執筆裏話
資料探しは大変・・・という話

(第四話)資料探しは大変…という話

  DE RE METALLICA : Georgius Agricola著

 これは16世紀にラテン語で書かれた鉱山・冶金技術の本である。アメリカのフーバー(元)大統領に翻訳された英訳の「デ・レ・メタリカ」なら、(夫が昔入手したものだが)自宅の書棚にあった。夫は金属関係の研究の仕事をしているので。さて、英語は得意ではないがラテン語に比べたら読めないこともないだろう……しかし600ページもある分厚い本を辞書を片手に読むのは気の遠くなる作業だと思ったので、手っ取り早く和訳を探そうとしたのである。

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「デ・レ・メタリカ--全訳とその研究  近世技術の集大成」

 アグリコラ著 三枝博音訳 山崎俊雄編 岩崎学術出版社  1968.3.31発行

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 まず名古屋市の図書館に電話をしてみた。すると、あるにはあったが不明本になっているということだった(あとでそれがどういうことか、じんわりとわかってくるのだが)。そこで東京の出版元に問い合わせたところ、絶版で、在庫もないと言われた。私はおめでたくも出版元に連絡すればすぐに手に入ると思っていたのでさすがにちょっと落胆して、「それではどこで見られるのか」と尋ねると、相手の方は「国会図書館ならありますよ」と言った。あのう……私は名古屋から電話をかけているんだよ。見ることはできても借り出せないではないですか。

 インターネットで調べたところ、東京の古書店にあるにはあったが値段を見て驚く。(¥180.000)……学術書は古書となってもあまり安くならないらしいということは知っていたが、これほど値が上がっているのは初めてみたので素直に驚いた(三十年前に発行された時には定価7000円だった)。ものすごくマニアックな本なのだろうか。確かにラテン語という難解な言語(しかも膨大な量の)を訳す、というだけでも大変な作業だと思うし、内容が専門的なのでさらに難しさが増す。ちなみに私は中世の写本を読みたいばかりにラテン語を習い始めたのだが、「写本を読もう」と簡単に思ってしまった無謀さを知った。まず文字の判読が難しいし。以前ロシア語を習った時にはロシア語は世界でいちばん難しい言語だ、などと思ってしまったが、上には上があるのだ。ラテン語の先生の話によれば、ギリシャ語はラテン語よりさらに完了時称が複雑だそうだ。

 とにかく、探していた本は絶版になっていて版元にも在庫がなくて、古書店でしか(金持ちしか)手に入らない、とわかったのだった。図書館で不明本になっていたのはとても痛い(早く見つかってほしいです)。

 数日後、東京に出張した夫に確かめてもらったが、やはり書名を告げたとたんに古書店の店主に「予算はいかほどか」と問い返されたそうだ。

 このようなわけで三枝博音訳の「デ・レ・メタリカ」の入手はあきらめざるを得なかった。しかし、京都大学の工学部のT先生にお願いして京都大学図書館所蔵ものを貸していただくことができた。現物を見た時、思わず拝んでしまった。この貴重な(いや、価格の問題だけじゃなくて……)本の原稿は、なんと翻訳者三枝博音の遺稿の中にあったという。

 図版に関してはこの和訳版は英訳版より若干不鮮明なのがちょっと残念だ。

 ところでなぜ「デ・レ・メタリカ」が欲しかったか? それは次作の小説の資料に必要だったのだ。コバルト文庫のファンタジー小説に、である(タイトルは明らかにしないでおこう。本当に文庫になったら言ってもいいけど)。中世の冶金技術などについて知った上で書きたい設定だったので。「デ・レ・メタリカ」は近世だがとても参考になった。本当にそれが反映されているのは小説の中のわずか数ページにすぎないけれども。「デ・レ・メタリカ」の復刻版が出ると良いのになあ……と切望しているのは私だけじゃない、と思う。

 実は、私が欲しいなあ、と思った本で高価なものはまだある。ヴァチカン市国の写真集(¥700,000)と、書名はよく覚えていないが、時祷書のタペストリーのファクシミリ版とかいうもの(¥1,200,000)だ。前者についてはまた別の忘れがたいエピソードがあるのだが、それは違う機会に書こうと思う。
                               (1997.12.18)