アントン・ハイセル

 猪木はプロレスだけに止まらず、様々な事業に手を広げている。師である力道山もそうであったし、猪木に大きな影響を与えた祖父もそうであった。その中でも最大の事業がアントン・ハイセルである。
 アントン・ハイセルは1980年に設立された、バイオテクノロジーのベンチャービジネスで、ブラジル政府をも巻き込んだ国際的な大プロジェクトである。
 当時ブラジル政府は、石油の代わりにサトウキビから精製したアルコールをエネルギーとして使用するという計画を進めていた。しかし、弊害としてサトウキビからアルコールを絞り出した後にできるアルコール廃液と絞りかす(バカスという)が公害問題となっていた。
 バカスはそのまま土中に廃棄すると、土質を悪化させて、その土地では農作物が取れなくなり、飼料として家畜に食べさせると下痢を起こすという厄介な副産物であった。
 アントン・ハイセルは、バカスと廃液に酵素菌を加えて発酵させ、家畜飼料として再生することを目的とした。さらに、バカスの再生飼料を食べた家畜の糞を有機肥料として、農業生産の向上と家畜の増産を促し、世界の食料危機問題を解決するという猪木らしい壮大な夢のプロジェクトであった。
 しかし、日本とブラジルの気候の違いから発酵処理に失敗、ブラジルのインフレによるコスト急騰もあり、この計画は莫大な負債を残して挫折する。
 現在はようやく事業化のめどがついたといわれるが、既に猪木の手を離れている。