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トップページ/New Page Wave/Hot Spot/Menu/最新のアップロード/   担当: ボス= 岡田 健吉 

   2015年 3月                                

                                        

     ツイート の 記 録            









 3月 31日




 

 

 

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 壬生忠見      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(341)

勝負の間は、酒や肴(さかな)もめくった様です。天皇の御前とはいえ、緊張もほぐれて

います。その風雅な品格の中で、勝負は水を打った(/大勢の人々が静まりかえるさま)ように

高まります。

右の兼盛か…左の忠見か…

研ぎ澄まされた感覚の中で、優劣がめぐります。歌が、交互に、声高にうたわれます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 平兼盛        

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(340)

さあ…平兼盛の歌は右…


★ 忍ぶれど 色にいでにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで



左に配せられたのは壬生忠見…


★ 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人しれずこそ 思ひそめしか



<恋している、と…

        私の噂がもう立ってしまった…

                 誰にも知られないように…

                        心ひそかに、思いはじめたばかりなのに…>


どちらも珠玉のような秀歌で、人々がどよめきます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 藤原実頼         

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(339)

判者は大変ですが、座は益々白熱を帯びて来ます。左右の方人達の声も喧(かまびす)

しくなります。そして、最後の<恋>の部になります。恋の歌は5番勝負です。

この時の出詠歌人は12人。

藤原朝忠(ふじわらのあさただ/三十六歌仙の1人。官位は従三位・中納言。土御門中納言または堤中納言と号

する。『小倉百人一首』では中納言朝忠。)、大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ/三十六歌仙の1人。官位は

正四位下・祭主・神祇大副。)、壬生忠見(みぶのただみ/【30番→ 壬生忠岑】の子。父とともに三十六歌仙の

1人に数えられる。官位は正六位上・伊予掾。)、源順(みなもとのしたごう/嵯峨源氏の一族。下総権守・和泉守等

を歴任し、極官は従五位上、能登守。)らで…

女流歌人は中務(なかつかさ/三十六歌仙の1人。母は、【19番→ 伊勢】)、本院侍従(ほんいんのじじゅ

う/村上天皇の中宮(ちゅうぐう)安子や女御(にょうご)徽子(きし/斎宮女御)らにつかえた。摂政/藤原伊尹(これただ)

と太政大臣/藤原兼通の兄弟,歌人の藤原朝忠らと恋愛関係にあったといわれ、,恋の贈答歌がおおい。)らです。








 3月 30日



  




 

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 藤原実頼         

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(338)

判者は…左大臣/藤原実頼(ふじわらのさねより/平安時代中期の公卿。 摂政関白太政大臣を歴任した

藤原忠平の長男)で、温和重厚な人物で信望があります。歌合は進行し、いよいよ白熱し

ます。

判定理由は…<左歌の心ばえ、いとをかし>とか、<右歌、させることはなけれ

ど、難は見えず>とか、<歌の品の同じほどなれば、持(じ/歌合わせで、引き分けのこと)

にぞ定め申す>などです。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1京都御所/清涼殿   

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(337)

申の刻(さるのこく/現在の午後4時前後)…天皇が臨御(りんぎょ/天子がその場においでになること)…

日が暮れて、灯がともされ、庭には篝火(かがりび)が焚かれます。左右に分かれた方

人(かとうど、かたうど/味方、仲間)の頭には、天皇のお妃(おきさき/・・・更衣が当った。更衣は本来、

天皇の衣替えに奉仕する女官の称ですが、嬪・女御に次ぐ令外の后妃の身分になりました。)を頂きます…

お題は<霞・鶯・柳・桜・藤・暮春・・・>から、<恋>に至るまで20番。講師(こうじ)

が歌を詠み上げ、判者(はんじゃ)が勝ち負けを判定して行きます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1京都御所/清涼殿  

平安時代の初期、天皇の日常生活の居所として仁寿殿や常寧殿が使用されていたが、中期にはこの清涼殿がもっぱら天

皇の御殿とされ、紫宸殿(ししんでん)が儀式を行う殿舎であるのに対し、日常の政務の他四方拝・叙位・除目などの行事も

行われた。ただし、この清涼殿も次第に儀式の場としての色彩を強め、中世以降は清涼殿に替わって、常御所が日常の居

所となった。

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(336)

弥生のつごもり/晦日/三十日には…もう藤が咲いていたでしょう…

歌合が行われたのは清涼殿(せいりょうでん)…天皇をはじめ女御(にょご)方がご臨席で、

百官(ひゃっかん/数多くの役人)や女房(にょうぼう/女官)達も居流れて、世紀の一大歌合を見

守ります。

村上天皇は気鋭の35歳であらせられました。この気力で、世紀のセレモニーに臨ま

れました。




 



 3月 29日 


 

 

 

岡田健吉‏@zu5kokd1京都御所/紫宸殿   

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(335)

ことは…

宮廷だけの盛り上りではありませんでした。朝野(ちょうや/朝廷と民間、天下)をあげて、時代

的な文学的機運の高まりがあり、男女貴賎(だんじょ・きせん)を問わず、歌心が深まり、そ

の頂点が天皇の御前での、内裏における一大歌合になりました。

時は…

弥生のつごもり(晦日/月の最後の日)…

陰暦では…翌日から初夏に入る、3月30日でした。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 京都御所/建礼門  

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(334)

その上…

朝廷の実力も富もともに充実していた時期で…日本史上に燦然(さんぜん/きらきらと光り輝

くさま)と輝く、豪奢(ごうしゃ/非常にぜいたくで、はでなこと)にして華麗(かれい/はなやかで美しいこと)な

歌合を、催しきる…ことが出来たわけですね。

その歌合とは…

当時の、一流の歌人達が左右に分かれて…天皇の御前で、歌の勝敗を競うという華

やかなものでした。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 村上天皇         

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(333)

この歌合は…

国文学史上でも特筆すべき一大事で、<天徳内裏(てんとく・だいり)歌合>とも…

村上帝の、印象的な年号の天暦から、<天暦の御時(てんりゃくの・おんとき)の歌合>とも

呼ばれています。

村上天皇は…当代きってのインテリで…芸術愛好家で、ご自身も典雅(てんが/みやびな

さま)な歌を詠まれる歌人であられました。


 


 


 



 3月 28日



    
 


 


 


 


 

岡田健吉‏@zu5kokd1 平兼盛        

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(332)

「この歌は…『拾遺集(しゅういしゅう) - 巻11/恋』 に、<天暦(てんりゃく)の御時(おんとき)

の歌合>として載っています。

これは第62代/村上天皇の天徳4年3月30日に、内裏(だいり)で催された歌合です。

この時の歌合は、後世の模範と仰がれ、以後、歌合はこの時の盛儀(せいぎ/華やかでり

っぱな儀式)にのっとることになりました。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 平兼盛        

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(331)

【40番→ 平兼盛】(たいらのかねもり/平安時代中期の歌人。三十六歌仙の1人。父は光孝天皇の曾孫にあ

                 たる大宰大弐・篤行王。臣籍降下前は兼盛王と名乗っていた。官位は従五位 上・駿河守。)


★ 忍ぶれど 色にいでにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで



< 心に秘めてきたけれど…

        顔の表情にまで、出てしまっているようだ…

              私の恋は…

                    想いごとでもしているのかと…

                          人に尋ねられるほどになってしまった… >

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(29)                                                   


【★ 徴兵制 ★】・・・(3)

「志願者が激減すると、どうなるか?」大川が言った。「アメリカでもそうだが、貧しく、

職のない若者が志願するようになる…

“貧富の差が・・・戦場に駆り出されるリスクと直結” するわけだ。日本社会に、“新

たな衝撃と・・・新たな差別”が生まれるわけだが…そもそもが…戦争ゴッコ であり、

必要のない混乱 だ!」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(28)                                                   


【★ 徴兵制 ★】・・・(2)

「韓国軍は、」ブラッキーが言った。「ベトナム戦争にも参加していたぜ!」

「うむ!ブラッキー(/元米海兵隊・軍曹の経歴を持つ)は、当時を知っているわけだな…」

「最後の、サイゴン(/現在のホーチミン市)撤退に立ち会っただけだが…」

「まあ…」大川が言った。「即、韓国の様に徴兵制になるわけではない。しかし、自衛

隊員の志願者が、激減する可能性は高い…」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1       

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(27)                                                   


【★ 徴兵制 ★】・・・(1)

「若者は…」軍事担当の大川が言った。「日本の軍国化を傍観するが、アメリカと同様

にアフガンやイラクで闘えば…何千人もの戦死者が出る。

そこで、自衛官のなり手が減少すれば、徴兵制 になる。身近では、韓国が徴兵制を

敷いている」


   




 3月 27日




   










岡田健吉‏@zu5kokd1           
                            源氏物語絵巻 「末摘花」

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(330)

『源氏物語』 で浅茅が出てくるのは、常陸宮(ひたちのみや)の姫君/末摘花(すえつむはな)

の邸(やしき)ですね。

<浅茅は庭の面(おも)もみえず、しげき蓬(よもぎ)は軒をあらそひて生ひのぼる>

…という荒れた邸に、姫君は心変わりもせず住んでいる場景です。浅茅の浅は、丈

が低いとか、疎(まば)らに生えている、とかの意味です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 茅/チガヤ      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(329)

等はこの歌を、うまく、王朝風な言い回しにすげかえています。

<浅茅>は古典ではよく出てくる場景です。王朝の頃(/天皇が政治の実権を握っていた時代。

 奈良時代と平安時代を指しますが・・・狭義では平安時代の言い換えとして用いられます。)は、少し都を外れ

ると、浅茅の野や、篠原があった様ですね。<小野の篠原>というのは、特定の場

所ではなくて、<小>は接頭語(せっとうご/単独では用いられず、常に他の語の上について、その語と

ともに一語を形成するもの → お話、小猫)です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 参議等        

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(328)

< 私が、あの人を恋していることを…

      あの人は、知ってくれているのだろうか…

             いや、知らないだろうなあ…

                 あの人に告げ、知らせてくれる人はいないんだもの… >


この歌は…読み人知らずで、かなり古い歌らしく、万葉調の味があると言います。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 参議等        

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(327)

そこから…広漠な原野が想起され、中に佇む心細さと忍ぶ恋の辛さもあり、心に訴

えます。

実はこの歌は…

『古今集 - 巻11/恋』 にある歌から採られている…というのが定説と言います。


★ 浅茅生の 小野の篠原 しのぶとも 人知るらめや いふ人なしに


岡田健吉‏@zu5kokd1 参議等        

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(326)

「この歌は…『後撰集 - 巻9/恋』 に、<人につかはしける>として載っています。

<人>とは女性…恋人へ贈った恋歌ですね。

うーん…

<浅茅生の 小野の篠原>は、<しのぶ>を引き出すための、序です。これは、

<しの… 篠竹>に掛っています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 参議等        

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(325)

【39番→ 参議等】(さんぎひとし/源 等(みなもとのひとし)・・・平安時代前期から中期にかけての公家。

                 嵯峨源氏、中納言・源希の次男。官位は正四位下・参議)


★ 浅茅(あさぢ)生(ふ)の 小野の篠原(しのはら/篠竹の生えている原。ささはら。) 

                 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき


< 茅(ちがや)が生える野の、篠竹ではないけれど…

        人に隠して忍んでいても、想いが溢れてこぼれそうになる…

               どうして、あの人のことが、こんなに恋しいのだろうか… >




 










 3月 26日









 




 




 

岡田健吉‏@zu5kokd1         

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(26)                                                   


「何処ぞのトンマな宰相が、」ブラッキーが、タバコを吹かした。「最も起きそうもない危

機に備え…軍国化だぜ!」

「本当の危機が…」ポン助が言った。「分かってないよな!」

「ああ!官僚は元々、タワケ集団だが…自民党も腰抜けだぜ!」

「そうだよな!」


岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(116)


くり返すが、高市総務大臣は…

<放送法による要請>を出すと言うが…公共放送は国民の浄財で運営する、【全

影響力排除の・・・社会安定化装置】 だ。

ここに<法による要請>を出すこと自体…憲法の解釈改憲 に続き…法治国家の

タガを取り外す ものだ!


岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(115)


NHKは…【民主主義の牙城】 の裏門を開け…敵対影響力/首相官邸・財界・政

治力を…城内に導き入れて…名実共に・・・国民を裏切った!

その褒美(ほうび)として…敵対勢力から 〔生活の器と自由度 → 組織への不可侵と

番組・コンテンツへの不可侵〕 が安堵(あんど/)された。それが…NHK国会の実態

だ!


岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(114)


NHKの平成27年度予算が…今日、3日25日…衆議院/総務委員会で承認され

た。しかし…事実上、何の意味もない。

NHKが… 国民から乖離 している事も…社会安定化装置としての・・・本来使命

を放棄 している事も…構造的議論はナシだ。ただ、籾井(もみい)会長を吊るし上げた

だけだ。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 右近          

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(324)

だからこそ…

恋が燃え上がっていた時は…別れる事などは絶対にない…と、何度も神仏に誓った

のでしょう。右近はその事を言っています。

『大和物語』(やまとものがたり/平安時代中期の和歌説話集。作者未詳。2巻。約 173段。)に、この歌

が載せられていて、そこに至った男女の誓い事も載っていますが、よくある話という

事ですね。




 



 



 



 



 









 3月 25日








 



 



 



 

岡田健吉‏@zu5kokd1 右近          

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(323)

時の権力者の御曹司(おんぞうし)で…歌に優れ、音楽の才もある貴公子です。一方、

右近の身分は低く、醍醐天皇の皇后穏子(こうごう・おんし)に仕える一介の女房です。

当時は、血筋・身分は絶対的な社会です。恋の熱が冷めれば別れがきます。【19番

→伊勢】の場合と、非常によく似ているかも知れませんね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1藤原敦忠       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(322)

男性には、非常に好かれた様子ですから…頭も良く、機知も巧みで、情もあったはず

です。トータルで眺めた場合、右近が最も愛したのは、この歌の藤原敦忠(あつただ)だ

ったのでしょう。

彼は、『小倉百人一首 → 43番』 の歌の作者で、菅原道真を太宰府に左遷した、左

大臣/藤原時平の3男です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 右近          

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(321)

つまり…

男に忘れ去られる我身のことは何とも思わない。でも、神仏に誓ったあなたは、罰(ば

ち)が当たって死んでしまう。いい気味だと思うけれど、死んでしまうのはイヤなのです

…と。

男は、こういう女性がいいのです。でも恋多き右近が、こんな貞淑(ていしゅく)な女性だっ

たのでしょうか?

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(113)


何度も言うが…

NHKは、税金同様に浄財で運営される…日本国のミニチュアであり…民主主義

社会のバロメーター!

★ その公共放送/NHKが、まさに地に足が着いていない!

これは、現在の日本国の姿! 日本の民主主義社会のゲージ!

安倍政権/高市総務大臣の野望は・・・断固拒否だ!

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(112)


経営委員会には…

例の官邸人事で、安倍カラーの不適正委員達が、送り込まれている。

NHK会長にも…安倍カラー/財界人事の籾井(もみい)氏が押し込まれ、打たれ強

い所を見せている。

★ この状況下で…高市総務大臣はNHKを総務省の傘下に入れようと画策!

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(111)


首相官邸/行政トップ・・・財界/経済団体トップ・・・国会/政治中枢・・・が、

【浄財運営・・・国民メニュー/国民の皿】 に箸(はし)を突っ込む状況下で…国民は

何をしているのか?

ここが大問題!

肝心の運営委員会がチャラ(/帳消し)にされ…例の、経営委員会(/何故か、国会同意人

事)がセットされている!

 

岡田健吉‏@zu5kokd1

《 HP/ 『人間原理空間』 の方で・・・アップロード 》 / 3月24日

エボラ戦争・レポート

                   【参考文献】: 日経サイエンス 04  エボラ戦争   

       〔1〕 エボラ・ウイルスと、文明との衝突!



岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(110)

国会…

衆議院/総務委員会で…NHK会長が、本人資質等の問題で吊し上げられている。

全てもっともな事だが…それが<国会という政治の場>に持ち込まれていること自

体…<全影響力排除の公共放送>への侵害だ!

首相官邸/財界/国会による…侵害の3態/3つの形態…の風景だ!



 

 


 3月 24日


 

 

 

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 右近          

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(320)

<誓ひてし>が…

愚かなわが身に掛かるのか、恋しかった人が約束したコトに掛かるのか…

それによって、女性の心の座標が違ってきます。

神仏に誓い、それを裏切った人に、神仏の罰(ばち)が当たればいい…その先です。も

う1つの要素は、右近は恋多き女性だったことです…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 右近          

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(319)

「この歌は…

『拾遺集 - 巻14/恋』 に載っています。

歌の解釈は2通りあって…

<わすらるる 身をば思はず>で、切る場合と…

<わすらるる 身をば思はず 誓ひてし>で、切る場合です。

切り方によって、意味が少し変わってきます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 右近          

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(318)

【38番→ 右近】(うこん/平安時代中期の女流歌人。父は右近衛少将藤原季縄。醍醐天皇の中宮穏子に仕え

               た女房で、元良親王・藤原敦忠・藤原師輔・藤原朝忠・源順(みなもとのしたごう)などと恋愛

               関係があった様です。)


★ わすらるる 身をば思はず 誓ひてし 人のいのちの 惜しくもあるかな


< 忘れ去られる、私の身は何とも思わない…

      ても…

           いつまでも愛すると神に誓ったあなたに…

                 神罰が下って命を落としてしまわれるのも…

                        私は嫌なのです…〉



 






 






 




 






 3月 23日








 





 





 

岡田健吉‏@zu5kokd1          
                                                           土佐光起筆 『源氏物語画帖』より「若紫」。

                                                       飼っていた雀の子を逃がしてしまった幼い紫の上と、柴垣から隙見する源氏。

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(317)

詠み人知らず/一説では第51代/平城(へいぜい)天皇として…次の歌もあります。


★ 萩の露 玉に貫(ぬ)かむと とれば消(け)ぬ よし見む人は 枝ながら見よ



現代語訳は必要ないですね。『源氏物語』 にも、露の歌は多いですが、朝康の詠む

白露の歌は別格の観があります。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b4/Hyakuninisshu_012.jpg 僧正遍昭       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(316)

白露を玉と詠んだ歌には…僧正遍昭(そうじょうへんじょう/【12番】・・・天つ風 雲のかよひ路 

吹きとじよ をとめの姿 しばしとどめむ)に、次の歌があります。


★ 蓮葉
(はちすば)の にごりにしまぬ 心もて なにかは露を 玉とあざむく



< 蓮(はす)は泥水に生えながら…

       濁りに染らない清らかな心をもつ…

             その心でどうして…

                   葉の上に置く露を水晶(/または真珠)と見せ…

                         人を騙(だま)すのか… >


岡田健吉‏@zu5kokd1 文屋朝康       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(315)

清らかな美しい歌ですね。定家もこの歌が好きだった様で、百人一首にも採り、広く

後世に伝わりました。

<5・7・5・7・7>で、秋の野の白露を詠みきり…1000年にわたり歌壇/日本の

歴史に、燦然(さんぜん)と残っています。私たちもこんな1首を、作ってみたいものです

ね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 文屋朝康       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(314)

『後撰集 - 秋中/308』 の歌は…『新撰万葉集』 の詞書(ことばがき)に<寛平御時(か

んひょうの・おんとき/日本の元号の1つ。仁和の後、昌泰の前。889年から898年までの期間。宇多天皇~醍醐天

皇。)  后宮(きさきのみや)の歌合の歌>とあります。

『古今集』 の歌の方の詞書は…<是貞親王(これさだ・しんのう)の家の歌合によめる>

…ですね。うーん…これでは状況がよく分かりませんが、宇多天皇の寛平初年頃に

作られた様です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 文屋朝康       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(313)

< 秋の野に置く白露は…

        水晶の玉だろうか…

               つらぬいて通す…

                       蜘蛛の糸すじよ…〉


これらの歌は結果的に、姉妹歌なのでしょうか。今度は白露(しらつゆ)を蜘蛛の糸で貫

(つらぬ)き、やわらかな露の玉の美しさに心も静止します。先の歌のこぼれ散る動と…

糸で貫かれた静ですね。


 


 3月 22日


 


 



 

岡田健吉‏@zu5kokd1 文屋朝康       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(312)

この歌は…『後撰集 - 秋』 に<延喜(えんぎ/・・・日本の元号の1つで、醍醐朝の一部。901年から

923年までの期間。形式的ながらも天皇親政が行われた。延喜の治と呼ばれます。)の御時、歌めしけれ

ば>としてあります。

うーん…清冽(せいれつ/水などが清らかに澄んで冷たいこと。)な歌です!これは実景(じっけい/実

際の景色)なのでしょうか!

『古今集』 に朝康の…もう1つ別の、白露の歌があります。


★ 秋の野に おく白露は 玉なれや つらぬきかくる 蜘蛛(くも)の糸すぢ


岡田健吉‏@zu5kokd1 文屋朝康       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(311)

【37番→ 文屋朝康】(ぶんやのあさやす/平安時代中期の歌人。六歌仙の文屋康秀の子。従六位下・大

舎人大允。)


★ しらつゆに 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける


< 草の葉の上に、光る露の玉…

       風がしきりに吹きつける、秋の野原は…

              まるで、紐(ひも)に通してない水晶の玉が…

                    パラパラと散り乱れて、吹き飛んでいるようだよ…〉






 





 






 









 3月 21日







 







 






 






 

岡田健吉‏@zu5kokd1             
                    
清少納言 (菊池容斎・画 明治時代)  /パブリック・ドメイン

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(310)

清原深養父は…実は全く別の所で、歴史に名を残しています。それは 『枕草子』 を

書いた清少納言の曾祖父(そうそふ)としての名です。清少納言の父/清原元輔(きよは

らのもとすけ/三十六歌仙の1人。官位は、従五位上肥後守。)は、深養父の孫になります。

つまり…清少納言は散文家ですが、由緒ある歌人の家柄に生まれた女性…だった

わけですね…」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1            
                           藤原俊成 (菊池容斎・画、明治時代)  /パブリック・ドメイン

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(309)

ただし…300年ほど後の藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい/平安時代後期から鎌倉時代初期の公家・歌

人・・・藤原定家の父)には認められて、『古来風躰抄』(こらいふうたいしょう)にはこの歌が採られ

ています。

『古来風躰抄』 とは…式子内親王(しきし・ないしんのう/藤原定家とは・・・世を忍ぶ恋愛関係にあったと

する伝説があります。)に求められて、藤原俊成が著した歌論書(/和歌の本質を論じた書)です。古

来からの歌の中で、俊成が秀歌と認めたものを挙げ、鑑賞批評したものです。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1               
                             藤原公任・・・菊池容斎『前賢故実』より /パブリック・ドメイン

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(308)

たまたま、後世のために知らるる者は、ただ和歌の人のみ。いかにとなれば、こ

とばは人の耳に近く、義は神明に慣(なら)へばなり>

…とあるように、深養父はまさに、そんな人だったのでしょうか。ただ藤原公任(ふじわら

のきんとう/平安時代中期の公卿・歌人。関白太政大臣/藤原頼忠の長男。『小倉百人一首』では大納言公任。)の

判断基準にはかなわず、三十六歌仙には洩(も)れています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1清原深養父       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(307)

清原深養父の…詳しい生涯は不明です。10世紀前半の人で、官吏としては不遇です

が、勅撰集(ちょくせんしゅう/天皇や上皇の命により編集された歌集・・・時代により、『古今集 - 後撰集 - 拾遺集

 - 後拾遺集 - 金葉集 - 詞花集 - 千載集 - 新古今集』・・・など)に41首も入っています。

『古今集 - 真名序(まなじょ・・・漢文による序文)』に…

<貴きことは相将(しゃうしゃう/大臣や大将)を兼ね、富めることは金銭を余すといへど

も、骨いまだ土中に腐(く)ちざるに、名は先ず世上に滅す。


岡田健吉‏@zu5kokd1清原深養父       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(306)

清原深養父の歌は…ニヒル(/冷たく醒めていて、暗い影のあるさま)の影があり、乾いた機知で

あり…人々には人気があった様です。

翻(ひるがえ)って、現在の日本を眺めると…“林家三平系/支離滅裂のお笑い”は…存

外に、人気がない様です。TVメディアなどで煽(あお)っていますが、機知に品位が無い

からでしょうか。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1清原深養父       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(305)

『古今集』 の時代の人々は…機知/ウイット・エスプリというものを珍重しました。明晰

(めいせき)なものを愛し、硬質な理知を好み、ユーモア/有情滑稽(うじょうこっけい)を楽しん

だ様ですね。

<雲のいずこに 月宿るらむ>…という軽い諧謔性(かいぎゃくせい/面白さと共感とが混り合

った状況を描写する性質)が、この時代の人々には受けたのでしょう。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1清原深養父       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(304)

…だからどうした?こんな歌のどこがいいのか?

…と言う人が、いるかも知れませんが…これも 『古今集』 的なのだそうです。

私などは、理屈ではなく、思わず口元が緩み、その夏の夜明けの、どことない倦怠感

(けんたいかん)に共感します。これが…人生の時間ですよね…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1清原深養父       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(303)

深養父(ふかやぶ)の歌の…短夜(みじかよ)は…

『古今集 - 巻3/夏歌』 の前後の関係から、厳密な夏至というわけではなく、旧暦六

月下旬頃といいます。この頃は下弦の月で…月の出は遅く、夜明けが早く…日が出

ているのに、月は中天に白く霞(かす)んでいます。いわゆる有明(ありあけ)の月ですね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1             
                        時鳥/ホトトギス・・・ヒヨドリよりわずかに大きく、ハトより小さい。ネットより画像借用

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(302)

夏歌は…

太陰暦/旧暦の…四月(卯月/うづき)/藤の花から始まります。五月(皐月/さつき)/初夏

を告げる渡鳥の時鳥(不如帰/ほととぎす)、あやめ、五月雨(さみだれ)=梅雨(つゆ)、卯(う)の

花、そして夏至(げし/新暦の6月21日頃)の短夜(みじかよ)。旧暦の六月(水無月/みなずき)は新

暦では7月(・・・7/12~8/9 )、季語は百合(ゆり)になります。旧暦六月が終れば、はや立

秋ですね。季語は残暑になります。


 




 




 









 3月 20日








 




 




 

岡田健吉‏@zu5kokd1清原深養父       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(301)

〈夏の夜…

       横になったと思ったら…

              時鳥の鳴き声に、目が覚めた…

                     もう、雲が白くなったよ…〉


これも、爽
(さわ)やかないい歌ですね。

でも…同じ夏歌でも、季節の移り変わりがあります。季語が時鳥の初夏五月(さつき)と、

六月(みなつき)の短夜(みじかよ)では、だいぶ開きがあります。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1清原深養父       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(300)

この歌は…『古今集 - 巻3/夏歌』 に、<月のおもしろかりける夜、暁(あかつき)が

たによめる>として載っています。

同意の歌としては、同じ『古今集 - 巻3/夏歌』 に…紀貫之の歌があります。


★ 夏の夜の 臥(ふ)すかとすれば 時鳥(ほととぎす) 

                 鳴くひと声に 明けくるしののめ(東雲/夜明けの薄明かり)


岡田健吉‏@zu5kokd1清原深養父       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(299)

【36番→ 清原深養父】(きよはらのふかやぶ/平安時代中期の歌人。『枕草子』を書いた清少納言の曽祖

                     父。官位は従五位下・内蔵大允。)


★ 夏の夜は まだ宵(よい)ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ


< 夏の夜の短さよ…

       まだ宵のうちと思っていたのに…

             はや、白々と明けそめた…

                   月は山の端に入るひまもなく…

                          雲のどの辺りに、宿っていることやら… >


岡田健吉‏@zu5kokd1             
                                                            紀貫之 (菊池容斎・画、明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(298)

歴史的にも…第一級の紀貫之の歌は…

屏風(びょうぶ)などに書かれる様な、堂々としたものが多い様です。また、公的な場が

多いとも言われます。

晴れがましく、美しく、おめでたい…そうした歌の名手です。そうした歌で、1000年

間にわたり、歌聖と呼ばれています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1             
                                                            紀貫之 (菊池容斎・画、明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(297)

『古今集』 の撰者は…紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑の4人で…序文では

紀友則が筆頭に挙げられています。

でも…編集の中心は当時の第一人者の貫之で、友則は途中で没しています。友則

は貫之の従兄弟(いとこ)ですが、20歳ほど年上で、その様子が分かります。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1             
                                                            紀貫之 (菊池容斎・画、明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(296)

<人はいさ>の<いさ>は、打ち消しで、“いざ”ではありません。

うーん…

この知人は男性か女性かで、だいぶ様相が違ってきます。でも、貫之はその事には

言及していません。もちろん、当時は知る人ぞ知るという事でしょうが、今は歌だけが

残っています。




 





 





 





 







 3月 19日






 




 




 





岡田健吉‏@zu5kokd1             
                                                            紀貫之 (菊池容斎・画、明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(295)

ともかく、貫之の方は定宿(じょうやど/いつもきまって泊まる宿屋)にしている知人の家があった

わけです。ところが久しぶりに行ってみると、そこの人は…


( ここの家は昔に変わらず、ちゃんとございますのに …)


…と言います。そこで貫之は、そこに立っている梅の花を折り…この歌を詠んだわけ

です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1                          
                            謡曲/『玉鬘』(たまかずら)でも詠われる、長谷寺の二本の杉(ふたもとのすぎ)/ネットより写真借用

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(294)

大和の長谷寺は奈良県桜井市初瀬にあり、十一面観音菩薩が本尊、平安時代には

熱い信仰がありました。

『源氏物語』でも玉鬘(たまかずら)の姫が徒歩(かち)で参詣し、そこに描かれる二本(ふたも

と)の杉は、現在も境内にある様です。

『枕草子』では…清少納言が、椿市(つばいち)の粗末な宿に泊まっています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(109)

高市総務大臣(/女性)は…

TV画像では…笑いながら(/総務大臣も、NHK会長も、)この<大悪事を進めた>が…女

性が輝く時代とかでも…これほどの<国家大撹乱>を、見過ごすわけには行かな

い!

どうも…安倍政権の覇道政治は…

稚魚(ちぎょ)の観があり…児戯(じぎ/子供の遊び)の臭いがし…結局、なに1つ・・・明るい

展望が開けていない!(/近視眼的な成長戦略そのものが・・・文明史的・戦略眼が致命的に欠落している)

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(108)

さらに、もう1つの問題点は…

安倍カラー/安倍官邸人事 と言われる…NHK/籾井会長だ!

籾井氏は財界人であり、別名で財界人事とも言われる!

<全影響力排除で・・・浄財運営の・・・公共放送/国民メニュー/国民の皿>

に…<政治と財界が・・・箸(はし)を突っ込む・・・行儀の悪さだ!>

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(107)

一方、<法による要請>を出す総務省だが…全影響力//政治力・経済力・軍

事力・暴力を排除の目的で…浄財運営の公共放送 を、政治力で・・・踏みにじる

所業だ!

< NHKは・・・日本国のミニチュア! >

まさに、<国家/行政による・・・ちゃぶ台返しで・・・全信用システムを崩壊>

…させる所業だ!

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        

《 公共放送・NHK/考 》・・・(106)

NHKは…

高市総務大臣の、放送法による<要請/事実上の命令>に応えると言うが、その

主体性は何処に在るのか?

国民の関知しない・・・NHK経営委員会 が…神のごとく・・・天から降臨 したわけ

ではない。国民から乖離している・・・NHK経営委員会 では、言語道断の所業だ!


 



 3月 18日



 


 


 

岡田健吉‏@zu5kokd1             
                                                            紀貫之 (菊池容斎・画、明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(293)

かの家のあるじ、かくさだかになんやどりはあると、いひいだして侍りければ、

そこにたてりける梅の花を折りてよめる>

…とあります。

貫之が、大和の長谷寺に参詣した時に、寺近くの知人の家に泊めてもらった時の様

です。参詣のたびに泊まっていた様ですね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1         

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(25)                                                   


「今年は、」茜が言った。「豪雨風水害で、さらに日本の社会インフラが崩壊していく

恐れがあります。でも、安倍政権のやっていることは、八ッ場(やんば)ダム建設の再開

や、軍備の増強です。無駄なものばかりですわ!」

「うん! そう、NHKも同じよね…TV全体がダメだけど…」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1            

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(24)                                                   


「<NHKは日本のミニチュア
(/小型のもの、精巧な小型模型)>だけど…」マチコが言っ

た。「安倍総理の縮小版/小型版が、NHKの籾井(もみい)会長かしら?」

「安倍カラーという事ですから、」青木が言った。「ズレは無いでしょうな、」

「浄財も、使い道が間違っているし?」

「そう…戦争ゴッコが…お望みですねえ、」






 




 




 





 





 3月 17日





 




 




 




 

岡田健吉‏@zu5kokd1  紀貫之       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(292)

「ええ…『古今集』 の撰者/紀貫之の歌ですね。

これは 『古今集 - 巻1/春上』 にあり、長い詞書があります。これを読むと、この歌の

作られた情景が分かってきます。


<はつせにまうづるごとに、宿りける人の家に、ひさしくやどらで、程へて後にい

たりければ、


岡田健吉‏@zu5kokd1  紀貫之       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(291)

【35番→ 紀貫之】(きのつらゆき/平安時代前期の歌人。『古今集/古今和歌集』の選者の1人。また三十六

                 歌仙の1人。紀友則は従兄弟。散文作品として、『土佐日記』があります。日本文学史上、

                 少なくとも、歌人としては、最大の敬意を払われてきた人物です。)


★ 人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける



< あなたは、さあ…

       どんなお心か、分かりませんが…

             この昔なじみの故郷では…

                    そこに咲く花は、昔と変わらずに…

                          良い匂いで、私を迎えてくれますねえ…〉


岡田健吉‏@zu5kokd1 小野小町        

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(290)

これに比べ、女の老いの歌で思いつくのは…

小野小町の歌に見るように、容色の衰えの嘆きに、重なるのでしょうか…


★ 花のいろは 移りにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに


ともかく…興風(おきかぜ)の歌は老いを嘆きながらも、自分を高く持する気概が漂いま

す。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1                 
                                                        第三本宮(左)・第四本宮(右)の本殿前の幣殿(重要文化財)/パブリック・ドメイン

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(289)

< 私が見てからでも、ずいぶんと久しくなったものだ…

      この住之江の海岸の、背の低い松は…

            いったい、どのぐらいの長い年月を、過ごして来たのだろうか… >


これらは…男の老いの歌です。老いの嘆きが、シンプルで、雄々しく…現世肯定的で

すよね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1           
                            住吉大社/第一本宮の本殿前の幣殿(重要文化財)/パブリック・ドメイン

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(288)

               私も老いたが、屈せず雄々しく…

                        生を終わろうと思う…

                                高砂の松ではないけれど… >


『古今集-雑上』
には、次の歌もあります。この歌は 『伊勢物語』 では…帝(みかど)か、

側(そば)にいた業平(*在原業平らしき人)が、詠んでいます。


★ われ見ても 久しくなりぬ 住
(すみ)の江の 岸の姫松 いく世経(へ)ぬらむ


岡田健吉‏@zu5kokd1                 
                                                                現在の高砂神社内にある、相生の松。 /パブリック・ドメイン

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(287)

『古今集』 ではこの歌の前に、<詠み人知らず>として次の歌があります…


★ かくしつつ 世をや尽(つ)くさむ 高砂の 尾(お)の上(へ)にたてる 松ならなくに



< 高砂の松は、老いてもガッシリと枝を張り…

           風雪に耐えて、変わらぬ色を増している…


 3月 16日

岡田健吉‏@zu5kokd1藤原興風       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(286)

この歌の老いの孤独と悲しみは、凛(りん)とした男の淋しさです。長寿の老松の風景

は神寂びて(かみさびて/古びて神々しく見える)立派ではあっても、老人の淋しさを慰(なぐさ)

めてはくれません。

作者の興風(おきかぜ)は、親友が次々と世を去り、とうとう1人になってしまった、人生

の悲哀と、毅然(きぜん)と対峙している様ですね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1                
                                                           高砂郵便局前の郵便ポスト上に設置されている尉と姥の像/ネットより写真借用

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(285)

<高砂>は今の兵庫県高砂市…住吉は大阪市の住吉付近…古代にはどちらの海

岸でも老松が生い茂り、美しい景色の名所だったと言われます。

謡曲(ようきょく/能の台本)/『高砂』では、老夫婦の尉(じょう)と姥(うば)があらわれて、相生

の松(あいおいのまつ/雌株・雄株の2本の松が寄り添って生え、1つ根から立ち上がるように見えるもの。夫婦の

契りの深さにたとえる。高砂神社のものが有名。)のいわれを物語ります。では、なぜ淋しい歌なの

でしょうか。


 





 3月 15日




 


 


 


 

岡田健吉‏@zu5kokd1           

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(23)                                                   


「そういう事でしょうな…」大川が言った。

「民主党政権もガッカリだけどさあ…自民党政権はそれ以上に、国民を裏切ったわよ

ね!

何のために、<戦争放棄した国・・・絶対平和主義の国・・・平和憲法の国>にな

ったのかしら?」

「まさに、そういう事ですなあ… 自民党はハッキリと…国民を裏切っています!」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1          

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(22)                                                   

 
「うーん…」マチコが、うなづいた。「そうよね!

国民の大多数は…“原発再稼動は反対”だし、“特定秘密保護法や・・・集団的自

衛権や・・・憲法9条改正には・・・反対!”…よね。

私たちは選挙で、そんなことに…“賛成投票を・・・した覚えはない!”、のよね。じゃ

あ、“自民党の中の・・・歯車が・・・壊れている”…のかしら?」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1          

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(21)                                                   


「話を戻しますが…」青木が言った。「“安倍総理//安倍内閣”…そして“世界にも

稀有(けう/めったにないこと)な・・・反民意/反国民的な・・・官僚組織!”

一体….日本の戦後民主主義の中で…

“どう間違えば・・・民意/国民総意とはかけ離れた様な・・・戦前の軍国主義に

回帰する様な”…政治になってしまうのか?」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1藤原興風       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(284)

「この歌は…

『古今集 - 巻17/雑歌』 に<題しらず>として載っています。この歌の前後には、

老いの嘆きの歌が集められていて、これもその1つです。

高砂の松(たかさごの松/兵庫県高砂市の高砂神社境内にある、黒松と赤松とが基部で合した相生(あいおい)

の松。)は、住吉の松(すみよしの松/大阪市住吉区の、住吉大社の松)と共に長寿とされ、めでた

いものですが、ここは人生の晩年の淋しさを詠んでいます。












 





 




 





 3月 14日









 




 




 

岡田健吉‏@zu5kokd1              

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(20)                                                   


「ま、」大川が言った。「大それた事を、言うつもりは無いが…

“人類文明の暴走で・・・地球生態系が・・・破局点(カタストロフィー・ポイント)へ落下して

います” ねえ!」

「世界に、」マチコが言った。「リーダーがいないのよね!」

「うむ!

G7・リーダー (/フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダの・・・7つの先進国のリーダー)

も… “戦争ゴッコ・・・経済ゴッコ の中毒” …になってますねえ!」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1              

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(19)                                                   


「ウーム…」政治部長の青木が唸った。「どこぞの…

幼稚で乱暴 な総理大臣が…信用のできない各大臣 を取り揃え…国家国民を考え

ない官僚組織 を使い… トンデモナイ事 をしていますねえ…」

「うーん…」マチコが、うなづいた。「それが… 何処の、国かが・・・問題よね! 」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1藤原興風       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(283)

【34番→ 藤原興風】(ふじわらのおきかぜ/平安時代の官人・歌人。官位は正六位上・治部少丞。三十六

                   歌仙の1人。)


★ たれをかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに



< いったい、誰を友としたらいいのか…

         高砂の松は、私と同じように…

                 年古りている、とはいうけれど…

                        松も昔なじみの、友ではないのだもの… >

 

岡田健吉‏@zu5kokd1              
                            紀友則 ( 菊池容斎 『前賢故実』 )

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(282)

『新古今集/新古今和歌集』 は…鎌倉時代初期の後鳥羽院の勅撰和歌集で、撰者

は…藤原定家・源通具(/堀川通具/ほりかわみちとも)・六条有家(/藤原有家)・藤原家隆・飛

鳥井雅経(あすかいまさつね/『小倉百人一首』では・・・参議雅経)・寂蓮(/俗名は藤原定長)の6人です。

『小倉百人一首』 は…藤原定家が、京都市右京区/小倉山の麓の、小倉山荘/嵯

峨山荘…後世の時雨亭(しぐれてい)で、撰集しました。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1              
                            紀友則 ( 菊池容斎 『前賢故実』 )

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(281)

ええと、時代的には…

『万葉集』 は…古代から奈良時代の終わりまでで、巻1は持統天皇(/や、柿本人麻呂)な

どが関与し、最終的に大伴家持がまとめた様です。

『古今集/古今和歌集』 は…平安時代の醍醐朝の勅撰和歌集で、撰者は紀友則・

紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑の4人です。


 




 






 3月 13日










 




 




 

岡田健吉‏@zu5kokd1   紀友則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(280)

【2番】と 【4番】から…万葉調と新・古今調の違いが分かります。新・古今風に…流

れを優美にするためですが…改悪だと評判の悪いものす。

写生的で素朴な力強さの…万葉調。象徴的で情緒的な気分の漂う…新・古今調。技

巧的で繊細で優美な…古今調…と言います。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   紀友則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(279)

この歌は…これぞ 『古今集』 の“心”といい…『万葉集』 好きの人々からは…凡庸単

純(ぼんようたんじゅん)と排斥されて来た…とも言います。

うーん…『万葉集』 好きと、『古今集』 好きですか。【2番→ 持統天皇】と 【4番→ 山

部赤人】 に、万葉歌を新・古今調風に、変えた歌がありました。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   紀友則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(278)

それができないと…

微風に沈む花吹雪の情景描写だけになります。この歌の核心は…<しずこころ>

/静かな心…でしょう。<しずこころなく>は桜を擬人化しています。では…私達自

身も桜の花となって…満開に咲き、春の光の中で、散っていたらどうでしょうか…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   紀友則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(277)

「この歌は…

『古今集 - 巻2』 に、<さくらの花のちるをよめる>として、載っています。

<久方の>は…光・日・空・月・天…などにかかる枕詞ですね。

うーん…まずこの歌の、ゆったりとした心象風景の中に身を沈めてみないと、上面を

通り過ぎてしまいます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  紀友則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(276)

【33番→ 紀友則】(きのとものり/平安時代前期の歌人・官人。紀貫之の従兄弟(いとこ)にあたる。官位は

                 六位・大内記。三十六歌仙の1人。)


★ 久方の 光のどけき 春の日に しづこころなく 花の散るらむ



< このような…

        日の光がのどかに射している、おだやかな春の日…

               静かな心もなく、桜の花はあわただしく…

                       音のない花吹雪となり、散り急ぐのだろう… >



 







 






 3月 12日





 






 






 

岡田健吉‏@zu5kokd1  春道列樹       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(275)

< 昨日と言い…今日と言って…日々を暮らし…

       明日はもう新年を迎える…

             飛鳥川の流れが速いように…

                  あっと言う間に、過ぎ去ってゆく月日であることよ… >


…<あすか川>
(飛鳥川/・・・奈良県中西部を流れる大和川水系の一級河川。)に、明日をかけてい

ます。うーん…その通りです。今も昔も同じですよね…」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  春道列樹       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(274)

列樹(つらき)は、醍醐朝で壱岐守(いきのかみ/壱岐島(いきのしま)は九州・玄界灘にある島。そこの守

に任官されましたが、大国の地方官ではありません・・・)に任じられ、着任前に亡くなった様です。歌

は5首が伝わるのみです。次の歌は…『古今集 - 冬歌/341』 で、<年のはてによ

める>として大晦日(おおみそか)に詠んでいます。


★ 昨日といひ 今日とくらして あすか川 流れてはやき 月日なりけり


岡田健吉‏@zu5kokd1 
                                                八咫烏
(やたがらす/)に導かれる、初代/神武天皇 (安達吟光/画)

                          (八咫烏は・・・日本神話において神武東征の際、高皇産霊尊によって神武天皇

                          のもとに遣わされ・・・熊野国から大和国への道案内をした・・・3本足のカラス。

                          現在、日本サッカー協会のシンボルマーク になっています。

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(273)

その意味では、列樹(つらき)の身分は身近ですね。

でも…縄文中期で、推計人口30万人…弥生時代で200万人…そこから、日本民族

が膨れ上がって来ました。はなから、悲観することも無いのです。

ただ逆に…その時代から、天皇の血統が明示されてきた事は…民族の宝です…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  春道列樹       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(272)

春道列樹(はるみちのつらき)は、風のしがらみの歌を 『小倉百人一首』 に採られて、歴史

に名を残しました。

父は主税頭(ちからのかみ)/現在の財務省局長クラスで、本人が管理登用試験(/中国・

唐の科挙を見習ったものでしょうか、)をパスし、叙位任官(じょい・にんかん/・・・叙位は、朝廷の儀式の1つ

で、五位以上の位階を進授する行事。任官は、官職に就くこと。)され役人になっています。現在はエリ

ートですが、皇族・貴族社会では、出世は限定的です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1         
                                                          紀貫之 (菊池容斎・画/ 明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(271)

…と1首を詠み、女達に捧げています。

< 春の山道を越えてくると…

            おお、花だ花だ…これは満開の花だらけ…

                        道を避けることも出来ぬほど…

                                    花が散りますなあ… >


貫之は 『古今集』 を撰集するほどの有名人…女達は手から手へ歌を渡し…大喜び

です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1         
                                                          紀貫之 (菊池容斎・画/ 明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(270)

詞書(ことばがき)の<志賀の山越え>は、『古今集』 の前書(まえがき)にはよく出てきま

す。この時代の歌枕(/和歌に多く詠み込まれる名所や旧跡。)かも知れない…と言います。

紀貫之が、春にこの<志賀の山越え>をした時に、女達が連れ立って来るのに出

逢い…


★ あづさ弓
(梓弓) 春の山辺を 越えくれば 道もさりあへず 花ぞ散りける

(梓弓/・・・神事などに使用されるアズサの木で作られた弓。枕詞としての梓弓は・・・『万葉集』などにおいては、

春(張る)、引く・・・などを導きます。)



 




 











 3月 11日 








 





 




 




 

岡田健吉‏@zu5kokd1           

《iPhone 6 Plus を購入》・・・(14)

(昨日/Apple Store 銀座店へ )

iPad mini のバッテリー交換に、 Apple Store 銀座店 へ行きました。しかし…

バッテリーはまだあるとのことでした。

充電コードを接続して使用していたら、急に充電率が下がったのですが、そんな使い

方はしない方がいい…ようです。

 

                   

<時間があり・・・ 改装したという東京駅を見て・・・皇居の方へまわって帰りました。>

 

 

岡田健吉‏@zu5kokd1            

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(269)

うーん…<風のかけたる>と風を擬人化(ぎじんか)…かるく拈弄(ねんろう/・・・ある物事や

概念を、ずっと心にとどめ、手で揉むように、もてあそぶようにして、くり返し考えていくこと。仏道修行のひとつで、そう

することで、考えの質が高められ、物事の本質に近づくこと。)するところが、『古今集』 調…なのだそう

です。

<しがらみ>は…川の水を堰(せ)き止める柵(さく、しがらみ)…杭を打ち、板や竹を打ち

付けたものです。してみると…清水の下が落葉で堰き止められる程度ではなく…川

なのですね…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1            

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(268)

これは、山道で見た実景でしょうか…

晩秋の紅葉の吹き込む清流は、さぞ旅心を満足させたでしょう。今は、その道も消えか

けている様です。でも、それが尚の事、往年の風雅を偲ばせます。風雅とは、今も昔も

変わらない、それを感じ取ることの出来る心なのでしょうか。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  春道列樹       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(267)

「山越えの、美しい歌ですね…

『古今集 - 巻5/秋歌下』 に、<志賀の山越えにてよめる>として、載っています。

志賀の山越えは、京都市左京区北白川から如意ヶ岳と比叡山との間を通り、近江志

賀へ抜ける山道とか。志賀寺参詣もあって、往来は多かった様です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  春道列樹       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(266)

【32番→ 春道列樹】(はるみちのつらき/物部氏の一族。官位は六位・壱岐守まで出世したが、赴任前に

                   没しました。)


★ 山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり



< 山中を流れる川に…風がかけた、流れ止めの柵(しがらみ)がある…

              それは、清流で流れ切れずにいる…紅葉の集まり…

                           なんと…美しい紅葉の柵だったよ… >

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  坂上是則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(265)

ええ…坂上是則(さかのうえのこれのり)ですが、蹴鞠(けまり)の名人で三十六歌仙の1人で

すから、多才だった様です。下級官吏から累進(るいしん)して地方長官になっています。

貫之や躬恒や忠岑とも、さぞ意気投合していたのでしょう。

是則は大和権少掾(やまとの・ごんの・しょうじょう/・・・を経て、従五位下・加賀介(かがの・すけ)まで、出世

しています。)の時があり、吉野へは公用だったのでしょうか…」



 






 3月 10日 




 





 




 

岡田健吉‏@zu5kokd1    源義経          

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(264)


西行が都からの珍客として平泉へ入ったのは、1186年12月初旬。義経の到着は

翌年の2月。西行の旅立ちと入れ替わるように、義経が到着した様です。

でも…静御前の、消息と歌は、義経に届いたはずですよね。現在はライン(/無料通話

・メールアプリ)で一発ですが…古のロマンです…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1           
                          壇ノ浦みもすそ川公園の源義経像

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(263)

奥州藤原氏は西行の縁戚です。鎌倉と一触即発にあるのは、百も承知での訪問で

す。歌人である西行は、当然、静御前の歌は知っていたはずです。

一方…義経・弁慶主従の逃避行は…安宅の関(/加賀・・・石川県小松市安宅町)で 『歌舞伎

/勧進帳』(/歌舞伎十八番の1つ。この関越えがモデルになった。)を演じ…翌1187年2月に平泉

に入っています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1                      
                           西行法師(菊池容斎画/江戸時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(262)

静御前は…鎌倉武士が追討する義経への思いを、天下に歌い上げました。

彼女が神前で舞ったのが…1186年4月8日…頼朝が鶴岡八幡宮で、偶然、西行法

師を見かけ御所(/大倉御所・・・源頼朝の邸宅(現在の・・・鎌倉市二階堂・西御門・雪ノ下3丁目一帯の地))

へ招いたのが…同年の8月15日です。西行は東大寺再建の勧進(かんじん/元来は、仏

道精神に励むことが功徳になるということを人に教えて、仏道に入ることをすすめること。後に・・・堂塔を造ったり、寺

社の修理のために必要な寄付金を募ることを、いうようになった。)で、奥州平泉へ行く途中でした。





 







 3月 9日











 

岡田健吉‏@zu5kokd1       
                                              北条政子 (菊池容斎画  江戸時代) 

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(261)

…さらに…


★ 吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき


この歌は現代語に訳す必要がありませんね…

吉野の大雪の中での、今生(こんじょう/この世)の、立ち別れです。

さあ…頼朝は怒り出します。でも、政子のとりなしで、彼女に褒美(ほうび)を与えたと言

います。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1         
                           静御前 (菊池容斎画 明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(260)

でも、静(しず)/静御前は詠(うた)いました…


★ しづ
(倭文/日本古代の織物)やしづ 

          しづのをだまき(苧環/おだまき・・・つむいだ麻糸を空洞の玉のように巻いたもの)

                    くり返し 昔を今に なすよしもがな


< しずの布を織る…

        麻糸を巻いたおだまきから…

                糸が繰り出されるように…たえずくり返しつつ…

                        どうか…昔を今にする方法があったなら…>

 

岡田健吉‏@zu5kokd1         
                           静御前 (菊池容斎画 明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(259)

1186年4月8日…

鶴岡八幡宮(/鎌倉市)の神前で、白拍子(しらびょうし/平安時代末期から室町時代初期にかけて行わ

れた歌舞の一種、およびその歌舞を演じた舞女。)の静御前は舞を舞います。源頼朝や妻/政子

(/北条正子・・・伊豆国の豪族、北条時政の長女。伊豆の流人だった頼朝の妻となり、頼朝が鎌倉に武家政権を樹

立すると御台所と呼ばれる。)をはじめ、名のある武将が、都一番と評判の白拍子の舞に刮

目(かつもく/目をこすってよく見ること。)しています。スーパースターのライブです。

神前の舞ですから当然、関東鎮護、鎌倉幕府の安泰を祝うものです。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1        
                           静御前 (菊池容斎画 明治時代)

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(258)

ええ、この歌ですね…


★ 吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき



…で有名です。静御前は義経の都落ちに同行し、吉野山まで来ます。でも、それ以

上は雪が深くて、女の足では付いて行けず、逃避行の足手まといになります。彼女

はここで別れ、囚われ人として、鎌倉へ護送されます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  坂上是則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(257)

実は、『古今集』 には…この歌/<冬歌332>の少し前に、<冬歌327>に前出

の壬生忠岑の、次の歌があります。


★ み吉野の 山の白雪 ふみ分けて 入りにし人の おとづれもせぬ



この歌は、あの義経
(/源義経・・・頼朝の異母弟)の妾(めかけ/妻以外にも囲う女性)/静御前が本

歌取し、歴史上有名です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  坂上是則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(256)

京都/平安京の醍醐朝においては…

<壬申の乱>は100年以上も昔の出来事です。吉野離宮(/吉野町・宮滝遺跡)も都から

遥かに遠く、山深い幾重もの峠を越えた異郷です。でも、数多くの歌に詠まれ、歴史

とロマンの心象風景が鮮やかです。その、吉野の里の雪…が詠まれています。



 









 3月 8日







 

岡田健吉‏@zu5kokd1 坂上是則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(255)

大海人皇子は吉野離宮へ逃避後、天智天皇の監視下で<吉野出兵>となります。

数日で数万の軍勢を糾合し、2方向から近江朝/大津京(/滋賀県大津市錦織の遺跡が近

江大津宮の跡・・・琵琶湖のほとり(天智帝は、朝鮮の<白村江の戦い>に敗れた後、唐と新羅の反撃を恐れ、水

城、防人を配置しますが、都も飛鳥よりさらに奥の大津に移しています))へ進軍します。

戦史上例のない武力の糾合が、大海人皇子/天武天皇の比類なきカリスマ性を生

みます。ここから天武・持統朝が始まります。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 坂上是則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(254)

「この歌は…『古今集 - 巻6/冬歌』 にあり…詞書(ことばがき)に…

<大和国にまかれりける時に、雪の降りけるを見てよめる>

…とあります。

吉野といえば桜ですが、私は 『万葉集』 の考察をしていますので…第38代/天智

天皇の末期、大海人皇子(天智天皇の実弟で片腕/皇太子/後の天武天皇)の都落ち/吉野へ

の逃避行<・・・詳しくはこちらへ>が頭に浮かびます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 坂上是則       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(253)

【31番→ 坂上是則】(さかのうえのこれのり/平安時代前期から中期にかけての官人・歌人。 三十六歌仙

                   の1人。醍醐天皇の御前で蹴鞠が行われ、そのとき206回まで続けて蹴って1度も落

                   とさなかった。天皇はことのほか称賛し、絹を下賜した。)


★ 朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に ふれる白雪



< 夜がほのぼのと明けてきた…あたりは白く明るい…

        この明るさは…有明の月の光かと思ったが…白い雪…

              これは薄雪の積もったあかり…吉野の里に降る白雪だ… >

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(252)

ええ…忠岑(ただみね)は同じ 『古今集』 の中に、次の歌があります…


★ 風吹けば 峰にわかるる 白雲の 絶えてつれなき 君が心か



< 風に吹きやられた白雲が…峰で千切れて絶える…

             そのようにあなたの心も…私から離れてしまった…

                            ほんとうに無情なあなた… >

 

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  

                               イージス艦/こんごう型の3番艦 <みょうこう>・・・停泊港は舞鶴

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(18)                                                  


「安倍首相は…」マチコが言った。「日本を “戦争のできる国” にしたいのよね?」

「そうです!」大川が言った。「喧嘩でゴタつている中に・・・殴り込みをかけるわけ

ですな! 何の役にも立たない・・・」

「そうよね、」

「日本は、“平和国家の・・・戦略眼” を持つべきです!」


 




 









 3月 7日





 




 




 



岡田健吉‏@zu5kokd1          

             終戦の年の・・・ 【1945年1月の御前会議】 『每日新聞』昭和二十年一月一日號 /パブリックドメイン

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(17)                                                  


「うーん…」マチコが言った。「 “自衛隊の開戦!” が、近いのかしら…



★ 四方(よも)の海 みなはらから(皆同胞/同じ母から生まれた兄弟姉妹)と 

            思ふ世に など波風の たちさわぐらむ


明治天皇の御製歌
(ぎょせいか/天皇が詠んだ歌)。昭和天皇は、昭和16年9月6日の対米

英開戦の 〔御前会議〕 において、この歌を2度朗誦(ろうしょう/詩句などを声高に読むこと)さ

れました…」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(251)

地方豪族たちは…荘園を作りますが、徴税と警察権で国司(/地方行政単位である国の行政

官として中央から派遣された官吏。)が介入して来ます。それを嫌い、彼等の任免権を持つ、摂

関家に荘園を寄進する者が出ます。

すると、実際に手を出してこなくなり、競って藤原氏に荘園を寄進するようになります。

この時代の、力と富の別の側面が見えますよね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(250)

こうした逸話(いつわ/世人の目から逸した(逃れた)話のこと。 特定の人物や物事にまつわる興味深い話とし

て逸話が語られることが多い。)からも…

王朝時代の生活の一端や、主従の姿、酔っぱらいの振る舞いが、垣間見えて来ます

ね。また、辞去する時に引出物や褒美を与えるのも、摂関家(せっかんけ/摂政・関白に任ぜ

られる家柄。平安中期以後・・・藤原氏北家の九条流をいい、鎌倉期にはそこから近衛・九条・二条・一条・鷹司の五

摂家が分立し、江戸時代に及んだ。)の絶大な力と財力を感じさせます。

財力の源は…荘園(しょうえん/公的支配を受けない一定規模以上の、私的所有・経営の土地)領主の、

摂関家への荘園の寄進(きしん/・・・寺院や神社などに土地や金銭、財物を寄付することですが、荘園の

寄進は庇護を受けるためです。)です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(249)

時平は…

「これぞ、風雅というもの!愉快じゃ、愉快じゃ!よく訪ねて下さった!歌を肴に、

まず、一献!」

…と、一転、上機嫌となり、一夜じゅう主客は快く酔い、音楽も楽しんだ。辞去する時

には、右大臣の定国には引出物(ひきでもの/祝い事で招待客に配られる贈呈品のこと)を、忠岑に

は褒美(ほうび/ほめて与える金品)を与えました。


 





 




 



 3月 6日




 



 



 




 

岡田健吉‏@zu5kokd1   壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(248)

< 御殿の階段に置いた霜の上を…

     この夜中にふみわけ、わざわざ、参上したのでございます…

         他所へ行ったついでに、思いついて寄ったわけではございません… >


忠岑が当意即妙(とういそくみょう/すばやくその場面に適応して機転をきかすこと。)の歌でとりなした

ので、風流人の時平も、これには感じ入って、うなります...

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(247)

「大将殿は、仰せられておりまする・・・


★ かささぎの わたせる橋の 霜の上を 夜半にふみわけ ことさらにこそ


…」

もちろん、この歌は…【6番→ 中納言家持】 の本歌取(ほんかどり/歌学における和歌の作成

技法の1つで、有名な古歌(本歌)の1句もしくは2句を自作に取り入れて作歌を行う方法。)ですよね。橋は左

大臣邸の階段を指しています。歌を訳すと、こういう意味になります…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1  壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(246)

<この夜更けに、何をしに来た?>と、時平は腹を立てますが、高い身分の客人

を追い返すわけにもいきません。

「何処へお出かけになった帰りですかな?」などと言う。

随身の忠岑が…パチパチと爆(は)ぜる松明(たいまつ)を手に捧げながら、跪(ひざまず)き、

定国の代弁をして、ご挨拶(ごあいさつ)を申し上げます…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(245)

「おお、そうだ、これから左大臣邸に参ろう!」

…と言い出します。酔っ払いには往々にある話です。

突然押しかけられた左大臣は時平(/・・・摂政・関白だった藤原基経の長男。褒子/京極御息所の

父親。父・基経の死の時点では時平はまだ若年だったため、宇多天皇は自ら親政を始めます。そこで、皇親である

源氏や学者の菅原道真らを起用。醍醐天皇が即位すると道真とともに左右大臣に並び対立、ついに時平は道真を

讒言して大宰府へ左遷させます。時平は政権を掌握すると意欲的に改革に着手しますが、39歳の若さで死去。道

真の祟りとされます。)です。この頃、ライバルの道真(みちざね/菅原道真)を左遷し、意気揚々

の若き実力者…気性も激しい方です。邸の人々は、右大将の来訪に大慌(おおあわ)て

です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(244)

でも定家は、女への恨みではなく、別れの辛さと取り…

<このぐらいの歌が詠めれば、この世の思い出になるだろう>

…と賞讃しています。

忠岑(ただみね)は、右大将(/右近衛府(うこんゑふ)の長官・・・左近衛府とともに、武器を持って宮中の警護、

行幸の供奉(ぐぶ)などをつかさどった役所。この地位は左遷する直前まで、右大臣の菅原道真が兼務していた。)/

藤原定国の随身(ずいしん/平安時代以降、貴人の外出のとき、警衛と威儀を兼ねて勅宣(勅命の宣旨、みこ

とのり。)によってつけられた近衛府の官人)だった事があります。

ある夜、定国は他所(よそ)で酒を飲んで酔い…夜更けて帰る途中…

 

岡田健吉‏@zu5kokd1   壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(243)

「この歌は…『古今集 - 巻13/恋の部』 にあります。

この歌の前後には、逢えない恋や、女のつれなさを恨む歌が並んでいます。それで

この歌も別の解釈ができます。つれなく見えるのは、有明の月と、女の両方に掛か

るというものです。忠岑(ただみね)に聞きたいですね。


 




 3月 5日




 


 


 

岡田健吉‏@zu5kokd1   壬生忠岑       

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(242)

【30番→ 壬生忠岑】(みぶのただみね/平安時代前期の歌人。三十六歌仙の1人。子に同じく三十六歌仙

                   の1人である壬生忠見がいる。)


★ 有明(ありあけ)の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂(う)きものはなし



< 空には有明の月が…つれなくかかっていた…

          あなたのそばに、もっと長く居たかった…

                    あの日から私は、夜明け前の暁ほど…

                             辛く感じる時はないようになった… >


岡田健吉‏@zu5kokd1 凡河内躬恒      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(241)

古代王朝の官僚・武官を形成たのが貴族です。一方で、王朝文化を開花させます。

当時の皇族や貴族社会はコンパクトで、血統が非常に交錯しています。

日本は…この時代の人口数百万人から…つい最近、1億3000万人余のピークに

達して、減少に向かっています」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 凡河内躬恒      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(240)

醍醐天皇や禄(ろく/お祝儀)を受ける躬恒の姿が、眼前に浮かんで来ます…


奈良時代の人口は…450 ~ 650万人。平安時代でも…900万人ほど(/1000万人を

越えたのは、15世紀以降と推定されます。江戸時代前半の17世紀に人口が急増、18世紀から19世紀は3000万

人前後で安定化しています。)です。

この時代は、筑紫の太宰府が唐・朝鮮に開かれていて、奥州に征夷大将軍/坂上田

村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が平定に向かい…平泉が栄えた頃(/奥州・藤原氏3代とは・・・藤

原清衡(きよひら)、基衡(もとひら)、秀衡(ひでひら)で・・・4代泰衡(やすひら)の時・・・平家が滅んだあとのゴタゴタ

で逃亡してきていた義経を裏切る形で、鎌倉の頼朝に滅ぼされます。頼朝が攻め込む直前、西行法師が平泉を訪れて

います。頼朝は、奥州平泉を平定した後、鎌倉幕府を開いています。)です。


 


 




 3月 4日




 


 


 

岡田健吉‏@zu5kokd1 凡河内躬恒      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(239)

この歌は…

白雲が私の肩に下りているのは、天から吹き下ろして来る風であろう。白絹は雲…あ

りがたき思し召しは天つ風…躬恒の即妙(そくみょう)の歌です。

躬恒はまさに呼吸するように、歌が口から流れ出すような歌人だった様です。歌の姿

も、一種の風格がありますね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 凡河内躬恒      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(238)

この歌は…“射る”と“入る”をかけた洒落(しゃれ)で、醍醐天皇は大いに賞(め)でられま

した。

『大鏡』(おおかがみ/平安時代後期の歴史物語。作者未詳。)によれば、躬恒は褒美(ほうび)に白絹

の衣を賜ります。そして、それを肩に掛け(/慣例として禄(ろく/お祝儀)を賜る時は、肩に掛ける。)、

再び即興で詠みます…


★ 白雲の このかたにしも おりゐ
(い)るは あまつ風こそ 吹きてきぬらし


岡田健吉‏@zu5kokd1 凡河内躬恒      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(237)

躬恒(みつね)は…即興(そっきょう/その場の感興を、即座に詩歌や音楽などに作ること。)歌人としても

名を残しています。

ある時、醍醐天皇から下問(かもん/自分より身分・年齢の低い者に対して物事を尋ねること。)があり

ました。

「月の異名を、弓張(ゆみはり)というのは、如何なるゆえか?」

躬恒はすぐさま、歌でお答えしました。


★ 照る月を 弓張
としも いふことは 山の端(は)さして いればなりけり



 



 



 






 3月 3日






 



 



 

岡田健吉‏@zu5kokd1              

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(16)                                                   


「さあ、そこで…」茜が言った。「ハルマゲドン やノストラダムスの大予言 を、どう解

釈するかです…

<人間原理・・・ホモサピエンスの共同意識体で形成される・・・“今”・・・の波束

の収束(/量子力学のコペンハーゲン解釈)>

…において<今>は、過去・未来へも浸潤(しんじゅん/水がしみ込むように・・・思想・勢力・雰囲気

などが広がっていくこと。/ガン細胞が、まわりに広がっていくこと。)しています。

つまり…根拠の影は、ありますわ…」

岡田健吉‏@zu5kokd1              

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(15)
                                                    

「その上で、」茜が言った。「その時…何があるのか…

ボス/岡田に言わせれば…

<人間原理の世界軸・・・ストーリー性の・・・原型への回帰の力・・・>

…つまり回帰の方向へ、文明史の強いバイアス(/かたより)がかかっている、という事

ですわ。だから、予知というものが可能なのです…」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1              

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(14)
                                                    

「でもさあ…」マチコが、茜の方を見た。「ハルマゲドン は、本当に来るのかしら?」

「『聖書』の信憑性(しんぴょうせい/信用してよい度合い)の問題ですわ、」茜が言った。「同一

の神を…ユダヤ教とキリスト教とイスラム教が、別々に解釈しています。仏教徒が口

を挟む余地はありません」

「うん、」マチコが、うなづいた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1                

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(13)
                                                    

「うーん…」マチコが首を傾げた。「『聖書』にあるハルマゲドン は、本当に起るのかし

ら?」

「オバマ大統領は…」大川が言った。「『聖書』に手を置いて宣誓(/アメリカ大統領就任時の

宣誓)しています。仏教徒の我々とは違い、本当に恐れていますな。米軍はあの地域

から、足を抜きたいのが本音でしょう」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1              

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(12)
                                                    

「微妙ですねえ…」青木が、眼鏡に手を当てた。「どっちも、簡単に倒せそうで…根は

深い所にあります」

「でもさあ…」マチコが言った。「根はどっちも…ハルマゲドン に続いているわけよね

え?」

「まあ、そうです」青木が言った。「安倍総理の原発再稼動へのこだわりも、核武装が

本音でしょう。そうでないと、説明がつきませんねえ」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1                

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(11)
                                                    

「バグダーディー(/IS・イスラム国の指導者。カリフを自称。)さんと、」マチコが言った。「安倍総

理が似かよって見えるのは…それが王道(/徳による統治)ではなく、覇道(はどう/武力や権

謀をもっての支配・統治)だからよね?」

「うーむ…」大川が言った。「その通りですなあ、」

「モスル(イラク第2の都市。イスラム国が、モスルを制圧してから半年が経つ。ここで強固な支配を確立し、拠点

を築いたことで、一気に勢力を拡大させた。イスラム国の牙城。 )ヘ本格的な攻撃が始まるけど、安倍

政権が倒れるのと…どっちが早いかしら?」









 





 





 3月 2日






 




 




 




 



 

岡田健吉‏@zu5kokd1 凡河内躬恒      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(236)

でも、躬恒は…紀貫之らと共に 『古今集』 の撰者です。身分は低かったのですが、実

力者です。

だから、と言うのではありませんが…

私は、この白菊の歌の…軽さ・浅さ・透明さが、むしろ好きですわ。そこへいくと、家持

のかささぎの歌は、何とも意味不明ですよね。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1          
                                                         わらじの緒を結ぶ正岡子規・・・明治25年/箱根の旅>  <詳しくはこちらへ>

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(235)

躬恒の歌は…些細(ささい)なことを大げさに詠んだもので無意味であり…虚構なら家

持のように、大ウソをつくのが面白い…と言います。

ホホ…そう言っている、子規のヤンチャ魂は好きですね。子規は明治維新のど真中

の頃の俳人で、『歌よみに与うる書』 は力作です。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1                      
                                                            正岡子規・・・詰襟ですから、帝国大学(東京大学)国文科の頃でしょうか。

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(234)

俳人・歌人・国語学研究家である正岡子規(まさおかしき/明治時代を代表する文学者の1人。死を

迎えるまでの約7年間は結核を患った。享年34歳。<・・・詳しくはこちらへどうぞ>)は…

この躬恒(みつね)の歌を、<1文半文のねうちもこれなき駄歌(だか)に御座候(ござそう

ろう)>とけなしています。でも、【6番→ 中納言家持】の…


★ かささぎの わたせる橋に おく霜の しろきを見れば 夜ぞふけにける


…の歌は誉(ほ)めています。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 凡河内躬恒      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(233)

うーん…

こうした単純で子供のような機知(きち/ウイット。その場その場に応じて活発に働く才知。頓智(とん

ち))は…裏返せば人生の深みが香ります。こうした繊細な驚きの中に、王朝時代の

風雅の心があったのでしょうか。

現代人のいる….物欲・欲望・薄っぺらな大量消費のパラダイムでは…時空間その

ものが異質の響きです。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 凡河内躬恒      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(232)

「この歌は…

『古今集 - 巻5/秋歌下』 に<白菊の花をよめる>として載っています。同様の趣

向で、躬恒(みつね)の春の歌もあります…


★ 月夜には それとも見えず 梅の花 香をたづねてぞ 知るべかりける



白々とした月光のもと、白い梅の花がよく見えないと言いいます。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 凡河内躬恒      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(231)

【29番→ 凡河内躬恒】(おおしこうちのみつね/平安時代前期の歌人・官人。三十六歌仙の1人。『古今

                     集』を撰集した1人。官位は六位で、和泉大掾。和泉国(いずみのくに)は、かつ

                     て日本の地方行政区分だった令制国の一つ。畿内に属する。掾(じょう)は、国司

                     の三等官で、中央政府における“判官”に相当する。大国と呼ばれる最上級の令

                     制国には特に大掾・少掾が設置された) 


★ 心あてに 折らばや折らむ はつ霜の 置きまどはせる 白菊の花



< 初霜で真っ白になってしまった…

          白菊の花が、分からないじゃあないか…

                   あて推量で、折るなら折れるかも知れないが…

                           一面、白い中の白菊だからなあ… >


 




 




 





 3月 1日







 





 




 




 

岡田健吉‏@zu5kokd1                

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(11)
                                                    

「ともかくさあ…」マチコが、頭を深く傾げた。「イスラム国/IS のバグダーディー(/イス

ラム国指導者、カリフを自称。)さんは、勝手な事を言ってるけどさあ…

安倍さんも、<国民に・・・丁寧な説明をしないで>…どんどん勝手な事をやってる

わよね!」

「そうだよな…」ポン助が、コクリとうなづいた。

 

岡田健吉‏@zu5kokd1                

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(10)
                                                    

「そのハルマゲドン が…」マチコが言った。「イスラム国/IS と関係して来るわけか

あ…」

「もし…」軍事担当の大川が、口を開いた。「シリアのアサド政権が、落ちるような事

があれば…イスラエル北部に位置するゴラン高原で、イスラエルとイスラム国が対

峙する事になるねえ、」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1           

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(9)


「うーむ…」青木が、うなった。「ヨハネの『黙示録』(もくしろく/『新約聖書』の最後の1書)にあ

るハルマゲドン/最終戦争の地は、シリアのゴラン高原(/ガリラヤ湖に接した・・・スラエル、

レバノン、ヨルダン、シリアの国境が接する高原。以前はシリア高原と呼称。メギドの丘はイスラエルにある丘。)で

…<谷を死人で埋め尽くす>と言われていますねえ…」

「ゴラン高原には…」茜が言った。「1996年~2013年まで、自衛隊がPKO(/国連平

和維持活動)で派遣(/国際連合兵力引き離し監視軍(UNDOF)への派遣)されていますわ…」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1              

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(8)
                                                    

「グローバル世界 が…」茜が言った。「“経済原理で・・・破滅的に暴走”している

のと…“安倍政権が・・・国家国民を考えない官僚の・・・言いなりで暴走” してい

るのとも…酷似 していますわ!」

「うーん…そうよね!」マチコが、うなづいた。「全てが、ハルマゲドン(/メギドの丘の意

のヘブライ語に由来するギリシア語で・・・終末的な戦争が行われる場所・・・ヨハネの『黙示録 - 16章の16』。転じ

て、世界の命運を決する最終戦争。)に向うのかしら?」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1            

《 マチコ  →  in  永田町 》・・・(7)
                                                    


「ねえ、ポンちゃん」マチコが言った。

「おう、」

「何となく、何処かがユルんでいて…イスラム国/IS が出来てしまったわよね?」

「ああ…」

「コレってさあ…何となく、日本で安倍政権が出来てしまったのと、酷似(こくじ)してい

ないかしら?」

「そうだよな、」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 源宗于朝臣      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(230)

うーん…

つまり…そんな事を言っていられる、身分・人格だったわけですね…

在原業平もそうですが…“どちらも”とは…なかなか行かない様です。その分、色々な

女に恋歌を贈ったり、贈られたりして…

そして…年齢を経て足元を見た時…この歌の風景に重なる様な現実が… 」

 

岡田健吉‏@zu5kokd1 源宗于朝臣      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(229)

それが…


★ 沖つ風 ふけゐ(い)の浦に 立つ浪の なごりにさへや われはしずまむ



< 吹井
(ふけい)の浦に、沖から風が吹いて、波が立ちます…

     波は岸を洗いますが、私は岸へ寄る事もなく、沈んだままでございます…

          このまま浮き上がるということは、ないのでございましょうか… >


岡田健吉‏@zu5kokd1 源宗于朝臣      

《 響子の・・・ 小倉百人一首 》・・・(228)

ええ、源宗于(みなもとのむねゆき)は…

第58代/光孝天皇の皇子/是忠親王(これただしんのう)の子で、臣籍降下で源姓とな

っています。『大和物語』では、かなり活躍しているそうです。

宗于は…地方官を経て右京大夫(右京職(うきょうしき)の長官。正五位上相当。)になっています。

官位が進まないので、宇多天皇にそれとなく歌を奉(たてまつ)っています…