ショスタコーヴィチ:交響曲第7番『レニングラード』

序章 はじめに

 
           レニングラード包囲75周年

レニングラード解放戦争75周年 花を捧げるプーチン大統領


 2019年1月28日、ドイツ政府は「872日にわたるレニングラード包囲戦の生存者」及び「第二次世界大戦に従軍した旧ソ連軍の退役兵」の支援のために1,200万ユーロ(約15億円)を拠出すると発表しました。75年前のこの日は(実際は27日)、ナチス・ドイツ軍によって包囲されていたレニングラードが解放された記念の日にあたり、現地では解放を祝う軍事パレードや犠牲者を追悼する式典が行われました。その包囲戦では80万人以上が死亡したとされ、現在はサンクトペテルブルクと改名されている同市には、今も約86,000人の生存者が暮らしているとされています。両国の外相は「両国関係の発展の基盤となる両国民の歴史的和解に寄与すると信じている」と述べています。

 まだ戦後は終わっていないということをあらためて思い知らされるニュースであり、振り返ってわが国日本と韓国との慰安婦・徴用工訴訟問題など、それと同列にすることはできないにしても無関心ではいられないことを再認識させられる出来事でした。

 その「レニングラード包囲戦」とは、第二次世界大戦の独ソ戦における戦闘のひとつで、1941年9月8日から1944年1月27日までの872日間、ナチス・ドイツ軍による旧ソヴィエトのレニングラード市の包囲戦のことを指します。レニングラードはバルト海(フィンランド湾)に面した、ロシア西部のネヴァ川河口デルタに位置する都市です。初代ロシア皇帝ピョートル1世が1703年にロシア帝国の首都サンクトペテルブルクとして建設を開始し、自分と同名の聖人ペテロの名にちなんで命名されています。

 1914年、第一次世界大戦が始まるとロシア帝国はドイツ帝国と敵対するに及び、ドイツ風の「ブルク」をロシア風に改めて「ペトログラード」と名付け、さらにロシア革命によってソヴィエト連邦が成立すると最高指導者ウラジーミル・レーニンにちなんで「レニングラード」と改名しました(1924年)。ソヴィエト連邦崩壊後は住民投票によってロシア帝国時代の現在の名称サンクトペテルブルクに再び戻っています(1991年)。

                アレクサンドル・ネフスキー ネヴァ川の戦い
                   ネヴァ川の戦い

 話は逸れますが、ネヴァ川といえば、ロシア建国における重要な戦いと言われる英雄アレクサンドル・ネフスキーによる「ネヴァ川の戦い」(1240年)が思い起こされます。この戦いの場所は現在のサンクトペテルブルク南東約20キロに位置するウスチ・イジョラという村の付近とされています。ネフスキーと言えばセルゲイ・エイゼンシュテイン監督による映画『アレクサンドル・ネフスキー』、及びその音楽を担当したセルゲイ・プロコフィエフ、そして、その映画音楽を改作して作曲されたカンタータ『アレクサンドル・ネフスキー』と連想は次々と膨らんでいきます。しかし、映画もカンタータも何故かネヴァ川ではなく「氷上の戦い」(この氷上とは、エストニアとロシアの国境にあるペイプシ湖で、その南東にはネフスキーが凱旋するプスコフの町がある)を作品のクライマックスで扱っています。ドイツ騎士団と戦ったその戦いの地はレニングラードからは南西へ約200キロも離れてはいますが、その700年後に再び両者は歴史に残る戦争を起こしたことになります。

 ソヴィエト連邦時代の作曲家ドミートリー・ショスタコーヴィチの7番目の交響曲は、まさにこの第二次世界大戦の独ソ戦における「レニングラード包囲戦」の最中に、その包囲されたレニングラードの市内で作曲された曲なのです。その題名もズバリ『レニングラード』。

             包囲下のレニングラード市内
                   包囲下のレニングラード市内
 包囲されて町中が飢餓状態にあったレングラードでこの曲を演奏すべく、兵士として前線に派遣されていた元オーケストラ団員を呼び戻して楽団を再編成したという感動的な話しも伝えられています。さらにはラジオを通じてソヴィエト国内のみならず全世界に演奏が放送され、とりわけ米国内ではラジオ放送のみならず各地のコンサートホールで競って演奏されるという、音楽史上稀に見るどころか空前絶後の待遇の中で世に紹介されたのでした。しかし実際のところは、音楽そのものはそっちのけでソヴィエトと連合国のプロパガンダに利用されるという、いわば国家のエゴと戦争の狂気に翻弄された曲であったとも言えるものでした。

 このように時代に翻弄されたショスタコーヴィチの交響曲第7番ハ長調の成立とそれにまつわる様々な事象をご紹介したいと思います。




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