、夏美さん、こんなに多くの種に、狂牛病のような症状が見られるんですの?」

「うむ、」高杉が、うなづいた。「まず、19世紀には、すでに羊の“スクレイピー”が確

認されているようです。これが、様々なルートで、他の動物にも伝播して行ったという

説が、最も有力のようです。

  それにしても、どうも種を超えて拡大していったのは、最近のようですねえ...ま

あ、詳しい解明は、これから進んでいくと思います」

「...ええ...ともかく、まず全体の状況を説明しておきます...」夏美が、マウス

でパソコンのディスプレイを操作しながら言った。「...まず、

                            

≪ プリオン病の状況 ≫

  ヒツジやヤギの“スクレイピー”は、全世界で確認されています。

  ミンクの“伝達性ミンク脳症”はアメリカやカナダ、フィンランドなどで見られます。

  ウシの“ウシ海綿状脳症/BSE”は、イギリス(18万1368頭)を中心に、ヨーロッ

(ポルトガル・605頭/フランス・443頭/スイス・396頭/ドイツ・130頭など、)で拡大し、カ

ナダ、オマーン、日本などで単発的に確認されています。

  カモシカやシカの“慢性消耗性疾患/CWD”は、アメリカやカナダ、スウェーデン

などで見られます。

  ネコ、トラ、チータ、ピューマ、ジャガーネコの“ネコ海綿状脳症/FSE”は、イギ

リス、ノルウェーで見られます。

  ニアラ、クーズー、オリックスなど、イギリスの動物園で見られるものは、“その他

伝達性海綿状脳症”とされています。

  ヒトの、“クロイツフェルト・ヤコブ病” で、狂牛病によらないものは、これまでも、

全世界(100万人に1人程度の割合)で確認されています。

  ヒトで、ニューギニア島東部において、“クールー”と呼ばれるものがあります。

 *****************************************

  ヒトで、狂牛病/ウシ海綿状脳症/BSEの感染によると推定される“新変異型

クロイツフェルト・ヤコブ病”(vCJD)は、イギリスの保健省などの調べで、116人(イギ

リス・111人/フランス・4人/アイルランド・1人)が確認されています...」

 *****************************************

 ( 細かな数字も書き込んでありますが、事態は流動的です。このような状況だということ

で、把握しておいてください)

                            

                                                     

 (3) 薬害エイズ事件と狂牛病パニックを超え、

                 新時代の危機管理システムの育成を!

                       wpe67.jpg (8822 バイト)   wpeB.jpg (27677 バイト)

「はい。ごくろうさん」高杉は言った。「それにしても、イギリスでは、牛が18万頭以

...そして、人への感染は111人だったかな?」

「あ、はい...」夏美は、パソコンの画面を見つめた。「ええと...はい、そうです!」

「すごい数だな。これでは、イギリスはパニック状態になるわけだ...これを目の当

たりにしていた農水省の官僚が“日本は、多分、大丈夫だろう”と、軽く見ていたと

いうのは、信じられん話だねえ...

  太っ腹と言ったらいいのか、間抜けと言った方がいいのか...ともかく、危機意識

が全くない。一体何処をひねれば、こんな無責任な発想が出てくるのかなあ...」

「うーん...せめて、アメリカやオーストラリアを、見習って欲しかったと思います。あ

えて、そうしなかったのは、日本の国民は、“家畜並”だと思っていたのでしょうか?

いえ、私はその時点で、むしろアメリカやオーストラリア以上の、最も厳しい対応を取

って欲しかったと思います。

  日本の行政機構や業界に対し、国民としてそう望むのは当然なのではないでしょ

うか?かけがえのない日本国家と日本国民のために、当然そうすべきだったと思い

ます。少なくとも、私なら、そうしたと思います!」

「賛成!」弥生が、パチ、パチ、パチ、と手を打った。

「うーむ...あの薬害エイズ事件を経てもなお、日本の官僚機構は国家や国民を軽

視し、業界の方に顔を向けていたと言わざるを得ないですね...ヨーロッパの狂牛

病パニックを目の当たりにし、しかも故意にチャランポランに対応して、日本を窮地に

追い込んだとなれば、これはもはやテロに匹敵する大犯罪になるのではないでしょう

か。今後の展開次第では、経済や流通の被害ばかりでなく、犠牲者が出るかも知れ

ないわけです。

  ともかく、国民としては、薬害エイズ事件と同様に、絶対に許すことのできない、犯

罪的な怠慢行為だったと思います。そして、ニ度とこのようなことを起こさないために

も、しっかりと責任追及をして欲しいと思います」

「はい。あの、薬害エイズ事件が、何の教訓にもなっていなかったというのは、本当に

驚きですわ」

「まあ、彼らにも、言い分はあると思います。したがって、その本音もしっかりと聞き、

責任の所在を明確にし、その上で、“新時代の総合的な危機管理システム”を構築し

て行って欲しいですね。小泉政権は、まさに改革の政権なのですから、」

「はい!」

「うーむ...一朝一夕にできるものではないからこそ、すぐにスタートし、地道にしっ

かりとしたシステムを構築していって欲しいと思います。そして大事なのは、“情報公

開”であり、国民と一緒に、そのシステムを育て上げていって欲しいということです。

“情報公開”“人の交流”がなければ、やがて水は腐っていってしまいますから、」

「はい」

「あの、」と、弥生が言った。「夏美さんの言ったそれらは、全て“プリオン病”なのか

しら?」

「はい、」夏美がうなづいた。「その元になってたのが、どうやら、ヒツジの“スクレイピ

ー”だと考えられているようです。いずれにしても、こうした種を超えるプリオン病の伝

播については、今後の研究成果が待たれる所です、」

「さて、」と、高杉は言った。「日本で、“狂牛病/ウシ海綿状脳症/BSE”が確認さ

れて、3ヵ月がたつわけです。本格的な対策が動き出すのは、まさに来年/2002

年からになるでしょう。その全般的な状況を、注意深く、用心深く注目していきたいと

思います。

  また、日本の食文化が、欧米的な肉食から、かっての旧・日本食型へ“Uターン”

するのではないかというような話も耳にします。いわゆる、米を主食とし、野菜や小魚

を大量に食べる、あの江戸時代からの食事がそれです。もともと日本の風土と日本

人の体質にあった、いたって健康的な食事ではないでしょうか。

 

  まあ、私もこれには大賛成で、静かに期待しています。今後の異常気象や人口増

加、食糧危機などを考えると、まさに脱・肉食は、全世界的な規模で進んで欲しいも

のだと願っています」

 

「はい。ええ...今回はここまでとし、今後の狂牛病/BSEの状況と推移を、しっか

りと見守っていきたいと思います」

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        wpeD.jpg (17256 バイト)                 index.1102.1.jpg (3137 バイト) (2001.12.25/22:18/夏美)

「ええ、白石夏美です...

  2001年も、いよいよ暮れがおし迫ってきました。ホームページはこれ以後、

2002年の新春バージョンの準備に入ります。まだ何も計画はしていないのですが、

アップロードは、年越しになります。私たちも、益々忙しくなりそうです。どうぞ、2002

年の新春バージョンにご期待ください!」

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