をとめ模様、スパイ日和

 元漫画家にして難病に苦しみながらも小説家として再デビューという、話題のカタマリのような石岡琉衣の「白馬に乗られた王子様」(産業編集センター、1200円)と同時に、ボイルドエッグズ新人賞を受賞した徳永圭の「をとめ模様、スパイ日和」(産業編集センター、1200円)。一般へとアピールするフックの数でハンディを追いながらも、中身はしっかりと受賞作。1度読んだら忘れられなくなるくらいの強さ面白さを秘めている。

 舞台は愛知県の三河あたりか。それだけで愛知県に関わる人間は大喜び。東と西のどのあたりかは不明ながらも、そんな三河にある宅配便業者のコールセンターで働きながら、漫画家を目指して雑誌の月例コンテストに応募している女性が主人公。腕はなかなかでBクラスまでは行くものの、もう1歩抜け出てプロに近付けるAクラスに入り、担当がついてデビューとはいかない寸止め状態におかれている。

 いったいプロになれるのか。それともなれないのか。書き手としての徳永圭はそこで筆を折るというか、画材を全部処分して漫画家への道を断ってしまったが、主人公はまだまだやる気だけはあるようで、未来に懊悩しつつそれでも描き続ける。その日も漫画を描いてコンビニへと持っていき、配送してもらおうとしていたところに、中年男性にぶつかって袋から漫画の原稿が溢れてしまった。

 それは見られて恥ずかしい品。もっともそこは一期一会、気にしないのが一番と思っていたら、その中年男性が何とコールセンターのセンター長が病気で入院した代わりに派遣されてきた、代理のセンター長だったから驚いた。

 きっとバレた、恥ずかしい少女漫画描きの趣味がバレてしまったと怯えた主人公だったけれども、それを材料にして脅すようなこともなく、むしろ気付いてすらいないような雰囲気を持って、代理のセンター長はお気楽そうに席につき、忙しい日には電話を取って応対するような、前のセンター長が見せなかった仕事ぶりも見せてはコールセンターの面々から存在を認められていく。

 わけてもお局様っぽい女性は主人公たちに命じて後を付けさせ住所とかを割り出そうとしたものの、途中で目を離した隙にいなくなってしまったから驚いた。それは単なる見間違いか。悩みつつ納得しつつ主人公の女性が仕事をしている最中、その代理センター長が彼女に向かって漫画を描いていることを知っているようなセリフをはいた。なんだそりゃ。しっかりバレていたじゃないですか。

 おまけに自分はスパイだとも打ち明ける代理のセンター長。なんなんだそりゃ。訳のわからないまま不思議な気分を味わいながらも、主人公は漫画を描き、東京の出版社へと持ち込みに行っては、散々と厳しいことを言われつつそ、れでも描く意味を見いだし、最後にはどうにか手がかりを得る。この辺りの持ち込み時のやりとりには、筆者の経験も存分に生かされている模様。いつか持ち込みをと思っている人は、読んで損なくむしろ為になるはずだ。

 そして物語はハッピーエンド、かと思ったのもつかの間、その代理センター長のさらに不思議な存在感が浮かび上がるというどんでん返し。そこから展開は、とりたてて謎を解き明かすようには向かわないけれども、平凡な日常にちょろっとまぶされたスパイスが、惰性に陥りかけていた女性の人生をぴりっとさせ、日常をぐるりと変えていく展開には、平凡に沈むよりも、好奇心に向かって突き進む気持ち良さを感じさせられる。

 巻末には主人公の女性が描いた漫画の原案めいた短編も収録。軽くまとまってそして人生についても考えさせられ、作者への興味も浮かぶ1冊。この主人公と同じように作者にもふたたび漫画の道を歩んで欲しいという気もするけれど、何せすべての道具を捨ててしまったというから先は大変。むしろこれだけの物語を紡げる力を物語そのものへとぶつけて、次なる不思議で愉快で胸が暖まるも作品を、送り出してもらえればこれ幸い。舞台は今度は是非に名古屋で。


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