今回は、中世の愛についておもしろ悲しく(ン?)語っていきましょ
う。どうかしばしの間、おつきあいを。 いきなりですが、中世ドイツの多くの地方では、荘園領主に「初夜
権」! というオイシイ権限があったと言われています。いったいこ
れは何なのでしょうか?
ちょっとのぞいてみましょう。
村の若い男女の婚儀があいととのい、親類縁者、近所の人々が
集まってどんちゃん騒ぎをしています。ちなみに、婚約期間は最低
四十日となっていたようです。ノアの箱舟で有名なあの洪水の期間
と同じです。そのくらい経ったら、ものごとの正否がはっきりするだろ
うということです。 季節は麦刈りの終わった秋ってとこでしょうか。長い冬がきてから
では、どんちゃんやってられませんから。村の外からも、笛吹きや道
化師がおこぼれに与ろうと来るわ、来るわ。そこへ何やらいかめし
い旦那の登場。極上の葡萄酒を携えた従者を伴っています。こころ
なしか鼻の下を長くしているような。そうです、彼が領主様です。 「無礼講じゃ」とか何とか言ったかどうかわかりませんが、従者に酒
をつぎ回らせてご満悦の表情。花嫁は髪に花かんざしをつけて、恥
ずかしそうにうつむいています。
……ところで初夜権って、何?
「へっへっへ、くるしゅうない、もそっと近う」(領主)
「りょ、領主様、おたわむれを」(花嫁)
「あ、ぼくのハニーに何を!」(花婿)
……なあんて想像したのは誰だ? 実は、初夜権とは、新郎が領主から買い取るという形の、婚姻税
なのです。幸せなんだからいいじゃないか、っていう、どさくさに紛れ
た税金です。いやですねえ。清貧を尊ぶキリスト教では、結婚すら必
要悪と考えられていた時期があって、それで税金の口実としては十
分だったのではないかと思います。 ところ変わって、もっと北のほう、キリスト教の浸透の比較的遅か
ったノルウェーとアイスランドに伝わる神話を見ると、こちらの恋愛
観はちょっと感じが違います。 「女の心を得たければ、きれいごとを口にし、贈り物を惜しむな。娘
の美しさをたたえよ。お世辞を使えばそれだけのことはある」
エッダ・グレティルのサガより 北欧の神オーディンの訓言のひと
つです。オーディンは地方により、ウォーディンとかヴォータンとか呼
ばれ、水曜日(Wednesday)というのも、オーディンの日というのが語
源です。万能の神が、女の心をつかむために贈り物をし、お世辞を
言う……なんて涙ぐましいのでしょう。神話と言っても、伝承という形
で残っていたものが書き記されたのは中世なので、中世の人々の人
生観、世界観が十分に反映されていると考えていいと思います。八
世紀から十三世紀頃成立したというのに、今に通じるものがありま
すねえ。神様だって苦労してるんだ、世の男性がんばれ! そして
女の子よ、甘い言葉に騙されるな。(いったいどっちの味方なん
だ?)て、わけで、中世の愛は熱く楽しいですよお。
(1997.11.22)
参考文献:
ちくま文庫 中世文学集3「エッダ グレティルのサガ」松谷健二訳
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