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2015.6.19mf更新

朝の電車内でのけんかから発生した刑事、民事事件

車内のけんか

大学2年生のA(20歳)君は、平成9年1月27日、大学へ行くため、京浜東北線の浦和駅で乗車しました。車内を見ると、狭いが座席が一つ空いていたので、体をねじ込むようにして座りました。座席は狭いので、背もたれには背を付けずに座っていました。
試験期間中で疲れていたので、目をつむり、眠ろうとしました。電車が揺れると、隣の若い男性と体がぶつかります。初めは自然に体が当たると思っていたのですが、隣の男性(B)が、わざと、肘でAの体を突いているのがわかりました。最初はAは我慢していました。
Bが執拗に突いてくるので、Aは、Bを睨み、「お前何をしているんだ。なぜ押すんだ」と言いました。Bは、「お前だろ」と言い返しました。Aは怒って、Bの髪の毛を掴み、引っ張り自分の肩のところへ持ってきて、左手で頭を押さえました。BもAの髪の毛を引っ張りました。すぐ、お互いに髪の毛を離しました。すると、Bは手のひらをAの胸に当て、「ガキ。ふざけんなよ。おい、何をびびってんだ。心臓がぱくぱくしてんぞ」と言いました。Aは、Bの髪の毛を掴み頭突きを2回当てました。
Aは、これで終わったと思って、目をつむり寝ようとしたところ、隣のBは、「傷害事件発生」と言って、携帯電話で110番しました。
二人とも次の駅で下車し、待っていた警察官とともに警察に行きました。Bは、「首が痛い」と警察官に訴え、病院に行きました。取調べの刑事は「お前逃げりゃ良かったんだ」と言って、Aに同情的でした。警察は、Aを傷害で、B(28歳)を暴行で検察庁に書類送検しました。

刑事:罰金

Bは、その後、頚椎捻挫で病院に40日間通ったとの診断書を警察に出しました。
同年4月、Aは検察庁に呼ばれました。担当の若い女性検事はAを取調べ、その際、示談をするよう勧めました。検事から、 「示談ができれば処分(罰金は)はない(不起訴)」と言われました。
Aが、弁護士と相談すると、弁護士から「この程度なら治療費と慰謝料で30万円位が適当」と言われました。
Aは弁護士と共に60万円を用意して、Bが依頼した弁護士の事務所に行き、話し合いをしました。
Bの弁護士の話によると、「Bは、母親が経営するエステサロンで働いていて月200万円以上の収入がある」とのことでした。従って、Bの弁護士は、休んだ休業補償として200万円以上を要求したのです。交渉は平行線でした。Bの代理人の法律事務所で、Bの代理人と1時間以上話をしましたが、60万円では、別室で待っていたBの承諾は得られず、示談は成立しませんでした。
検事は、「示談が成立しなければ、15万円程度の罰金にする」と説明していました。罰金でも、前科ですし、Aはできれば、示談で解決することを望んでいました。Bの要求が大きいので、親に迷惑がかかると心配し、Aは大学を辞め、働こうかと考えるようになりました。
Aの弁護士は、過失相殺により賠償額を減額できるから、できるだけ退学しないで努力するようAに勧めました。Aの弁護士が電話で、検事に対し、Bの要求が過大なので、示談が無理なことを説明しました。
検事は、同年5月22日、Aを呼び出しました。Aは加療約30日間を要する傷害罪により、略式命令で罰金10万円に処せられました。検事もAに同情的で、罰金額も通常の基準より低かったようです。検事は、被害者Bに相当落ち度があるだけでなく、被害者が悪質と見ていました。
その後、何ごともなく、半年過ぎました。

民事:裁判

翌年1月23日、突然、裁判所から訴状が書留郵便で送られてきました。同年1月9日、BはAに対し訴えを提起していたのです。Bの請求は、治療費、通院費用7万円、休業損害523万円、弁護士費用50万円、慰謝料100万円の合計約680万円損害賠償請求でした。
Bは母親が社長をしているエステの会社の役員で、給料だけでも年額2600万円あり、怪我のために30日間休んだので、その休業補償が大きな金額でした。
裁判では、Aの弁護士は、Bの損害を否認し、過失相殺(民法722条2項)を主張しました。Bは、30日間会社を休んだとの会社発行の証明書と前年度分(事件のあった年の前年度)の所得税の申告書を証拠として提出しました。母親の会社ですので、証明書などどうにでも作れるのです。Bは、その年度分(事件のあった年)の申告書を提出しませんでした。
仮に、Aに損害賠償責任があっても、このけんかは、Bに挑発した責任があります。それが過失相殺の主張でした。民法722条2項は「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」となっています。損害があっても、その内4割程度は、相殺すべきでしょう。Aの弁護士は「Bの責任は5割以上」と主張しましたが、裁判官は、Bの責任は、やはり、Aの責任より小さいと考えているようでした。

裁判:尋問

同年10月23日、原告、被告の尋問が行われました。Aの弁護士は、Bに対し、「咋年の所得は前年に比べて減りましたか」と尋ねると、Bは、一瞬、黙っていましたが、最後に、「エステの店が増えたので、所得は増加しました」と答えました。
日本の民事裁判では嘘が横行していますが、この若い青年は嘘を言えなかったのです。怪我のため1月休んだのであれば、咋年度分のBの所得は減っているはずです。同族会社ですので、Bはその程度の細工はできたはずでしたが、していませんでした。Bの休業損害の証明は不十分です。これはBにとって致命的でした。
このような場合、裁判を予想し、1か月休業したような低い金額で所得税の申告をすることはよく行われます。Bも、Bの代理人も若い純真な青年でした。日本の社会では、裏でづるく立ち回るやり方が横行していますが、Aにとって幸いなことは、相手には、そのようなことはありませんでした。予想に反し、相手は普通の若者でした。裁判が進行するにつけ、これがわかりました。

和解

その後、裁判所において3回ほど和解が試みられました。和解の席で、Aの弁護士は、「Bの所得が減ってはいない。従って、Bには休業についての損害はない。損害があっても、それは慰謝料程度だ」と主張しました。
Bにとって致命的に不利なことは咋年度分の所得が、前年度分より増加していることです。これでは、「傷害のために収入が減少した」との証明はできていないことになります。Aの弁護士は、この点を強く主張しました。
裁判官は、当初は100万円以上の和解金を考えていたようでした。裁判官は、Aに対して、そのように言いました。その後、裁判官は、Bに対しては、「当初の請求額を維持するなら、さらに、詳細な立証が必要である」と言っていました。A側が立ち会わない席では、裁判官は、「休業損害の証明がない」と言っていると、想像できました。
裁判官がよく使う手です。当事者双方にその不利な点を指摘し、双方を「自分に不利な判決が出るのでは」と不安にさせ、和解に持ち込むのです。
翌年1月18日、「AはBに対して和解金として月額3万円宛、合計60万円を支払う」との和解が成立しました。当初の請求額の10分の1でした。この事件はAにとって有利に終わりました。Aは、これまで「けんかでは負けたことがない」と自負していましたが、この裁判は、結構高い授業料ではありました。

コメント

通勤電車内の乗客には、余裕のない人がいます。(中年の)チンピラもいます。このような場合、目撃者を用意できない限り相手にしない、手を出さない方が賢いトラブル防止方法です。裁判では、人間が判断するのですから、正確な事実認定は期待できません。 正当防衛も殆ど認められません。相手に被害を与えた方が、民事、刑事の法的責任を問われでしょう。
満員電車も改善すべきです。解決策は、国が、今までの開発第一主義(金儲け主義)を止め、「職住接近」政策を実施することでしょう。これは、環境破壊防止に役立ち、国民経済的にもプラスになるでしょう。

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