RIGHT AS THE RAIN
レオンティーン・プライス/アンドレ・プレヴィン

 
          RIGHT AS THE RAIN レオンティーン・プライス/アンドレ・プレヴィン   レオンティーン・プライス〜コンプリート・アルバム・コレクション(歌曲と黒人霊歌編 12枚組) 
RIGHT AS THE RAIN
レオンティーン・プライス/アンドレ・プレヴィン (1967年)
    Right As The Rain     3:18
    Sunrise, Sunset         4:08
    It's Good To Have You Near Again 2:55
    It Never Entered My Mind     2:20
    Nobody's Heart         3:57
    My Melancholy Baby   3:14
    A Sleepin' Bee         4:01
    Falling In Love Again 2:47
    They Didn't Believe Me 3:32
    Hello, Young Lovers   3:50
    Love Walked In         3:16
    Where, I Wonder         3:28


 レオンティーン・プライスが作曲家サミュエル・バーバーの伴奏で歌うバーバーの歌曲が聴きたくて買い求めた12枚組のセット『レオンティーン・プライス〜コンプリート・アルバム・コレクション(歌曲と黒人霊歌編 12枚組) 』の中に思いがけなくプレヴィンとのミュージカル・ソング・アルバムが入っていました。この録音が行なわれた1967年当時のレオンティーン・プライス(Leontyne Price: 1927年生まれ。米国人の多くはリオンティーン・プライスと発音しますが、米国以外ではレオンタインと発音されることもあるようです。)は、オペラ歌手としてその絶頂を極めていた時期でした。前年の1966年にはメトロポリタン歌劇場がブロードウェイからリンカーン・センターに移転・新設されそのこけら落し公演に委嘱されたサミュエル・バーバー作曲の歌劇『アントニーとクレオパトラ』のクレオパトラ役を歌ったことからもわかります。もっともその公演自体は大失敗を喫したことで知られていて、リブレットの冗長さやセリフが多いこと、舞台装置のトラブル等がその理由であったとか。1978年にはホワイト・ハウスに招かれてカーター大統領の前で歌っています。

 レオンティーン・プライスは1927年アメリカのミシシッピ州生まれ。1958年、指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンに招かれてウィーン国立歌劇場で歌劇『アイーダ』に出演してセンセーショナルな成功をおさめました。同年のコヴェントガーデン王立歌劇場、1960年にはミラノ・スカラ座、翌年にはメトロポリタン歌劇場に登場するなど国際的なオペラ歌手としての地位を確立させ、さらにはレコード録音においても、プッチーニ作曲の歌劇『トスカ』(1962年)、ビゼー作曲の歌劇『カルメン』(1963年)でタイトル・ロールを歌うなど1960/70年代を代表する国際的なオペラ歌手として活躍しました。このアルバムは彼女のキャリアの絶頂期とも言うべき時期に録音されたものと言えます。

 12曲からなるこのアルバムはプライスの歌をサポートする形態によって3つに分類されます。プレヴィンによるオーケストラ・アレンジ(8曲)、プレヴィンのピアノにレイ・ブラウンのベースとシェリー・マンのドラムスが加わるトリオ(3曲)、プレヴィン自身によるピアノ・ソロ(1曲、自作)です。若い頃からMGMスタジオで数々の映画音楽のオーケストレーションを手がけてきただけに当代随一のプリマドンナを迎えても臆することもなく、自らのアレンジによるオーケストラ、トリオ、ピアノ・ソロという多彩な編成で盛り上げています。

 アルバムのタイトルになった1曲目の Right As The Rain は、第二次世界大戦終結の前年に初演されたハロルド・アーレンのミュージカル『ブルーマー・ガール(Bloomer Girl) 』で歌われた曲。アメリア・ジェンクス・ブルーマー(Amelia Jenks Bloomer)というアメリカ合衆国の実在の女性解放運動家とその姪が登場するアメリカ南北戦争の頃を舞台にしたミュージカルです。主人公であるその姪は親の言うことを聞かずに、女性の服飾面での自由化の中で生まれた膝下まで丈があるズボンとショートドレスの組み合わせの「ブルマー」を身に着け、求婚者が所有する黒人を自由にしなければ結婚しないと奴隷解放運動に身を投じるストーリー。なお、ブルーマーは「ブルマー」の考案者ではなく、それを広めたことで名前が名称になったとのことです(日本で小学生が履くブルマーとはかなり違いますね。)。Right As The Rain は第1幕で主人公によって歌われます。直訳すると「雨のように正しい」となりますが、歌詞では「私たちの愛」が「全く申し分ない、とても順調」 といった意味でしょうか。プライスはカラヤンに「黄金の声」と絶賛されただけにその高音における輝きは見事というしかなく、しかも言葉ひとつひとつを丁寧に歌い込み、全音域にわたってコントロールされた潤いのある響きを聴かせてくれるところは、「オペラ歌手が?」というアルバムを紐解いた時の不安を一気に払拭させるのに十分なインパクトがあります。のちに、ソプラノのシルヴィア・マクネアはプレヴィンとこの曲を録音しています。  Arlen: Right as the Rain (From "Bloomer Girl")
       Bloomer Girl   シルヴィア・マクネアー&アンドレ・プレヴィン

 2曲目の Sunrise, Sunset 、言わずと知れたミュージカルの名作『屋根の上のヴァイオリン弾き』で歌われた曲。プレヴィンによるグランド・オペラ並みの力のこもったオーケストレーションに、プライスは濃厚な声で応えています。とりわけ歌い出しにおける発音の良さ、声を長く伸ばす箇所における衰えることのない声の濃密さと勢い、エンディングにおけるハミングのこれしかないという歌いまわしと、何も言うことはありません。この2曲で聴き手はプライスの声にすっかり魅了されてしまいます。この演奏はYouTube で聴けます。  Leontyne Price "Sunrise , Sunset" (Bock - Harnick)

 
3曲目にプレヴィンはピアノ伴奏の自作を持ってくるという心憎さ It's Good To Have You Near Again。歌の本当の良し悪しはピアノ伴奏でないとわからんと申す御仁を黙らせるのに十分な演出です。プライスは先の2曲で見せたグラマラスの歌唱とは打って変わって軽いタッチで歌っています。この曲はマイケル・ファインスタインもプレヴィンのピアノ伴奏で録音をしていて、ソプラノのシルヴィア・マクネアにプライスのこの録音を聴くよう勧めたとのこと。彼女はこの曲を一度聴いて「恋に落ちた」とか。二人の歌はYouTubeで聴けます。プライスはこの二人よりは素朴な歌い口で早めのテンポで歌います。

マイケル・ファインスタインによる It's Good To Have You Near Again

シルヴィア・マクネアによる It's Good to Have You Near Again - Sylvia McNair


 5曲目の Nobody's Heart はドリス・デイともアルバム『デュエット』で共演していてプレヴィンとしては5年ぶりとなります。ドリス・デイには間の取り方が絶妙で味のある歌唱が印象的でしたが、ここではオーケストラのバックにプライスがその幅の広い表現力を駆使しつつ声量豊かな演奏を繰り広げます。途中でピアノとベースだけになるところがあったり、後半ではトロンボーンのつぶやきが極めて効果的であったりと歌だけでなく大いに楽しむことができます。

ドリス・デイ&アンドレ・プレヴィン・トリオによる Doris Day - Andre Previn - Nobody's Heart

 6曲目の My Melancholy Baby はプレヴィンのピアノ、レイ・ブラウンのベース、シェリー・マンのドラムスによるトリオ。プレヴィンのピアノが冴えわたります。この録音の7年前にダイナ・ショアと同じ曲を同じ編成で録音しています(レッド・ミッチェルのベース、フランキー・キャップのドラムス)。プレヴィンとしてはこの曲はベースとドラムスでないといけないのでしょう。プレヴィンのピアノは今回の方がやや大人しくなっていますが、洒落た序奏がいい雰囲気を作っています。ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ジュディ・ガーランドなど多くの歌手で歌い継がれた名曲をプライスは危なげなく歌っていますが、大事にしすぎたのかやや起伏に欠けるきらいはあります。「メランコリー」という題名と歌詞に惑わされますが、歌詞全体としては「雲の彼方には太陽が輝いているよ・・・笑って」と恋人を慰めているのですから、スイングほどではなくとも動きのある歌いが求められるのではないかと個人的にはダイナ・ショアの歌を選びます。

レオンティーン・プライスによる Leontyne Price - My Melancholy Baby - (Burnett-Norton)

ダイナ・ショアによる My Melancholy Baby (feat. Dinah Shore)

 11曲目の Love Walked In は、1938年公開の映画『華麗なるミュージカル(Goldwyn Follies)』でケニー・ベイカーによって歌われたガーシュインが作曲した曲。ピアノ、ベース、ドラムスのトリオで伴奏されています。元々男声で歌われた曲を女声で聴くと曲の良さが他に移る、例えば中低音のしっとりした響きの魅力よりは高音域に上がっていく過程の面白さや、高音の歌い方に耳が行ってしまいます。この曲は人気があったらしくビング・クロスビー(1947年)、サラ・ヴォーン(1957年)、エラ・フィツジェラルド(1959年?)、フランク・シナトラ(1961年)によって録音されています。プライスの歌はこの錚々たる歌手たちの中では歌い口の妙、そのアクの強さという点では少々分が悪いようです。プレヴィンの大人びたピアノのせいかもしれませんが、或いはそれがプレヴィンの狙いだったのかもしれません。歌の合間に見せるソフィストケイトなピアノの動きで「静かに歩み入る恋」を演出し、男声を聴く時の心地良さそのままを女声に表現させようとしたのではないかと思われるのです。その点においてはプライスの歌唱は実に見事にその方向性を見据え、曲本来が持つ魅力を表現することに成功していると言えます。なお、プライス(1967年)の後にはソプラノ歌手のキリ・テ・カナワやバーバラ・ヘンドリックスも録音しています。

レオンティーン・プライスによる Leontyne Price "Love Walked In" (G. & I. Gershwin)

キリ・テ・カナワによる Love Walked In (From "The Goldwyn Follies") (Orch. Powell)



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