宇宙ヤバイ 〜セカイが滅ぶ5秒前〜

 「ラ」はライトノベルヤバイの「ラ」。

 なんて言葉はないけれども、そのライトノベルがヤバイのは紛う事なき事実であって、読めば余りのヤバさに脳味噌が捻転して頭蓋骨が破裂し、地球が縮退崩壊して宇宙が爆発四散することは間違いない。

 何がどうヤバイかといえば、例えばコードウェイナー菫とか州谷州わふれむといった名前を持った美少女が登場する。分かる人には分かる元ネタ。けれども分からない人には何でそんな奇妙な名前なのかがピンと来ない。

 あるいは生きているスマート爆弾というのが出てきて、爆発する前に「……もっと生きたかった」と呟く。まるで意味不明。何でもその爆弾は代々続く爆弾の家系の125代目で、戦場へと出稼ぎに出て大過なく過ごせば、家族の元に戻って126代目を作ることもできたのが、爆弾本来の仕事が巡ってきて、その命を散らすハメになった。やっぱり意味が分からない。

 そもそもが、主人公の久遠空也という名の少年からして存在が意味不明。下校途中の通学路を歩いていたら、いきなりヌル香こと非数値无香という同じ学校に通う従姉妹の少女が「……で、どうするんですか?」と聞いてきた。見上げるとそこには直径が400キロもある巨大な隕石。地球へと、というより少年の頭上へと迫ってあと30秒で激突するという時に、真顔で「どうするんですか」と聞かれて、何か答えられるような人間はいない。普通なら。

 空也もだから戸惑って、「どうしろってんだよ」と恐れ怒り叫んだら、ヌル香は「どうにかできるでしょう?」と返して来た。どういうことだ? ただの高校生にいったい何ができるのか? その場面では何もできないまま「そうですか」とばかりに隕石が激突して、地球は四散し物語は1巻きの終わり、わずか6ページで……ということになってしまったけれど、そこはヤバイことこの上ないライトベル。気がつくと空也は普通に寝起きしていて、世界はまだ終わってはいなかった。

 そして、部屋にはヌル香がいた。なおかつ空也のことをクー・クブリスと呼び、本当は星間諜報組織<偵察局>のエージェントで、そしてヌル香は偵察戦<ヌルポイント>なんだと明かした。無慈悲な列強種族を相手に戦っていたクー・クブリスは、追いつめられたところで、膨大なエネルギーを使いつつ世界線混淆機を使用して敵から逃れたものの、その影響で記憶を失い高校生となり、船の形を維持できず人間の形を取ったヌル香を従姉妹とする状況下で暮らしていた。

 それでも迫る敵の手が、遂に隕石を落としてきたことからヌル香は動いて、空也の時間をいったん時間を巻き戻した。そこから空也は、未だ記憶を取り戻せないまま、次から次へと襲ってくる敵を相手に、ヌル香とともに戦うというか逃げ回るというか、そんな非日常的な出来事に直面する羽目となる。

 次から次へと繰り出される奇抜なガジェットにアイディアたち。姿を見えないようにしている謎の暗殺者が現れ空也の命を狙うは、その巻き添えになって幼なじみという設定の少女が死んでしまうは、その結果として少女の腹の中になぜかあったブラックホールが暴走して、地球も宇宙も飲み込もうとするは、それと止めようとして空也は世界線を動かそうとして一悶着あるはと、ページをめくるたびに驚きの展開が待っている。

 そんな驚きをまるで知らぬ顔と、ヌル香は状況を淡々と説明し、持っている知識を与えて空也を戦いの場へと引きずり込んでいく。近所の店で材料を買わせ、おしゃれなカフェに持ち込ませ、ご自由におつかい下さいと書かれたコンセントを利用してミシンを踏ませハンダ付けをさせては、手にはめるガントレットタイプの武器とか、ヌル香がオフ会に着ていくドレスを空也に作らせる。何だドレスって。

 家に帰れば見知らぬ少女が「おにいちゃん」と迫ってきて、ヌル香はそれを妹型生物と見抜くものの撃退できず、空也とヌル香は捕らえられて宇宙へと送られ、そこで世界線を動かした影響で凶暴な顔立ちに変貌してしまった宇宙の一族の怨みを晴らされようとするものの、手にした斥力ガントレットを使い敵をあっさりと壊滅する。

 血まみれになった敵は見たくないという気持ちにこたえて、見た目を花やらモザイクやらに変えるテキスチャがついているのは心に優しいというか。でも潰す訳だからやっぱり残酷というか。そんなアイディアが連発された上に、やっぱり落ちてきた隕石を、ある方法で完全に消し去り、地上に建設されていた軌道エレベーターも綺麗に消滅させたりする展開が、ちゃんと伏線を踏まえて描かれる。

 もう何が何だか分からない。分からないけれども何となく、これでもかとアイディアをぶつけて圧倒しようとする書き手の情熱と、どこへと向かうか分からない展開の凄まじさだけは伝わってくる。読み始めればそんな展開の妙と、アイディアの多彩さ、キャラクターたちの言動の滅茶苦茶さを楽しめる。

 クー・クブリスの上司のはずが幼女にされてしまったコードウェイナー菫が、さらに小熊にされたり着ぐるみを着せられたりという蹂躙されぶり、そんな菫を暖かく見守る州谷州わふれむという少女の微笑みも実に愉快。本当は2人はどんな存在だったのだろうか。もはや知る由もなく、知りたくもないけれど。なぜって十分に可愛いから。

 理屈を考えるより、ただひたすらにアイディアの雨とガジェットの嵐を浴びせられ、その妙を感じ取って楽しむべき物語。それが宮澤伊織の「ウは宇宙ヤバイのウ! 〜セカイが滅ぶ5秒前〜」(一迅社文庫、638円)。読めばこの世に起こり得ないことなんてないと思えてくるだろう。本当はいっぱいあるけれど。それが現実。だからこそ読むのだ。理想を越えて滅茶苦茶な世界が存分い描かれた、ヤバイことこの上ないこのライトノベルを。


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