オーガスト・スパナス( August Spanuth:ピアニスト、教授、リストのピアノ曲の編纂者として有名)は、作曲技法の欠如を指摘し、「極めて華麗な技巧がありながら芸術的な純潔さに欠ける」、「拍手さえもシュトラウスによってオーケストレーションされていた」とこき下ろしています。一方、音楽評論家オスカー・ビー( Oscar Bie )は、「音楽面でも技術面でも両者は完璧にブレンドされている。この作品は極めて成熟し・・・禁欲主義者のように厳格で・・・よけいな贅肉をそぎ落とし・・・」と記しています。また、あるベルリンの批評家は、「シュトラウスの最新作は子供でも理解できる」と書いています。なかなかリヒャルト・シュトラウスの特徴の一面をよく捉えていますね。
2.日の出 Sonnenaufgang (練習番号7):この後直ぐに「日の出」を迎え、ほとんどフルオーケストラで下降音階が奏されます。エドガー・スティルマン・ケリー( Edgar Stillman Kelley 米国の作曲家、指揮者、教師、評論家 )はこの様子を「最初に山頂が太陽の光に照らされ、その後、光はどんどん深く広がり、最後には谷までが光で満たされる」と評しています。【「太陽のテーマ」と呼ばれます。チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』第1楽章第2主題の副次主題との類似を指摘されることがよくありますが、仮にシュトラウスが意図的に借用したとしてもその真意は量りかねます。偶然かもしれません。】
3.登り道 Der Anstieg (練習番号12の7小節前):エネルギッシュな「登りのテーマ」は最初チェロとコントラバスで奏されます。作品全体の中で重要な部分となっています。【リヒャルト・シュトラウス研究家ノーマン・デル・マーは、ベートーヴェンの交響曲第5番の終楽章のコーダのテーマとの類似性を指摘しています。】
4.森に入って Eintritt in den Wald (練習番号21):狩りのホルン(舞台裏で吹かれる)が森へと誘います。【途中、弦楽四重奏によって演奏される箇所がありますが、この曲と同時期に筆を進めていた歌劇『ナクソス島のアリアドネ』に通じるものがあります。また、小鳥の囀りが描写されていますが、ベートーヴェンの田園交響曲やワーグナーの楽劇『ジークフリート』の「森のささやき」を誰もが連想するところです。】
5.小川に沿っての歩み Wanderung neben dem Bache :流れるような旋律は小川を表わします。
6.滝 Am Wasserfall (練習番号41の3小節前):滝にさしかかると金管楽器の「スコッチ・スナップ」の印象的なリズムが聴こえます(「スコットランド切分法」とも言われ、スコットランドの民謡によく見られる普通と逆になっている付点音符を用いたリズムのこと。)。急激な下降音階によるアルペッジョやグリッサンドとベル、トライアングルなどによって滝が描写され、最初はフォルティッシモで、終わりは極端なピアニッシモで演奏されます。【1917年の段階で既にこの箇所は、ポール・デュカスの1907年に初演された歌劇『アリアーヌと青ひげ』からの借用だろうと指摘されていました。たぶん第3幕の前奏曲の後、宝石が散らばった大広間で、青ひげに囚われていた女性たちが宝石をまとっているシーンの音楽と思われます。宝石がきらきら輝く様を弦楽器の細かい音符や打楽器で表現しています。余談ですが、フランス語の「アリアーヌ」はイタリア語では「アリアンナ」、ギルシャ語では「アリアドネ」で、シュトラウスの歌劇『ナクソス島のアリアドネ』にも登場します。】
8.花咲く草原 Auf blumigen Wiesen (練習番号47):ここでは、チェロが再び「登り」のテーマを奏します。
この交響曲は楽章によって分かれてはいませんが、第一部にあたる部分はここで終わります。W.H.ハミストンはこの後、第二部について言及していません。
9.山の牧場 Auf der Alm (練習番号51の3小節前):カウベルが鳴り、羊の鳴き声を模倣します。【カウベルを使用するのは、マーラーの交響曲第6番に先例があり、この曲の作曲中に亡くなったマーラーを追悼する意図があったのかもしれません。】
10.林で道に迷う Durch Dickicht und Gestrüpp auf Irrwegen (練習番号59):アルペンホルンを模した優しい主題をホルンが数回繰り返すうちに登山者は道に迷います。ここではフガート(フーガのスタイルの短いもの)となり、各楽器が絡み合います。次いで冒頭の「夜」で聴かれた「山のテーマ」が奏されます。
11.氷河 Auf dem Gletscher (練習番号68の3小節前):「滝のテーマ(スコッチ・スナップ)」の変形によって氷河の冷たい空気が暗示されます。再び「登りのテーマ」が力強く奏されると頂上への開けた道に出ます。
13.頂上にて Auf dem Gipfel (練習番号77の6小節前):4本のトロンボーンが威厳に満ちた動機を吹き、雄大な景色を我々の目の前に繰り広げます。この交響曲の様々なテーマが装いを変えて繰り返されます。【ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』とよく似た音型で段階的に音階を上り詰めていきます。】
15.霧が立ちのぼる Nebel steigen auf (練習番号97):
16.太陽が次第に陰る Die Sonne verdüstert sich allmählich (練習番号98):W.H.ハミストンはこのあたりには触れていません。1916年の時点ではこうした呼び方はなかったのかもしれません。
17.哀歌 Elegie (練習番号100):オルガンが登場します。
18.嵐の前の静けさ Stille vor dem Sturm (練習番号103の5小節目):ここも触れていません。【雨粒を表わす管のスタカートや弦楽器のピチカートは、ロッシーニの歌劇『ウィリアム・テル』序曲での嵐のシーンでも出てきます。これは同じアルプスでもスイス側での出来事です。】
19.雷雨と嵐、下山 Gewitter und Sturm, Abstieg (練習番号110の3小節前):嵐となり、我々は下山を始めます。「登りのテーマ」を逆さまにしたものが「下山のテーマ」になるのはごく自然なことでしょう。【半音階進行で嵐を表現する手法は、先のロッシーニの他にワーグナーの歌劇『さまよえるオランダ人』が有名です。】
shou.
20.日没 Sonnenuntergang (練習番号129):(次第に静まり)「山のテーマ」が奏されると、「日没と夜」となり、この交響曲は冒頭と同じかたち、変ロ短調の長い和音で曲を閉じます。W.H.ハミストンのこの記述からすると、当時は「日没」「終末」「夜」と分けていなかったと考えられます。
参考文献:
1. Richard Strauss The Man and His Works by Henry T. Finck, Boston Little Brown and Company 1917
2. Strauss’s Musical Landscape by Leon Bostein
3. Richard Strauss A Critical Commentary On His Life and Works by Norman Del Mar
4. 『リヒャルト・シュトラウスの「実像」』 日本シュトラウス協会編 音楽之友社