うつろ  ぶね
虚 船大江戸攻防珍奇談

 「素晴らしい新人作家を紹介いたします」。

 って別に出版社の回し者でもなければ新人賞の選考委員を下読みも含めてやっている訳ではないけれど、何か未来を感じさせる(すでに死語となった流行言葉でいえば「ビビビビッときた」、かな)新しい書き手に出会った時の言葉しちゃあ、これほど適当な(いい加減って意味じゃないよ)な言葉はないんじゃないだろか。もちろん言う以上は「つまらなかったらどうしてくれる」って反論への責任もかかってくるけれど、それを負ってもなお「だって面白いんだもん」と言い切れる書き手には、やっぱり何度でも同じ言葉を贈るだろうね。そう「素晴らしい新人作家を紹介します」って。

 実はこの言葉はただの受け売りで、本物は朝日ソノラマが実施した「第2回文庫大賞」に見事大賞として輝いた松浦秀昭さんの「虚船(うつろぶね) 大江戸攻防珍奇談」(530円)の巻末に付けられた、選考委員の1人であるところの森下一仁さんの言葉をそのままに引いただけの事なんだけど、その文章の冒頭とそして結尾の2カ所で敢えて、「素晴らしい新人作家を紹介いたします」と繰り返し言うだけの事は確かにあって、受け売りとしてではなく自身の心底からの言葉として、今ここに書き記しても一向に構わないんじゃないかと思っている。「つまらなかったから金返せ」と言われるとちょっとフトコロ具合が辛いけど、100部くらいなら〆ても5万3000円だから、引き取って面白がってくれそうな人にタダで配っても良いかもね。ねえそうでしょう、森下さん?

 なんでそこまで言うかと問われれば、だってこの作者愛知県人なんだもんと、郷土愛もバリバリな答えを返してしまうけど、それはおいても設定の面白さお話の転がし方余韻の残し方のどれをとってもとてもこれがデビュー作の新人とは思えない達者さで、ソノラマ文庫にしては分厚い300ページを息をもつかせぬ勢いで読ませてくれる。まあそこかしこに無理筋な設定もあるけれど、そこはそれエンターテインメントの常道であるところの「お約束」であり「ご都合主義」の1つだと思って戴いて、まずはその世界に皆さんどっぷりと浸ってやって下さいな。

 さても本書の舞台は、サブタイトルにもあるように江戸時代もおそらくは中期以降の、合戦の世もすでに過去となった泰平に溺れる江戸の町。武士は戦を忘れて政治にうつつを抜かし、一方で町人たちは春本を楽しみ食い道楽に走り相撲だ芝居だと独自の文化に親しんでいた。けれども実はそんな泰平の世をゆるがす恐るべき敵が、日本のそこかしこに出没しては様々な悪さを働いていたのだった。そう敵の名前は「虚船(うつろぶね)」。博多独楽のような形をしては空中を自由に飛び回り、降りては牛や馬や人間を切り刻み内蔵を抜く(きゃとるみゅーてぃーしょん)という不埒な悪行三昧で、心有る人々を震撼ならしめひそかに対抗する術をとらせていた。それが通称「青奉行」と呼ばれる一段を組織することだったのだ(じゃーん!)。

 なんてったってこの青奉行、善の「虚船」(「虚船」にも良いのと悪いのがあるみたい)から降りてきたまるでイケイケギャル(死語)な女性タイプの生物から、様々な知識を授かった素浪人を筆頭与力に、ロケットは作るロボットは作るレーダーは作るけど奇人にして変人の発明王、はるか戦国の世を想い常に戦に備えて鎧兜に身を固め、挙げ句に熱さ重さに耐えきれず、3日に1度はダウンするという砦の長、そして食堂のメニューの頭から順に品物を頼み食べ続け、それを調子が悪くても2周り、良ければ5周りも10周りも繰り返す食道楽の支配を上に仰いだ強烈な組織。幕府から出る金も潤沢で、ために別の勘定奉行やら火付け盗賊改めからは疎まれたりもするけれど、各地に出没しては悪さを繰り返す「虚船」に対抗するにはこの組織しかないのだと、半ば強引に認めさせてしまっていた。

 そして何よりこの青奉行の最大の特徴は、現場を仕切る「奉行」が実に何とまあ・・・・と言ったら面白味がちょっとだけ減殺されるから言わないけれど、表紙を見れば一目瞭然ヤングアダルトの「お約束」に従っても至極当然の展開で、そこいらあたりにややもすれば無理筋を覚える人もいるかもしれないけれど、繰り返し「面白いからいーじゃん」と言って納得して戴こう。「可愛いからいーじゃん」ってのもあるけれど。いやほんと、いのまたむつみさん描くとこのこの青奉行様の可愛いことといったら、まんまフィギュアにして愛でなでまわしたい気分ですね。とくに6連発のガンを持ち(江戸時代にんなもんあったのか)、「虚船」の部品で作った手甲脚絆に身を固めた、おそらくは「イリア」か「時空戦士魅鬼」って格好の青奉行様さま様を。

 ほかにも猿の市朗が操縦するロケットミサイルに、蒸気の力で動く巨大な大仏様と、絵にしてさらにはアニメとしても見てみたいガジェットのオン・パレードがエンターテインメント命な魂の心地よく、だからどうして江戸時代にってないちゃもんを軽くかーるくフンサイし、とにかくラストまでを一気に連れていってくれるから、ムズカシイことを考えて眠くなるなんてことは絶対にないとここに断言してしまおう。何ってたってラストが良い。大バトルを経て公方様から幕閣のすべてにその存在を認めさせた「青奉行」のリーダーが、次なる戦いの場を城で持つは尾張名古屋に選んだ事に、あるいは「虚船」に挑む双胴の金の鯱(しゃちほこ)型をした天船なんて想像をかきたてられる。それとも大須観音と笠寺観音のタッグによる大決戦とか。

 もちろんそんな想像が現実の物となるためには、このデビュー作が売れに売れて「だったら続編もいーんじゃない」って結構厳しいソノラマ文庫の編集諸氏を納得させる事が必要不可欠なんだけど、現役のSF作家をして「素晴らしい新人作家を紹介いたします」と繰り返し言わせる力量だもの、あんまり心配はしていない。余韻の残し方からおそらくは既に続編の構想もたっぷりなんだと思われるから、後はちゃっちゃと書き上げてさっさと上梓して頂ける日を、今や遅しと待ちわびるだけだと信じてます。あんまり助けにはならないけれど、ここでしつこいくらいにこの言葉で締めくくって、次への期待といたしましょう。

 「素晴らしい新人作家を紹介いたします」。


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