ちょっと気になる中世
ー中世の屈辱はヤラセでアヤシイー

(第七話)中世の屈辱はヤラセでアヤシイ


 中世を勉強すると必ず通る「カノッサの屈辱」事件。

 
これは1077年、教皇グレゴリウス7世に破門を言い渡された神聖ローマ皇帝(早い話がドイツ王)、ハインリヒ4世が、雪の中、裸足で教皇に破門を解くようにと懇願したという事件です。
聖界の頂点である教皇と、俗界の王である神聖ローマ皇帝の熾烈な闘いは、後者の屈辱的な敗北により、教皇が聖俗に君臨する絶頂期を迎えたと言われております。
それがどの程度「屈辱」的だったのでしょうか。
敗者にインタビューするのもなんですから教皇様にちょっと聞いてみましょう。

吉田「あのー、教皇様、ちょっとお聞きしますが。事件の当日、ハインリヒさんはどんな様子でしたでしょう?」
教皇「ふっ、若僧が。情けないことに女房や子どもまで連れて来おって、これみよがしに雪の中でハンストなんぞしてからに」
吉田「えっ? 奥さんやお子さんも一緒だったんですか!」
教皇「そうだとも! わしは断じて破門は解かぬつもりだった。しかし妻子を盾にとってだな、雪の中裸足でめそめそ泣きながら赦しを乞う姿をまわりの者が見ておったのだ」
吉田「カノッサ在住のご近所さん、野次馬さんたちですね」
教皇「それとやつの親族だな。……みな破門を解かねば冷酷無比と言わんばかりに、雑魚どもがやつに同情し始めたというわけだ。わしは、虫けらのような者を相手にムキになるのも大人げないから赦してやったのだ。いきがって生意気ほざいたが、しょせん、腰抜けの若僧だ。今頃は悔しさのあまり身も心もボロボロになってのたうちまわっておろう。わっはっはっは」
吉田「教皇様、宿敵をぎゃふんと言わせて絶好調のようです。おや? ……あそこで鼻歌を歌いながらスキップしているのは……?」
ハインリヒ「らんらんらん、教皇なんかクソくらえー、破門なんか屁のかっぱだいっ♪」
吉田「あのー、もしもし? ハインリヒさんですか」
ハインリヒ「あんた誰」
吉田「名乗るほどの者じゃございません。ところで少しお話をうかがってもよろしいでしょうか?」
ハインリヒ「だめだめ、ノーコメント。最近ストーカーにつきまとわれちゃってさ。おれ、美しいからしょーがないけどさ」
吉田「あわわ、私はそういう怪しい者ではありません。中世フェチ作家兼リポーター吉田と申す者です」
ハインリヒ「十分怪しいじゃないのよ」
吉田「そ、そうですか。まあそうおっしゃらず一言だけコメントお願いしますよ〜」
ハインリヒ「ちっ、しょーがねえなあ、全国のファンのみんな、元気かーい?」
吉田「(独り言)どうしたんだろ、みょーに明るい……」
ハインリヒ「何ぶつぶつ言ってんの」
吉田「い、いやあのー、心中お察しします。おいたわしいことでしたね」
ハインリヒ「何が」
吉田「ですからね、カノッサの屈辱……」
ハインリヒ「ちっちっち、わかってねーなあ。あれはおれの作戦通りなの!」
吉田「は? 作戦、といいますと?」
ハインリヒ「だってさ破門さえ解けりゃこっちのもんだしー。破門なんて怖くも何ともねえけどよ、シュヴァーベン大公のルドルフとかバイエルンのヴェルフのやつらが、破門を口実におれを皇帝の座から引きずり落とそうとしやがったんだ。あのクソ野郎め! ところがおれの芝居が効果抜群で、じーさまもおれの要求をのまないわけにはいかなかったのさ」
吉田「へ、へええ……あれはお芝居だったんですか」
ハインリヒ「そ、ヤラセっていうやつさ。教皇のじーさま、思いがけず破門を解くことになってきまり悪かったみたい。あとでルドルフあてにくどくど言い訳の手紙を書いたって話だぜ、痛快だ全く!」
吉田「いやー、これは驚きました。(独り言)こいつはすげーすっぱ抜きだぜ。しかし本当とも思えん……ハインリヒさん、お写真を1枚撮らせてもらえますか」
ハインリヒ「あっ、左斜め45度から撮ってよ。おれ、かなりイケてるだろ? 雪ん中立ってて凍りそうでもさ、あのしわしわじじいよりはおれのほうがよっぽどかっこよくてみんなうっとりだったぜ。おれ、まだ花の21才。絶対仕返ししてやるぜ」
吉田「そーなんですか、はい、チーズ。どうもありがとうございました。あ、これ名刺をお渡ししておきますので、また何かあったらよろしくお願いしますね〜」
ハインリヒ「なんじゃこれ」
吉田「まあまあ、とっておいてくださいよ。それじゃ!」

 それから8年後の初夏、吉田はハインリヒから一枚のFAXを受け取った。
「じーさまをサレルノに追放してやったら、そこでそいつ死んじゃってさー。
予告した通り、おれが勝ったぜ。写真も添えとく、あん時よりさらに磨きのかかったいい男になっただろ? 3段ブチ抜きで派手に書いてくれよな、じゃーな」
 吉田はにやりと笑った。
「本当にやっちまったのかあ……」
 左斜め45度に構えて不敵に笑うハインリヒの近影がちょっぴりまぶしかった。

                           

                              (1999.7.26)