酔いどれジラルド かつての英雄と押しかけ嫁

 国を守る戦争で大活躍した一騎当千の強者を、もう用済みだからと中央から遠ざけ、辺境に左遷してそこで7年もの間塩漬けにして、酒浸りのぐうたらに貶めてしまうことが、国にとって果たして賢いやり方かと問われれば違うと言えなくもないけれど、戦いしか知らず礼儀作法もなっておらず、歩けば血と硝煙の匂いが漂いだしてきそうな猛者が、平時となった街にいては人々が落ち着かないといった意見もあって、一概に間違っているとは言いづらい。

 ただ、決し粗野とはいえない若者が、軍事で挙げた名声を土台にして権勢を持ち始めると厄介だと考えた大人たちが、中央から遠ざけ辺境で飼い殺しにするのは歴史の上でも物語の上でも割とよくある話。ジラルドという魔術によって炎を放ち数千の兵士を屠り、数十万もの大群を足止めにした英雄の場合は、王女と親しい関係にあったことも宰相や将軍を怖れさせ、遠い辺境にある長城の守備へと追いやられてしまった。

 戦いも終わってジラルドの力がすぐに必要とされなかったことも、彼を塩漬けにしたままでいられた理由だろうか。あるいは隣国が攻めてきたとしても、将軍も宰相も自分たちの権勢を削がれることを怖れてジラルドを呼び戻そうとしなかったかもしれない。そんな莫迦なことがと思われそうだけれど、権力の甘い蜜はそれほどまでに人の感覚を鈍らせ狂わせる。その地位にしがみつきたい宰相が、国を滅ぼしかけているどこかの極東の島国のように。

 それで辺境に送られ塩漬けにされたジラルドにとってはたまったものではなく、英雄としての毅然とした姿勢を見せることを諦め、現地の若者たちを部下にしつつ酒ばかり飲んで過ごしていた。あまりの仕打ちに怒り心頭となって反乱を起こし、実権を奪おうとしないところは真面目な人間と言えるかもしれない。だから将軍や宰相に怖れられつつ軽んじられ、左遷を言い渡されたのだろう。人間、時に怒りを示しておくことも必要なのかもしれない。

 そんなジラルドという25歳の騎士を主人公にした三島千廣の「酔いどれジラルド かつての英雄と押しかけ嫁」(ノベルゼロ、680円)では、タイトル通りにジラルドの元へと父親がユリーシャとう少女を連れて都からやって来て、ジラルドの嫁だと言ってそのまま置いて帰ってしまったから困ったというか驚いたというか。

 とくに女色が激しい訳ではないジラルドは、現地で配下についたハンナという少女すら持てあましていたから、背も高いユリーシャという少女に押しかけられてはメイド服姿で身の回りの世話をされ、愛飲していた酒もとられて怒りたくても怒りのもって行き場がない。そんな感じにドタバタとしていたとこに浮かんで来たのが国を侵略しようとする敵の影。そこで村など見捨てて逃げればいいものを、やはぱり根が真面目なのかジラルドはユリーシャたちを逃がし、単身で戦いに臨んだものの一旗ではいかんともしがたく、だんだんと追い込まれていく。

 もうダメか。そう思われたその時に現れたのが……といった展開はだいたい予想通り。そうした展開をもうちょっと早めに見せつつ、さらに困難に直面したところを2人とそれから村人たちも束ねてどうにかしのぎつつ、自分を追いやった王都にもリベンジを遂げるようなハードなストーリーを読みたかった気がしないでもない。

 名誉も回復されたジラルドがユリーシャと2人で王都に戻って現地妻(違うけど)のハンナはどうなるほか。ジラルドを慕って左遷された際に一緒に逃げようと言ってくれた王女は怒らないのか。そもそも王女は今どんな身の上なのか。いろいろと予想される泥沼を乗り越えていく展開が、続きがあれば読めかもしれない。

 それにしてもジラルドよりはるかに若い16歳にしてジラルドくらいの一騎当千ぶりを発揮していた女騎士をあっさりと退役させ、ジラルドの嫁になるのを認めてしまう軍政の抜けっぷりも気にかかる。カルロ・ゼンによる「幼女戦記」のターニャ・デグレチャフはどれだけ後方に行きたい、最前線を離れたいと願ってもその能力が買われてずっと最前線に塩漬けなのに。

 適材適所なき組織は国でも会社でも滅びるだけ。そして“復帰”したジラルドとユリーシャが適所で活躍すればロムレス王国も安泰だ。違えば? そちらもそちらで能力を持てあまし気味に夫婦でむつみ合い反目もする2人を見てみたい気がする。きっと面白いに違いないから。


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