もうひとつのオーケストラと出会い〜10番全曲(クック版)

 
 ロシア・オーケストラで出会った別の仲間からもうひとつのオーケストラの紹介をいただきました。かねてから弾きたいと念じていたリヒャルト・シュトラウスの『アルペン交響曲』を演奏するという話しがあり、先に入団した某大学のOBオケでは数年前にその曲を演奏しているため、そこでは当分再演はないだろうと残念に思っていただけに押っ取り刀で駆けつけたのでした(2009年)。

 リヒャルト・シュトラウスはマーラーと同時代に活躍し、管弦楽とオペラの分野でその粋を極めた作品を数多く残した作曲家ですが、とりわけこの『アルペン交響曲』はLPレコードからCDへと音楽鑑賞の手段が飛躍的に向上したことによって最大の恩恵を得ることになった作品です。なぜなら、演奏時間が1時間近くかかるにもかかわらず、切れ目なく演奏されるからです。LPレコードでは曲の途中で裏面にひっくり返さなければならず、しかもそのひっくり返すのは曲のちょうど半分の地点でこの曲のクライマックスを築く山の頂上のシーンにあたるのです。曲を聴いていて音楽が盛り上がり「いよいよ山頂だ!」と期待に胸を膨らませているとプツッと切れてしまう、そんなLPの弊害をもろに受けてしまう代表的な曲とも言えます。この曲は2枚目に買ったCDで(カラヤン指揮ベルリン・フィル。1枚目はCDプレーヤーを選ぶ際にその音質を確かめるために購入)、買ったばかりの頃は毎日のように聴いていたものでした。余談が過ぎたようです、本題に戻ります。『アルペン交響曲』の曲の解説文にご興味のある方はこちらをどうぞ。

 カウベルをはじめとする各種打楽器、ウインド・マシンやらヘッケルホルンと特殊楽器のオンパレードとなるこの曲を演奏するくらいのオーケストラですから必ずマーラーを取り上げてくれるだろうという期待を抱いていると、入団から早くも翌年の2010年に交響曲第1番、さらに翌年の2011年になんと10番の全曲演奏と連続してマーラーの交響曲の最初と最後というとてつもないプレゼントにありつくことになったのです。

 10番の全曲版として演奏したのは、数ある補筆全曲版の中で最も一般的とされるデリック・クック版。マーラーの夫人、アルマ・マーラーとの結婚生活で生じたひびを端緒とするマーラーの苦悩を描いたとも言える私小説的な作品で、全曲の完成を待たずにマーラーはこの世を去ってしまいました。第1楽章だけがマーラー協会から出版されていて、残る楽章はスケッチの状態で断片的に残されところを、指揮者、楽器演奏者、音楽学者、さらには普通のビジネスマンなど様々人々がスケッチを元に全曲版を完成させています。このあたりの詳細についてはこちらをどうぞ。

 パート譜面は手書きのものでスカスカに書かれているせいかもしれませんが、いつもと違う音符の展開に8番や9番、『大地の歌』などとの連続性があまり感じられませんでした。断片的な激しい動機が随所に現れるために強く印象に残る曲と言えますが、マーラーの内なる苦悩を描いた作品だけに歌謡性が少なく、マーラーを演奏する時にいつも楽しみにしている陶酔感に浸ることが少なかった感があります。これまでにないマーラーの姿とはいえ、別の言い方をすると他の作曲家の影が感じられる瞬間もあり、それこそあらゆる音楽に接してきた現代人が音符を組み立てるとこうなるということなのかな、と考えながら弾いていました(あくまでヴァイオリンに限っての感想ですが。)。


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