ちょっと気になる中世
ー中世の戴冠はお茶目でアヤシイー

(第八話)中世の戴冠はお茶目でアヤシイ

 クリスマスエッセイ
例によって「中世フェチ作家兼レポーター吉田」が
1200年前のローマでクリスマスを過ごしたお話。

  西暦800年に、カール大帝の戴冠をした教皇レオ3世。カール大帝ほどに有名ではないが、これがなかなかの大物! 早速、自称「中世フェチ作家兼レポーター」吉田が戴冠の式典へと出かけて見ましたよ。もしかしたらどさくさに紛れて、お祝いのごちそうにあずかれるかも知れない。

「ええと場所は……ローマのサン・ピエトロ聖堂で、間違いないよな。今も昔も教皇庁だよ。……おや? おかしいなあ、何だか静かだぞ?」
 吉田はこっそりと聖堂の中をのぞいた。時は西暦800年、クリスマスの日。
 しかし、おかしい。カール大帝らしい髭のおっさんが、祭壇の前でひざまづいて祈っているだけで、誰もいない。こんな地味な戴冠式がいまだかつてあっただろうか。いや、ない。
「これは、日を間違えたようだ。出直そうかな」
 吉田、ちょっとがっかりだ。家事やら執筆やらで忙しい間をぬってやって来たのに、とぶつぶつ言いながら、帰ろうとした。しかし、聖堂に来てさい銭のひとつも置いて、いや、祈りのひとつも捧げていかないのはマズイだろうと思い直す。
──その時だ。
 祭壇の向こう、聖具室のあたりから、一人の老人が現れたではないか。
 山高い帽子をかぶり、絢爛豪華な衣装をまとっているそのじいさんは、打ち掛けみたいな衣の下に何やら隠し持っている。あやしい。
 吉田が、これはテロの一種かも、と思ってあせあせしていると、ひざまずいて祈っているカール大帝(らしきおっさん)を迂回してその後ろに立った。
──あっ、卑怯者め! 後ろからバールのようなモノで殴るつもりだな?
 吉田はとっさにそう思った(だけで何もしなかった)。
 カールがこの年に殴られて死んだ、とかそういう噂は聞いていないので、なんとかなるだろう。間違って吉田が下手に手を出して、歴史を変えることになってはマズイ。(そんな大物なのか、吉田よ←自分でツッコむ)
 大帝は、人の気配に目を開けて、顔を上げた。腰にはでかいハンマーがぶら下がっている。これはおじいさんの形見ではないだろうか。カール大帝のおじいさん、カール・マルテル(鉄槌のカールの意)は、噂によると、広大なフランク王国をゲットするために、このハンマーでかなり卑怯な手を使って殺戮をやったらしい。和解しましょう、とかなんとか甘い言葉で敵をその気にさせ、貢ぎ物の宝箱をのぞき込ませて後ろから殴る、とか……。そんなことは今はいいのだが。
 すると、老人はごそごそと打ち掛けのような法服をめくって、金色に光る物を取り出し、髭男の頭上にのせたのだ!
「あっ、何? これ?」と髭男は叫んだ。
「カールくん、メリークリスマス!」と、老人はにっこり笑った。
 髭男はやはりカール大帝だったのだ。その頭上に輝くは王冠だ。
 おそるおそる手をやり、自分の頭の上にある物を手探りで確認すると、髭のカールの頬は真っ赤になった。
「わしのプレゼントだよ、どうかな、気に入ってもらえるかな?」
「レオちゃん……」
 カールは初(うぶ)な娘のように震えていた。
──なんだなんだ、これはまるで、「目を閉じて手を出してごらん」とか言って彼女の左薬指に婚約指輪をはめてプロポーズ、みたいなノリではないか。それで女の子は嬉しさと驚きのあまりうるうると涙ぐんでうなずくのであった……みたいな。
 うぬう、教皇レオ3世、なかなか茶目っ気があるな。
 しかし、カール大帝の反応はちょっと違う。
「レオちゃんってば、ずるい!」
「えっ」
 喜んでくれると思ったのに、と考えたかどうかは知らないが、レオ3世はまあまあ、とカール大帝をなだめて、くるりとこちらを振り返って手を振った。
 やばい、見つかったか?
 と、吉田がドキドキしていると、後ろの扉(聖堂の正面扉なのだが)が開き、わああーっという歓声と共にたくさんの人がなだれ込んできた。いったいどこに潜んでいたのだ?
「インペラトール、ばんざーい!」などと口々に叫んでいる。
 インペラトール、とは皇帝のことだ。やはりこれが皇帝戴冠に違いない。
 カール大帝はもともとフランク王国の王様だったのだが、皇帝というと、その周辺の国々を含むキリスト教圏全体の王となるのだ。破格の大出世、さぞや嬉しかろう、カール。しかし彼は拗ねたような顔をしている。
「ボク、聞いてないもん」
 カールの抗議も観衆の声にかき消された。
──ボク、聞いてないもん……か。どうやらこれはレオ3世が勝手にしくんだことらしい。
 そのレオ3世、しぶるカールを懸命になだめる様子。
「だって、東ローマの皇帝が、いじめるから。カールくんに助けてほしいんだよう」
 レオ3世がこそこそと耳打ちする。なぜ歓声の中でそれが聞こえるんだよ、とつっこまないでほしい。中世フェチの根性と執念の賜物なのだ。カールはフランク王国(西ローマ側)をほぼ制覇していたのだが、東ローマ(ビザンツ)側の権勢が強く、聖界においても西のレオ3世は劣性だったのだ。
「いじめるって言うけど、レオちゃんも悪いんだよ。ズルしてばっかりだから」
 レオ3世は身内の者ばかりを優遇して高い位につけていたので、反対派に命を狙われていたのだが、その反対派が東ローマ側だ。
 カールの不機嫌はまだなおらない。彼は口をとがらせてさらに言った。
「イレーネさんが怒るよ? 勝手にこんなことして……!」
──イレーネ? 誰だっけ……。
 突然出てきた名前に、吉田はふと首をひねる。聞いたような気がする。
 イレーネ……はっ、そういえば某大学の教授が「イレーネという女性が自分の息子をけ落として東ローマの皇帝になったんだけど、女性が皇帝になったのは異例ね(イレーネ)と寒い洒落を飛ばしていたっけ。つい大笑いした吉田はお人好しだ。
「大丈夫だよ、もし文句言ってきたら、カールくんがイレーネと結婚すればいいよ」
 レオ3世は人ごとだと思ってこんな無責任なことを言っている。
「レオちゃんなんか、嫌いだ」
 半泣きになっているカール。今後起こるであろう、嫉妬によるいじめを予期していたのか、逆らえない運命に呆然と観衆を見つめている。哀れ。

 これがカール戴冠の全貌だ。(いてっ、誰だ、石を投げるのは)

 イレーネの報復はどうなったか? この話にはまだ続きがある。
 お茶目でちゃっかり者のレオちゃんは、まだまだがんばるが、どうがんばったかは……4年後のトリップを待とう。家事の合間に吉田がレポートするでありましょう。
それではまた!

                        (1999.12.21 吉田 縁)