RIGHT AS THE RAIN
レオンティーン・プライス/アンドレ・プレヴィン (1967年)
Right As The Rain 3:18
Sunrise, Sunset 4:08
It's Good To Have You Near Again 2:55 It Never
Entered My Mind 2:20
Nobody's Heart 3:57
My Melancholy Baby 3:14 A Sleepin' Bee
4:01 Falling In Love Again 2:47
They Didn't Believe Me 3:32 Hello, Young Lovers
3:50 Love Walked In
3:16 Where, I Wonder
3:28
アルバムのタイトルになった1曲目の Right As The Rain
は、第二次世界大戦終結の前年に初演されたハロルド・アーレンのミュージカル『ブルーマー・ガール(Bloomer Girl)
』で歌われた曲。アメリア・ジェンクス・ブルーマー(Amelia Jenks
Bloomer)というアメリカ合衆国の実在の女性解放運動家とその姪が登場するアメリカ南北戦争の頃を舞台にしたミュージカルです。主人公であるその姪は親の言うことを聞かずに、女性の服飾面での自由化の中で生まれた膝下まで丈があるズボンとショートドレスの組み合わせの「ブルマー」を身に着け、求婚者が所有する黒人を自由にしなければ結婚しないと奴隷解放運動に身を投じるストーリー。なお、ブルーマーは「ブルマー」の考案者ではなく、それを広めたことで名前が名称になったとのことです(日本で小学生が履くブルマーとはかなり違いますね。)。Right
As The Rain
は第1幕で主人公によって歌われます。直訳すると「雨のように正しい」となりますが、歌詞では「私たちの愛」が「全く申し分ない、とても順調」
といった意味でしょうか。プライスはカラヤンに「黄金の声」と絶賛されただけにその高音における輝きは見事というしかなく、しかも言葉ひとつひとつを丁寧に歌い込み、全音域にわたってコントロールされた潤いのある響きを聴かせてくれるところは、「オペラ歌手が?」というアルバムを紐解いた時の不安を一気に払拭させるのに十分なインパクトがあります。のちに、ソプラノのシルヴィア・マクネアはプレヴィンとこの曲を録音しています。
Arlen: Right as the Rain (From "Bloomer Girl")
3曲目にプレヴィンはピアノ伴奏の自作を持ってくるという心憎さ It's Good
To Have You Near
Again。歌の本当の良し悪しはピアノ伴奏でないとわからんと申す御仁を黙らせるのに十分な演出です。プライスは先の2曲で見せたグラマラスの歌唱とは打って変わって軽いタッチで歌っています。この曲はマイケル・ファインスタインもプレヴィンのピアノ伴奏で録音をしていて、ソプラノのシルヴィア・マクネアにプライスのこの録音を聴くよう勧めたとのこと。彼女はこの曲を一度聴いて「恋に落ちた」とか。二人の歌はYouTubeで聴けます。プライスはこの二人よりは素朴な歌い口で早めのテンポで歌います。
6曲目の My
Melancholy Baby
はプレヴィンのピアノ、レイ・ブラウンのベース、シェリー・マンのドラムスによるトリオ。プレヴィンのピアノが冴えわたります。この録音の7年前にダイナ・ショアと同じ曲を同じ編成で録音しています(レッド・ミッチェルのベース、フランキー・キャップのドラムス)。プレヴィンとしてはこの曲はベースとドラムスでないといけないのでしょう。プレヴィンのピアノは今回の方がやや大人しくなっていますが、洒落た序奏がいい雰囲気を作っています。ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ジュディ・ガーランドなど多くの歌手で歌い継がれた名曲をプライスは危なげなく歌っていますが、大事にしすぎたのかやや起伏に欠けるきらいはあります。「メランコリー」という題名と歌詞に惑わされますが、歌詞全体としては「雲の彼方には太陽が輝いているよ・・・笑って」と恋人を慰めているのですから、スイングほどではなくとも動きのある歌いが求められるのではないかと個人的にはダイナ・ショアの歌を選びます。
11曲目の
Love Walked In は、1938年公開の映画『華麗なるミュージカル(Goldwyn
Follies)』でケニー・ベイカーによって歌われたガーシュインが作曲した曲。ピアノ、ベース、ドラムスのトリオで伴奏されています。元々男声で歌われた曲を女声で聴くと曲の良さが他に移る、例えば中低音のしっとりした響きの魅力よりは高音域に上がっていく過程の面白さや、高音の歌い方に耳が行ってしまいます。この曲は人気があったらしくビング・クロスビー(1947年)、サラ・ヴォーン(1957年)、エラ・フィツジェラルド(1959年?)、フランク・シナトラ(1961年)によって録音されています。プライスの歌はこの錚々たる歌手たちの中では歌い口の妙、そのアクの強さという点では少々分が悪いようです。プレヴィンの大人びたピアノのせいかもしれませんが、或いはそれがプレヴィンの狙いだったのかもしれません。歌の合間に見せるソフィストケイトなピアノの動きで「静かに歩み入る恋」を演出し、男声を聴く時の心地良さそのままを女声に表現させようとしたのではないかと思われるのです。その点においてはプライスの歌唱は実に見事にその方向性を見据え、曲本来が持つ魅力を表現することに成功していると言えます。なお、プライス(1967年)の後にはソプラノ歌手のキリ・テ・カナワやバーバラ・ヘンドリックスも録音しています。