予言の経済学1 巫女姫と転生商人の異世界災害対策

 歴史を学んでいる現代人が異世界に飛んだとしても、過去に飛ぶのとは違ってそこから起こる事態は歴史の知識にないことで、未然に防いで英雄呼ばわりされることはなさそうだ。ただ、歴史上の出来事を教訓として理解し活用していくことで、幾度も繰り返されるような失敗を防ぐことは可能だろう。

 それが戦争史のような知識だったらなおさらで、歴史上のさまざまな戦場における戦術を目前の状況にあてはめ勝利をつかむことは可能だし、もっと大きく戦略レベルで国家間の情勢にあてはめ、活用すれば常に有利に事態を運べるようになる。異世界から転生して軍師となって活躍するパターン。豪屋大介による「A君(仮)の戦争」の時代から、ひんぱんに用いられる設定。最近ではカルロ・ゼン「幼女戦記」が人気だ。

 それこそ国家をひとつ、瀬戸際から救うくらいの活躍をみせるそれらの転生・転移者と比べた時、のらふくろうの「予言の経済学1 姫巫女と転生商人の異世界災害対策」(講談社、1200円)に登場する転生・転移者は国家レベルの活躍をしたとは言いがたい。けれどもその知識と、なし得た結果から想像するに、世界を激変させるくらいの大活躍をしてのける可能性はある。

 名をリカルドというその男は、現代の大学で経済学を学んでいたけれど、3年が過ぎたあたりで机に頭を打ち、積み重なっていた書類に埋もれた衝撃か何かで異世界へと転移し、ついでに若返りというある種の転生もして商家に拾われ、育てられて現在へと至った。その途中で、元いた世界で学んだ経済の知識のみならず、養蜂の知識も使って効率的に蜂蜜を取る方法を持ちみ、高品質の量産品を作って売るような商売を始めていた。

 傍らにはミーアという名のを歩く関数電卓のような少女が助手としていて、共に街にある学校で学びつつ商売も行っていたところに厄介事が持ち上がる。高級な蜂蜜を売ってる豪商の息子がちょっかいをかけてきた。リカルドの方ではそうした妨害も見越して低級品を標榜し、価格も下げて売る逆ブランド戦略をとっていたし、豪商たちが高めた市場に割って入ることおしていなかったけれど、それでも目障りだったらしい。

 このままだと潰されるかもしれない。そんなピンチを救ってくれたのが、学校に通っているアルフィーナという名の王女さまだった。何か思惑があるかもれないと訝るリカルドだったけれど、そこは公明正大で親切な王女さまだったらしく、純粋に諍いを仲裁したかっただけで特にリカルドに恩を着せることもなかった。

 そうした言及こそが目立ちたくない主人公にとって、豪商の息子を煽ることにつながって迷惑この上ない。だからといって邪険に出来ない状況で起こったのが、アルフィーナの予言者としての仕事に不吉な影が見えたことだった。水車のある村が何者かに攻められ大変な目に遭う。そんな予言だった。

 ところが、世間はそれを信じない。隣国を刺激するからといった理由もあったし、東方では魔物が現れてはこれを退治する緊張が続いていたけれど、他はそうでもなかったから安穏としていたからでもあった。とはいえ、主人公には水車のある村は聞き捨てならない問題らしく、アルフィーナから話を聞いて当たっていたら大変なことになる可能性を考慮して動き出す。

 ここでよくある展開が、アルフィーナによる警告を受けて誰もがピンチに備えようと動き出すものだけれど、正常性バイアスもあってかその地に危機がおこるはずがないという予断があり、また王女であっても後ろ盾を持たないアルフィーナでは付き従う軍隊がおらず説得も難しい。たとえ信じたとしても、動けば国際的な問題も起こるから動けない。

 ならばとリカルドたちが、データを集め識者のお墨付きも得るという、迂遠だけれど確実な方策を打ち立てて対策に挑むという展開は、ノリと勢いと固定観念で進みやすいファンタジー世界の冒険にデータによる裏付けを与え、納得の中で動かすという合理をもたらした。もちろん直感なりひらめきも大事。あとはデータと汗という、企画立案とプレゼント実行に必須の要素が示される。

 電撃文庫から出ている長田信織の「数字で救う! 弱小国家 電卓で戦争する方法を求めよ。ただし敵は剣と火薬で武装しているものとする。」も現代の世界から異世界へと転移した青年が、持てる数学の知識を活かしてお姫さまをサポートし、国の危機を救うというものだった。羊山十一郎による「PUFF パイは異世界を救う」(星海社FICTIONS)はおっぱいパブという現代ならではの風俗を、異世界に持ち込み繁盛させる展開だった。

 いずれも、ファンタジー世界に現代の合理と功利を持ち込んで、システムを変えてそこに商売の種を芽吹かせ大きくするというもの。マヨネーズの作り方を持ちこんで異世界の食生活を変えてしまうポップなファンタジーも含めて、軍事によらず現代の知識や経験が異世界でも大きく意味つような物語は描けるし、それが面白さを発揮する。今はまだ、魔物の大発生を未然に防いだだけに過ぎない「予言の経済学」だけれど、それが国家レベルで活用された時にリカルドにどれだけの可能性が生まれ、世界がどう変革されていくのか。続きが気になって仕方が無い。


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