垂里冴子のお見合と推理

 お見合をする度に事故でも殺人でも何か事件が起こってしまい、それをサクサクと明晰な推理でもって片づけてしまう一方で、お見合はかならず失敗してしまう、というシチュエーションの目新しさで山口雅也の「垂里冴子のお見合いと推理」(集英社、1500円)は話題になったし人気も出た。けど半ば「お約束」めいた決まり事をこどまで「了解」できるかという点で最初の評価が別れると同時に、そこで受け入れることが出来ても、今度はどこまで「つき合える」かによって評価が変わってくる。

 どうでもやっぱりお見合に巻き込まれて殺人に巻き込まれる、ルーティン化したエピソードの連続から目新しさは失われる。「史上最も縁遠い名探偵」と言うはなるほど楽しいけれど、現実問題いくら何でもそこまで偶然が重なるなんて、といった気持ちも起こってくる。これはまあ、「名探偵」物には付き物の問題ではあるけれど、事が人によっては切実な「お見合」だったりするところに、違和感が生じるのかもしれない。

 反面、定型化した中に生まれる「まただ」「いよいよだ」といった興奮もある。人気のトラベルミステリーにしてもご当地の伝承・来歴などを絡めた○○○殺人事件のシリーズにしても、しっかと立ったキャラクターはどこで何をして「やっぱり」事件に巻き込まれても、それはそれで楽しいものだし、再び3たびあるいは100たびの活躍を見られるのも嬉しいもの。型にはまって見えてくる具体性、強靭性は確かにある。

 そこで続編となった「続・垂里冴子のお見合と推理」(講談社、1700円)を見ると、収録された4編は相変わらずの「見合い」「事件」「推理」「解決」「破談」のパターンを踏み外さずに、そこはかとないおかしさと人間の哀れさ、推理の冴えを盛り込んだいずれも楽しめる短編となっている。

 冒頭の「湯煙のごとき事件」は垂里家の長男、京一が大学受験に失敗する場面から筆を起こし、通夜のように静まり返っている家に相変わらずの奔放さ、傍若無人さを見せて京一にとっては姉、垂里家では次女の空美が帰って来ては京一をからかい、気分転換に温泉に行こうと言い出す場面へと続く。折もおり、垂里家の知り合いから経営している温泉旅館に誘いがあって京一は長女の冴子、言い出しっぺなのに邪悪ぶりが悪影響を与えると外されたものの、運良く一行に潜り込めた空美の3人は連れだって伊豆まで出向くことになる。

 実は温泉への誘いが旅館の愚息の見合いの相手として冴子を呼ぶためのものだったとすぐに判明するのだが、過去にどれだけお見合をやっても必ずや相手方なり関係者を巻き込む事件が起こって見合いが壊れる「運命」にある冴子のこと。硫黄の香りたなびく温泉に女性が浮かんでいる場面へと空美が行き当たり、さらにその女性が姿を消してしまう事件が起こって事態は一気に、まよわず王道にして黄金のパターン「推理」「解決」「破談」へと向かう。

 エステティックに凝って近所のエステティックサロンへと乗り込んだ空美が巻き込まれるトラブルを描いた「薫は香を以て」も、近所の神社で相次ぐ七福神の盗難事件を取りあげた「動く七福神」も空美が靴を修理するために立ち寄った靴屋で見た諍いから話が始まる「靴男と像の靴」も同様。同じパターンの中に、離れていく男への女の強い想念や、家族を思う人間の気持ちなりを描き出す。

 「お見合」という、家族や男女といった人間社会における「関係性」を作り上げようとする、その接点となるシチュエーションを切り口にして、さまざまな家庭が、男女が抱える問題を浮かび上がらせた作者の手腕に冴えを見る。型にはまった中だからこそ絞り出される人間の心の機微が、読み手を楽しませてくれる。「お見合」をキーにした意味もあるいは、そこにあるのかもしれない。

 とは言え、どこまでも傍観者然とした冴子へのいささかの物足りなさが残るのも本音で、お見合だけでなく一歩踏み込んだ恋愛なり、結婚なりにもっとポジティブな部分を見せるなり、そうした挙げ句に裏切られるといった生臭くもリアルな展開を読んでみたい気もする。積み重ねたパターンの中にいささかの変拍子があると、読む身も一段と引き締まるもの。続々か、それとも新となるかは不明だが、巻末でようやくにして振り絞った「積極性」をミステリーの執筆などへと向けず、明晰な頭脳を持った冴子が「本気」でお見合に、恋愛に突き進む姿を見てみたい。


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