「メトロポリタン・オペラ・ハウスで土曜の夜に再演されたプッチーニの『蝶々夫人』において、体調不良のリチア・アルバネーゼの代役としてドロシー・カーステンがタイトル・ロールを歌い、同役での当地初登場を果たしました。(中略)カーステンは、蝶々さんという難度の高い役柄の音楽を、終始澄み切った音色で歌い上げた。高音域を多用するこの役の最も過酷なパッセージにおいても、彼女のソプラノは透明感のある輝きを失わないませんでした。過去に蝶々さんを演じた他の歌手たちと比べると、感情の激しさという点では及ばないかもしれませんが、これほど一貫して魅力的な響きを聴かせてくれる歌手は稀でした。15歳の日本人娘という役柄を演じるには少々背が高すぎ、完全な説得力を持つとは言い難い面もあったものの、本物志向の美しい衣装が視覚的な魅力を高めており、演技面でも演劇的な観点からよく練られたものでした(The
New York Herald Tribune)。」
この録音は、LPレコードのかたちで The Metropolitan Opera Club
から販売されていたものです。1956年(日付無し)のライヴ録音とされていることが多いのですが、メトロポリタン歌劇場アーカイヴによると『蝶々夫人』のこの年の公演は3回だけで、この演奏と同じ配役の上演はありません(指揮者はミトロプーロスで同じです。)。また拍手もなく、客席や舞台上などからのノイズは一切ありませんので、この演奏はセッション録音と思われます。実際聴いてみると、この時代の録音にしては奥行きを感じさせるもので、カースティンの輪郭のはっきりした完璧にコントロールされた歌声を楽しむことができます。
その歌声は聴き手を陶酔させるほどではないかもしれないが、高い音楽性と洗練されたスタイルをもって見事にコントロールされています。歌声には思考と感情が込められており、その響きは概して純粋で美しい。観客はカーステンを温かく受け入れました。ウイルス性疾患で出演できなくなったレオンタイン・プライスの代役という事情もありましたが、それ以上に彼女の演技が素晴らしかったからです(The
New York Herald Tribune)。」 *演出家青山圭男につきましては『付録2 メトロポリタン歌劇場:『蝶々夫人』演奏史』をご参照ください。
「彼女は1945年12月1日に『ラ・ボエーム』のミミ役でメトロポリタン歌劇場に初登場しましたが、それ以前の1940年にはシカゴ・オペラでデビューしており、キャリアは35年に及びます。彼女はメトロポリタン歌劇場で30年間のキャリアを全うした初の主役級ソプラノ歌手であり、率直に言って、オペラ歌手としてのその息の長さは驚異的とも言える現象です。彼女は今後はメトの舞台には立たないものの、他の場所でオペラやその他の歌を歌い続ける意向を明らかにしています。”歌えるうちは歌い続けます”と、彼女は自身の記念と引退を祝う幕間の式典で語っていました(The
New York Times )。」