モーツァルト:歌劇『魔笛』

第5章 『魔笛』のルーツ 3 〜シカネーダーの『オベロン』

 
            クリストフ・マルティン・ヴィーラント     ヴィーラント 『オベロン』

クリストフ・マルティン・ヴィーラントと『オベロン』


 シカネーダーは 1789年11月7日、クリストフ・マルティン・ヴィーラントの『オベロン』に基づくジングシュピールを上演しました。既に出版されていたフリードリッヒ・ゾフィー・ザイラーによる同作品の台本を一座の俳優カール・ルートヴィヒ・ギーゼケ(『魔笛』の初演では奴隷その1を演じ、後に鉱物学の教授となる)が改作したものです。作曲はパヴェル・ヴラニツキー。上演は大成功を博したとされています。

 『オベロン』は13世紀のフランスの武勲詩『ユオン・ド・ボルドー』の粗筋をほぼ継承してヴィーラントがドイツ語化し(1780年)、1786年に『ジンニスタン或いは妖精精霊物語選』と題された様々な作者による擬似東洋的な物語集の中に収録します。妖精王オベロンは雲の車に乗って現れ、ユオンに魔法の角笛を与え、穏やかに鳴らせば音を聞いた人間を踊らせることができ、強く鳴らせばオベロンが助けに来てくれると伝えます。しかし、危機に陥ったユオンが角笛を吹いてもオベロンは助けに現れずユオンは監禁されてしまうなど色々あって最終的には無事任務を果たして帰国するという物語。

 のちにウェーバーが作曲したオペラ『オベロン』(1826年初演)では従僕が、火あぶりにされそうになった主人公を助けるべく魔法のホルンを吹いて敵を踊らせるという展開になっています。いずれにしても『魔笛』第1幕フィナーレでパパゲーノがグロッケンを鳴らすとモノスタトスや奴隷たちを踊りだすシーンと共通しています。また、主人公ユオンのお供を務めるシェラスミンという陽気な召使が、「ハイサ! ここでは人生は実に楽しい 友達のオベロンが僕に かわいい娘っ子をあてがってくれれば 僕は彼のもとから離れはしない」とアリアを歌います。この歌詞はパパゲーノのアリア「恋人か女房が」(第2幕第20番)とそっくりです。

 なお、かのゲーテはヴィーラントによるこの作品を絶賛し、「詩が詩として、黄金が黄金として、水晶が水晶として存在する限り、『オベロン』は一流の作品として愛好され、尊敬されるだろう」という言葉を残しています。

*パヴェル・ヴラニツキーはモーツァルトと同年に生まれたモラヴィア出身の作曲家で、モーツァルトの親友でもありました。指揮者としても高い評価を得ていて後にベートーヴェンが交響曲第1番の初演の指揮を依頼し、さらにハイドンがオラトリオ『四季』の初演の指揮を依頼したことで歴史にその名を刻んでいます(下はパヴェル・ヴラニツキーの肖像画)。
                 パヴェル・ヴラニツキー


*参考文献の一覧は≪目次≫をご覧ください。
 


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