プッチーニ:『蝶々夫人』

第9章 『蝶々さん』歌姫列伝-13
ガブリエラ・トゥッチ

 
                トゥッチ

  ガブリエラ・トゥッチ


ガブリエラ・トゥッチ( Gabriella Tucci:1929年 - 2020年 )
 ローマで生まれたトゥッチは 、サンタ・チェチーリア国立音楽アカデミーで学び、1951年ルッカのテアトロ・デル・ジリオでヴェルディの『椿姫』のヴィオレッタ役を歌っています。翌年スポレートのコンクールで優勝し、リリコ実験劇場で当時61歳だったベニアミーノ・ジーリと出演しヴェルディの『運命の力』のレオノーラ役を歌ってプロデビューを果たしました。その後、ローマ歌劇場に『ナブッコ』のアンナ役でデビューし(1951年)、次いで『オテロ』のデズデモーナ(1953年1月)、『ファウスト』のマルグリート(1953年2月)、『トーランドット』のリゥ(1954年)、『椿姫』のヴィオレッタ(1957-59年)、『カルメン』のミカエラ(1957-59年)とたて続けに歌いました。

 1959年7月9日、トゥッチはいよいよにミラノ・スカラ座に進出し、『ラ・ボエーム』のミミ役でデビューを果たし、次いで翌1960年は『オテロ』のデズデモーナ(1月16日)、『カルメン』のミカエラを歌います(2月1日)。同じ年にはロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスにも出向いて『アイーダ』でデビューしています。アメリカ・デビューは1959年サンフランシスコ歌劇場で『アンドレア・シェニエ』のマッダレーナ役(9月25日など3回)、『オテロ』のデズデモーナ(1959年10月16日など4回)、『ドン・ジョヴァンニ』のドナ・アンナ(11月3日)を歌い、次いでメトロポリタン歌劇場で『蝶々夫人』を歌ってデビューを飾っています(1960年10月29日)。その時の様子は『ミュージカル・アメリカ』誌12月号に掲載されています。なお、ピンカートンはカルロ・ベルゴンツィでした。

 「ローマ出身のトゥッチは、わずか1ケ月前にサンフランシスコ・オペラで米国デビューを飾り、母国ですでに8年のオペラ経験を積んでいます。彼女は、その魅力的な容姿に加え、よく訓練された、ビロードのように滑らかで質の高い歌声の持ち主です。また、豊かな表情や優雅な身のこなしで役の感情の機微を歌声と同様に見事に表現し、優れた女優としての資質も証明しました。悲劇のヒロイン、蝶々さんとして、希望に満ちた花嫁から夫に捨てられた妻、そして最後の結末へと至る変化を、ありきたりな大げさな身振りに頼ることなく、説得力のある自然さで演じきっていました(Musical America)。」

 また、その2年後の1962年2月3日の公演に対して、『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙は次のような記事を掲載しています。この時もピンカートンはカルロ・ベルゴンツィで、この公演は放送録音されていてCDでも聴けます。トゥッチの歌唱が素晴らしいのはもちろんですが、録音状態も良好です。
G.Puccini: "MADAMA BUTTERFLY" (MET, February 3rd, 1962) Tucci, Bergonzi, Harvout, Vanni-Cleva

 「ガブリエラ・トゥッチは先週土曜日の午後、メトロポリタン・オペラに戻り、プッチーニの『蝶々夫人』で今シーズン初となる蝶々さん役を歌いました。ローマ出身のこのソプラノ歌手は、昨年まさにこの役でメトロポリタン・デビューを飾っており、その際に見せた歌声の美しさと役作りの力強さは、彼女の才能に疑いの余地を残さないものでした。

 先週の公演でも、トゥッチはその素晴らしい第一印象を裏切ることはありませんでした。彼女は舞台上で軽やかに、かつ気品を持って立ち回り、ヒロインを一部の歌手や演出家が好むような『小股で歩く子供』のようには描かず、むしろ女性らしさと成熟味を湛えた人物として表現しました。こうした佇まいの成熟さは、歌唱面とも見事に調和していました。トゥッチの声は豊かで、ふくよかな響きを持っています。そこには色彩感と温かみがあります。歌い出しでは高音域に多少の硬さが感じられましたが、すぐにそれは解消され、その後は終始、艶やかな歌声が保たれました。
(The New York Herald Tribune)。」

      トゥッチ  トゥッチ
                 
         トゥッチが歌う『蝶々夫人』のCD(1962年2月3日録音

 また、Bell Telephone Hour でリチャード・タッカーと歌った第1幕の愛の二重唱のカラー映像(1966年4月10日収録)と、リサイタルで歌うアリア『ある晴れた日に』の映像(1964年)を YouTube で観ることができます。
Gabriella Tucci & Richard Tucker "Vogliatemi bene" Madama Butterfly



 トゥッチ&タッカー  トゥッチ
    ガブリエラ・トゥッチとリチャード・タッカー       1964年のリサイタル


 トゥッチはメトロポリタン歌劇場では、1960年から1972年の12年間に 260回舞台に上がって20の役を歌いました。そのうち、『蝶々夫人』を16回、『ラ・ボエーム』14回、『トスカ』16回、『トーランドット』(リゥ)10回に出演し、ヴェルディは『椿姫』19回、『アイーダ』39回、『運命の力』10回、『トロヴァトーレ』28回、『オテロ』17回、『ファルスタッフ』19回、その他『ファウスト』 24回歌いました。彼女はメトロポリタン歌劇場で、ヴェルディの主役を最も多く歌ったソプラノ歌手(11役)として記録を残しています。『蝶々夫人』が16回とそう多くないのは、当時リチア・アルバネーゼ、ドロシー・カーステン、レナータ・スコットといった30回以上も歌った歌手たちが君臨していたからでした。

 米国デビュー後もミラノ・スカラ座に戻って、『蝶々夫人』(1961年2、3、5月)、『ファルスタッフ』のアリーチェ(1961年12月)、『イル・トロヴァトーレ』のレオノーラ(1964年9月)、『カルメン』のミカエラ(1964年9月)、『トーランドット』(1964年9月)、『アイーダ』(1965年4月)、『シモン・ボッカネグラ』(1965年4月)を歌っています。また、故郷のローマ歌劇場には継続して出演し、『アイーダ』(1966、67、71、73年)、『イル・トロヴァトーレ』のレオノーラ(1967-68年)、『蝶々夫人』(1975年6月、同じ月に松本美和子も出演)などを歌っています。

 その他の歌劇場では、ウィーン国立歌劇場には『アイーダ』(1963年、4回)、『アンドレア・シェニエ』(1962-63年、2回)、『椿姫』(1963年、4回)、『蝶々夫人』(1963年、1回)、『オテロ』(1962-63年、3回)出演し、その他、ベルリン・ドイツ・オペラ、バイエルン州立歌劇場、モスクワ・ボリショイ劇場、ブエノスアイレス・テアトロ・コロンなどで歌いました。

 日本へはイタリア歌劇団として2回訪れていて、1959年に『カルメン』(ミカエラ)と『椿姫』、『オテロ』、1961年には『アイーダ』、『道化師』、『リゴレット』を歌っています(オテロ、カニオはマリオ・デル・モナコ)。いづれの映像も YouTube で観ることができます(『カルメン』は音声のみ。『椿姫』を除く。)。

 しかし、残念なことにトゥッチが歌った正規録音は少なく、オペラ全曲を収録したセッション録音はわずか2作品のみで、いずれも彼女のミラノ・スカラ座デビュー直後のものです。1959年のレオンカヴァッロの『道化師』(DECCA:マリオ・デル・モナコ主演)と、1961年のヴェルディの『イル・トロヴァトーレ』(EMI:フランコ・コレッリ主演)です。当時はDECCAにレナータ・テバルディ、EMIにはマリア・カラスといった大御所がいたことからトゥッチには録音の話しは回ってこなかったのでしょう同じ曲を録音してレコードを売るという時代ではなかったのです。しかし、YouTube では彼女のライヴ録音をいくつかを聴くことができ、来日公演でのNHKが放送した『オテロ』、『リゴレット』、『アイーダ』、『道化師』の映像(1959年と1961年:モノクロ)も観ることができます。そのうち、クリーヴェランドのセヴェランス・ホールでのリチャード・タッカーと共演したヴェルディの『ドン・カルロ』(1971年、指揮・ジェームズ・レヴァイン)は名演だと思います(演奏会形式?)。この素晴らしい歌唱を聴くと、1970年前後の彼女の正規録音がないのが悔やまれてなりません。    
Gabriella Tucci (1929 - 2020)                       
 

*参考文献の一覧は≪目次≫をご覧ください。 


                ≪ 前のページ ≫       ≪ 目次に戻る ≫       ≪ 次のページ ≫ 

Copyright (C) Libraria Musica. All rights reserved.