2.弁理士の具体的業務は?

 まず、今回も違った話から始めます。最近、知的財産権(知的所有権とも言われます)なる言葉が各マスコミを賑わせています。この言葉は無体財産権とも言われます。知的財産権は大別すると工業所有権と著作権とに分けられ、弁理士はこの工業所有権を主たる職域としています。
 工業所有権という言葉は聞き慣れない言葉ですが、わが国の工業所有権法は

  ・特許法
  ・実用新案法
  ・意匠法
  ・商標法

およびその関連法(例えば、ペーパーレス出願=通信回線を使った出願のための特例法など)から成り立っています。特許法および実用新案法は、皆さんご存知の通りいわゆる「発明」を保護するための法律であり、意匠法はいわゆる「デザイン」を保護する法律、商標法は言わずと知れた「トレードマーク」のための法律です。これら法律は、各種発明、意匠、商標を保護するために独占排他性(平たく言えば、誰にも邪魔されずに自分だけで製造、使用できるということ)を有する権利を付与するのですが、この権利付与のためには発明者などからの意思表示である出願という行為を要求しています(この辺、難しい話で失礼します。すぐにくだけた話になりますので……)。弁理士の主たる業務は、この特許庁への出願書類を発明者などに代って作成することです。
 各法律において出願に必要な書類は異なりますので、主たるものを法律毎に列挙します。

  ・特許、実用新案法……願書、明細書、図面(必要に応じて)
  ・意匠法……願書、図面(これは必須)
  ・商標法……願書、商標を印刷した紙(俗に商標見本という、願書に印刷可)

 願書とは出願人の氏名、発明者の氏名等を表示した表紙のようなものです。一見したところ単なる書誌的事項が書き連ねられた紙にしか見えませんが、商標法における願書は(実は)ノウハウの塊であり、たかが願書と思ってはいけません。商標出願を専門にしている弁理士も数多くおり、これらの弁理士は願書(および商標見本)の記載事項に関する自らのノウハウで飯を食っているのです。
 明細書とは、発明の内容をその目的、構成、効果に区分して説明した文章であり、エンジニアの方であれば一度は目にされたことがあると思います。明細書は、発明者から提案された技術と法律上の権利とを結ぶ架け橋のようなものであり、自らの技術的知識と法律的知識(そして、できれば文章作成能力)を駆使した、いわば弁理士の腕の見せどころといった感じのする書類です。そして、商標、意匠専門の弁理士以外の弁理士のほとんどは明細書作成業務に携わっています。自分も弁理士になってから企業に入るまでの5年間はひたすら明細書作成業務をしていました。よくいわれることは、「明細書に始まって明細書に終わる」ということであり、明細書作成は特許、実用新案登録出願業務に従事している弁理士にとって基本でありかつ究極の達成目標であるのです。
 但し、明細書作成能力はある種の特殊技能のようなものであり、実務経験により徐々に会得すべきものですので、文書作成能力がないからといって最初からしりごみする必要はありません。自分の身の回りの弁理士を見ていても、高校時代に国語の成績が抜群であった、という人物はほとんどいません。美文を書くことよりも、技術的に平易にかつ正確に書くことが明細書作成の上で一番重要であり、これは学校で鍛練されるべき文書作成能力とは違ったレベルのものです。作文の授業は苦手であったが、弁理士としては一流である、という人も大勢いますので、安心してください。
 図面は、特に意匠登録出願においてはそのデザインを特定するために非常に重要視されるものです。
 最後に、商標見本もノウハウの塊のようなものであり、簡単に印刷されているように見えてその裏に隠れた努力は並大抵のものではありません。考えようによっては、出願人の名前などの書誌的な事項を記載した願書と使用している商標見本とを単に提出するだけであれば、わざわざ出願人から金銭的報酬をいただいて代理して出願する価値は余りないはずであり、出願人自ら出願する場合に加えて+αがあるからこそ出願を依頼されているのではないか……少しうぬぼれかな。

 長々と書いていますが、あと少しだけ補足します。
 特許庁は、出願された案件についてすべて権利を付与しているのではなく、法律に定められた拒絶理由に基づいて一定の出願について特許できない(この辺、法律用語としてあえて正確でない用語を使っています。ご了承のほどを)と通知してきます。出願人側は、これを不服として特許庁に意見を述べる機会が与えられ、この意見を勘案した結果、特許庁が自分の決定を翻して権利付与の決定をする事もあります。この、意見を述べるという行為(意見書、補正書を作成して特許庁に提出する行為)も非常に専門的かつテクニックを要するものですので、われわれ弁理士の腕のふるいどころとなっています。
 さらに、行政事件訴訟法に基づいて特許庁のなした行政処分(特許できないであるとか)に対する訴訟を行うことがあり、弁理士はこの行政訴訟の訴訟代理人になることもできます。つまり、機会さえあれば東京高裁(おまけで最高裁)の代理人席に立つこともできるのです。心情的にはここを強調したい(弁護士以外に委任による訴訟代理人になれるのは弁理士だけ)のですが、実は、訴訟代理人席に立てる機会はそうあるものではありませんので、「できる」という表現で終わっておきます。
 加えて、近年の工業所有権の国際化はめざましいものがあり、外国企業が日本特許庁に出願する場合も、日本企業が外国特許庁に出願する場合も、弁理士は外国の代理人や企業と緊密な連絡をとりながら権利取得の各種手続きをしています。当然の如く、これら各種手続きは外国語(ほとんど英語)によらざるを得ず、事務所にもよりますが、国際電話、国際FAXは日常茶飯事という弁理士先生は数多くいます。レターのやりとり、英文明細書のチェック、外国特許庁からのアクションの検討など、外国語の知識があればあるほど進出できる世界は広がります。私の知っている先輩弁理士の方が弁理士を志望した動機として、自分の語学力と技術力を生かせる職業として弁理士はうってつけだから、というものがありました。私も同感です。

 弁理士の業務は、限られた紙面では決して説明しきれないくらい多岐に亙っています。1人の弁理士が全ての業務をこなすことはとてもできません。個別具体的な問題は、ご質問に答える形でこなしてゆきたいと思います。

(追補)工業所有権法には、たとえばノウハウやトレード・シークレットを保護するための不正競争防止法も含まれます。近年、不正競争防止法による保護も盛んになっていますが、弁理士の職域ではないのでここでは割愛します。


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