ちょっと気になる中世
ー中世の裁判は怖くてアヤシイー

(第三話)中世の裁判は怖くてアヤシイ

 「贖罪(しょくざい)四十日」──これは、中世ヨーロッパ独特の罰で、現在の「懲役何カ月」というのに似ています。「贖罪」というのはここでは主に肉・魚・酒類を断ち、パンと水だけで質素に暮らすということです。

 どんな時にこれが適用されるかといいますと、「やむを得ない事情により盗んだ場合」は十日間の贖罪、「戦時中でなく、強盗を目的に人を殺した場合」は一年のうち続けて四十日の贖罪を七年間、意外に重いのは、「異教めいたまじないや占いを信じてそれを行った時」──これはその内容によって十日間の贖罪というのもあれば、殺人と同じ罰を科す場合もあります。以上は信者の懺悔への司祭の対応のマニュアル本「贖罪の規定書」にあり、自白だから少し甘いということを割り引いて考えなくてはならないでしょう。

 キリスト教化されていたこの時代、ものの考え方全ての基盤が神の教えだったので、異教や古くから残っている土着信仰(今でいうと迷信のようなものですが)、そういうものに傾倒すると「お縄」になります。

 月の満ち欠けでイベントの月日を決めたり、星の運行に頼ったりするのもだめ、今はやりの「風水」や「星占い」も、中世の人々には異教めいた行動と映ることでしょう。

 こういう事情から、異端審問や魔女狩りがいかに厳しかったかを想像できます。

 ちなみに、中世では「四十日」という刑期がよく出てきますが、旧約聖書の「ノアの箱舟」で有名な洪水が四十日続いて、世界を浄化したことからきています。

 裁かれるのは人だけではありませんでした。当時の被告は、豚、牛、犬、猫、ネズミ、モグラ、毛虫、いも虫、バッタ……など多数。裁判費用は領主持ちで、その領収書まで残っているといいますから、実際に動物や昆虫の裁判は少なくなかったようです。

 動物裁判で多いのは、人を危めた動物に対して、後ろ足吊りか、人に負わせたのと同じ怪我を負わせるという判決です。

 さて、昆虫がなぜ裁かれるのでしょうか。それは、農作物を荒らしたという罪です。この場合、不特定多数の被告を相手に裁判が行われるわけです。二週間の召喚期間のうちに現れない(当然ですが)被告に腹を立てて、「破門だ!」と言い渡す司祭を想像すると笑えます。いも虫や毛虫は幼虫で、つまり幼いので出頭は無理だろうと、弁護人がついて申し開きをしてくれることもあります。それで究極の刑罰「破門」を免れて聖水を振りかけるという罰だけですんだという事例もあります。ネズミが出頭しない場合は、道中に天敵の猫が狙っていて危険だから情状酌量。バッタには、別の土地を与えて出ていっていただくという寛大な裁きもありました。

 こういったことを大真面目でやっていたというのですから、当時の人々はよほど裁判が好きだったのではないかと勘ぐりたくもなります。中世の裁判は怖くてアヤシイ……。

<参考文献>
「動物裁判」─西欧中世・正義のコスモス、池上俊一著、講談社新書
「西洋中世の罪と罰」─亡霊の社会史、阿部謹也著、弘文堂
(9月14日)

(本稿は集英社発行 Cobalt 1996年10月号に掲載されたものです。)