The dishes of darknes
やみなべの陰謀

 タイトルに期待して読むんだったら田中哲弥の「やみなべの陰謀」(電撃文庫、510円)は大はずれ。5つの短編を読んだところで、全銀河(およそ1250億個)をその掌中に収めんとたくらむ悪の帝王「ヤンミ・ナ・ベー」から、偶然にも巨大ロボットの運転を任される羽目となった女子高生(超巨乳)とか、3億5000万年前に栄えた古代文明(なんてあったのか?)の記憶を受け継ぐ少年とかが、この地球を守る話には全然ならない。

 だからと言って「だったらエエわ」と手にも取らないあなたは絶対に損をしている。それは1人遅れたばっかりに、自動販売機のルーレットで当たりを逃したくらいの損だろう。えっ安すぎる? でもでもだってここ10年、自販機のルーレットで当たった経験なんてないんですよ。まあそれは稀なる事柄の例えだとして、少なくとも公衆電話の横で雑誌懸賞でしか当たらないアニメキャラのテレカ(13度使用)を拾うくらいの幸運には、巡り会えるから安心して「やみなべの陰謀」を手に取ろう。それでも違うと怒るなら文句は著者に。

 舞台となるのはどこだっけ。まあ順に5つの短編をたどっていけば1話目の「千両箱とアロハシャツ」は現代が舞台ってことになる。養鶏場でアルバイトをする大学生の栗原君のアパートに、2メートルはあろうかという坊主頭のアロハシャツ着た大男が、1枚抜けて999枚の小判が入った千両箱を持って現れた。添えられた半紙に「正シキ事ノタメ」と書かれてあって「毛利新蔵」の署名があっても、なにがなんだか解らない。そんなこんなで伝説の剣客「毛利新蔵」の生家を訪ねたり、千両箱をめぐるあれやこれやのドタバタの後で、再び2メートルのアロハ坊主が今度は2億円の入ったスーツケースを持って現れ、とりあえずは第1編の幕となる、チョン。

 で第2話。「ラプソディ・イン・ブルー」はタイトルどおりに哀愁いっぱいのラブロマンス、では全然ないけどラブストーリーであることには間違いない。舞台はやっぱり現代。たぶん前と同じ栗原くんの、今度は学校生活を巡るドタバタがそこでは演じられる。なぜか栗原くんにつきまとっている不細工なトランペット吹きの大村井くんと、2人で入った喫茶店で見かけた美少女に栗原くんが一目惚れ。けれども惑乱する記憶のなかで大村井くんはうまいこと美少女の電話番号を聞き出し、栗原くんは美少女の連れの、例えられた牛も逃げ出す容貌の”女大村井”につきまとわれる羽目となる。

 でもって散々な目にあった後で、ちゃんとオチはダブルにハッピーエンドなところは独立した短編としても十分なだけの内容だ。それなら第1話だって説明不足かもしれないけれど、非日常的な状況に突如おかれた少年のドギマギする様を描いたシュールなユーモア短編と読めないこともない。だがしかし、第3話目の「秘剣神隠し」を読んだあたりから、これまでの話が細いけれども糸みたいなもので繋がっていて、これからの話にもきっとなにかの仕掛けがあるんじゃないかってことが解って来る。

 話は遡って江戸時代。城詰めの武士で勘定方、つまりはえっと経理部あたりに務めている吉岡信次郎に、剣の師匠が秘剣を伝授するから1両を池の水面に投げよと言う。職場にあった千両箱からちょっと1枚借り出して、池へと投げた信次郎の前で消えてしまった1両が、ただ消えた訳でないことは後に解るからそのまま読もう。

 悲劇で終わる第3話から、一転して近未来へと舞台を移した第4話。日本を席巻した「大阪」の支配下で、あらゆる人がどんな場面でも「ギャグ」に生き、「下品」に振る舞わなくてはならない閉塞感(なの?)が描かれる。そして第5話。すべてが明らかとなって5つの短編が1本の線でつながり、悲劇は跡形もなく消えてそこには安寧を取り戻した宇宙が広がる。

 ってことはやっぱり「やみなべの陰謀」から世界を守った話なの? と聞かれてウームとうなる読者はやっぱり多いと思うが、あるいはこう見たらどうだろう。真横から見た形の端は薄く中央部がドデンと膨らんだ「土鍋」を「銀河」に例え、その安寧を崩さんとたくらむ高次な意識体が「銀河」を暗黒の「やみなべ」へ変んとたくらんだ「陰謀」が、別の秩序を重んじる高次な意識体によって阻止された話なんだ、とか。1250億個の土鍋もとい銀河の浮かぶ宇宙だもの、人智なんて遠く及ばない不思議な出来事だって起こるわな。

 そんな深慮遠謀があったか無かったかはともかくとして、バラバラの時間と空間に散りばめたエピソードを紡いで1つの物語を醸し出す、そのアイディアの広さ深さは過去に幾千幾万も書かれたSF・ミステリー・アドベンチャーに劣る所など微塵もない。かつ各エピソードで紡ぎ出される言葉遣いの妙たるや、過去に幾万幾億も書かれた落語・漫才・コントをも上回って余りある。第4話なんてアイディアだけで軽く「疑似日本史」の長編1本は書けてしまうだろう。

 アイディアばかりではない。第1話に登場する不思議な過去を秘めたおっさん「ドブさん」と言い、第2話の不細工で口は悪いけど純情な「大村井くん」と言い、そして世界を「大阪」に埋め尽くさんとたくらんだ「村安府知事」といい、描けばそれだけで1編の物語が作れる個性豊かなキャラクターたちを惜しげもなく使い捨て、世界に秩序を安寧をもたらす素敵な物語に仕立て上げた、その贅沢さに読んで酔え。コラコラ吐いたらあかんがな。


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