ZOKU
Zionist Organiation of Karma Underground

 悪戯、って楽しい。悪事、じゃないよ。悪事は迷惑。後に引く被害を人にあたえたらそれは悪戯じゃない。

 落とし穴? ありだけど落ちた人が怪我をしたら危険だから、下にクッションを敷いておくか、10センチくらいの浅さにしておくこと。逆さに剣山となナイフとか、植えておいちゃダメだよ。

 教室の入り口に黒板消しを挟んでおくのも、クッションになった拭く側を必ず下に向けること。縦にして固い角が脳天に当たるようにしてはいけません。チョークは眼に入るといたいから、叩いて落として小麦粉をまぶしておきましょう。

 引っ掛けられた人が困った顔をして途方にくれて、でも明日になったら忘れて気にせず生きていけるようなちょっぴりの悪いこと。引っ掛けられた人の困った顔に、くすっと心をほぐされるおかしなこと。凝り固まった空気を柔らかく、淀んだ空気に風を通す、それが悪戯。楽しねえ。

 でも何か物足りない。仕掛けた人。仕掛けられた人。数人がせいぜい楽しむだけなんてもったいない。大がかりに、でもって悪事にならない範囲で悪戯が仕掛けられたらもっともっと楽しいのに。そう考えた人がいて、作ったのが森博嗣「ZOKU」(光文社、1500円)に出てくる「ZOKU」(Zionist Organiation of Karma Underground)という組織だ。

 率いているのは黒古葉善蔵という人物。お金持ちらしくって、「ボーイング767」を本拠地にして優れた人材をスカウトして、日本に未曾有の混乱、とまではいかないけれど気になる人には気になって仕方のない悪戯を仕掛けて回っていた。

 例えば「暴音族」。大臣の家の庭にわざわざスピーカを埋めてそこから赤外線センサをつなぎ、外部から信号を送ってはバイクが走る大きな音を鳴らして驚かせる。それから「暴笑族」。何個かのスピーカを周囲において1人にだけ笑い声を聴かせて苛立たせる。ほかにも占いで幸運を告げていおて最後に肩すかしをくらわせる「暴占族」とか、いろんな悪戯で世間を脅かし、楽しませていた。

 「暴図工族」なんて、街のギャラリーやスペースに図画工作の成果を展示しては逃げてあとに作品だけを残すというもの。これのどこが悪戯なのかと言うと実は、「ZOKU」を相手に戦う機関「TAI」(Technological Abstience Institute)のメンバーで、「TAI」を率いる木曽川大安博士の孫娘、永良野乃にとっては苦手な図画工作を無理矢理やらされるという悪戯だった。

 この木曽川大安博士も黒古葉善蔵に負けず道楽者らしく、「ZOKU」の出没を知っては機関車を駆ってかけつけ、やっぱりスカウトで集めた優秀な研究員の揖斐純弥とそれから孫娘の野乃を投じて、「ZOKU」の悪戯を邪魔しようとする。そして以後、騙し騙されまた騙しという物語が連作短編の形で繰り広げられる。

 攻める「ZOKU」はロミ・品川という名前も名前なら格好も体の線が出ているレザースーツに身を包んだ、自称30歳前後で本当は……といった女性と、その後輩で好青年で永良に心を寄せている青年のケン・十河、そして後から加わる長髪が顔にかかった饒舌な男、バーブ・斉藤といった面々だ。

 切れ者なのかそうでないのか微妙な線上にいる彼女とかっらが、知恵を絞っているのか行き当たりばったりなのか曖昧な手段で「TAI」に挑んでは粉砕されたり自滅したりする。そんなドタバタとした展開のおかしさから、仕掛ける悪戯の他愛なさが重なって、読む人に笑いと心地よい安寧がもたらされる。

 展開も面白ければ会話も最高。ロミ・品川と永良が最初に出会った際に、名乗ったロミの名前を聞いて即座に永良が「ぷっ」と吹き出す場面を筆頭に、漫才のような会話とコントのようなシチュエーションが繰り出され繰り広げられ、くすっとした笑いの中に読む人を楽しませてくれる。

 ロミ・品川は永良の若さに嫉妬し、永良は好意を寄せている揖斐の鈍感ぶりに苛立っていて、そんな永良に恋心を抱くケン・十河の純情ぶりは清冽で、何を考えているのか分からないバーブ・斉藤も頑張ったつもりの「ガンダムづくり」仕事を真正面からロミ・品川に否定されて涙に沈む。

 そんなピリリと立ったキャラクターたちによって演じられるストーリーが、面白くないなんてことはない。おまけにテーマになってる悪戯の成功や失敗が、この世知辛い世の中に風穴をあけて風通しをよくしてくれるような気がして、気持ちが浮き立ってくる。

 ラストにちょっぴり深淵な謎かけめいたものがあるけれど、それを避ければ徹頭徹尾、笑えて楽しめて溜飲もぐっと下がる楽しい物語。真面目さとか、堅苦しさとか深さとかいったスタイルを吹き飛ばすべく、森博嗣によって仕掛けられた悪戯と思って、読んで笑って転げてみては、どう?


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