一角獣奇譚
うしろのしょうめんだあれ
 鳳来寺山のふもとに大学の合宿所があった関係で、新城市には買い出しなどによく行った。大きなスーパーがあり、広いバイパスが通っていて、そこだけ見ていればごく普通の小さな街という印象しか受けないが、交通渋滞に巻き込まれるのを覚悟で旧道に入ると、古い街並みと折れ曲がって抜けにくくなった道の名残が今もあって、新城が古くからの城下町であったことを、思い出させてくれた。

 新城からほど遠くない長篠という場所で、歴史的な合戦が行われた。武田の騎馬軍団を、織田信長率いる3段構えの鉄砲隊が粉砕した世に言う「長篠の合戦」が行われた場所。そう聞くと、とりたてて歴史に詳しくない人でも、あるいは愛知県に何の縁もない人でも、愛知県の片田舎に過ぎなかった新城市への興味が、ちょっとだけ湧いて来たと思う。

 重ねて言うなら、この新城市は甲斐の武田、駿河の今川、三河の松平、そしてその背後から迫る尾張の織田といった強大な勢力がぶつかり合った、戦国史の上でも重要な意味を持つ場所だったらしい。合戦にまつわる悲惨な話も数多い。記憶では、篭城していた城を抜け出して援軍を要請し、城に戻ろうとした武士が取りまいていた敵方に捕まり、「援軍は来ない」といえば助けてやると言われたのにも関わらず、「援軍は来る」と叫んで逆さ磔にされたエピソードも、たしか新城市周辺が舞台だった。

 焼かれる城、蹂躙される領民たち。戦国時代ならどこでも見られた光景なのかもしれないが、こういった歴史的背景、地理的条件を持つ新城市だけに、ことさらに悲劇の舞台として人々の興味を惹き、そして伝奇作者の創作意欲をくすぐるのだろう。秋月達郎は確かに愛知県出身だが、半田市は奥三河より遥か遠い知多半島の付け根にあって、雰囲気も環境もまるで違う。それでも新城市を舞台とした「一角獣奇譚 うしろのしょうめんだあれ」(小学館キャンバス文庫、543円)を書いたのは、愛知県出身という親近感よりは、新城市という場所が発している、ある種の「オーラ」に惹かれたからではないだろうか。

 はじまりは東京。松浦夏生と篠沢葉子は幼なじみで学校もずっといっしょだった。だが高校を卒業する春、短大への進学を決めていた夏生に対して、葉子は画家である父親が創作のために引きこもる新城市の生家に、いっしょに付いていくと言い出した。家事がなにも出来ない父親には、自分がいないと駄目だといい、創作が終わる1年後に、4大で進学するための勉強を、新城市にいながらするのだと夏生に説明した。

 葉子を新城市に向かって送り出す日、夏生は葉子を姿を夢に見た。「かごめかごめ」の歌声が響く銀座の街並みの中、子供たちに混じってひとり葉子が輪の中心に立ち、夏生に向かってこう言った。「・・・・次の番は・・・・あなたよ」。そのままくるりと向きを変え、晴海通りを月島方面に向かって去って行く葉子の後に、いつしか甲冑を身につけた大勢の鎧武者が現れて、敗残の途のように血を流しながら歩いていた。

 そして夏生は、その中にひときわ美しい毛並みの馬を見た。若々しい鎧武者が乗ったその馬は、額がまぶしく輝き、その光の中に一本の角が生えていた。おもむろに武者は馬の額の角に手をやり、引き抜いて口元に寄せて吹き始めた。角はいつしか笛へと変わり、美しい音色を辺りに響きわたらせた。軍勢はそのまま燃え盛る炎に身を投じ、夏生は行ってはいけないと叫んだところで目を覚ました。

 新城市に落ちついた葉子から、間もなく奇妙な手紙が舞い込み始める。住んでいる家に父親と自分以外の誰かがいる。夜になると錫杖の音が聞こえ、光が舞うのが見える。心配になった夏生は、ボーイフレンドで歴史と超常現象に詳しい小柳津保に相談するが、その保のところにも、葉子からの手紙が届き、夏生に当てた手紙から伺われた気丈な葉子の姿とは違った、恐怖に脅えて小柳津に助けを求める悲痛な叫びがしたためられていた。

 親友の一大事に新城市へと向かう夏生と保は、父親から葉子が突然失踪したことを知らされる。女が政略に使われた戦国時代につきものの、女と男の哀しい恋の物語が、時を超えて葉子と夏生の身にふりかかる。「かごめかごめ」の歌にこめられた戦国女性の恨みや哀しみを癒し、その恨みや哀しみに捕らえられた葉子を救うことができるのは、一角を持った麒麟の角から作られた笛の音色だけだった。

 親友だと思っていた葉子が、自分のボーイフレンドの保にだけは弱いところを見せたことに、夏生は恋愛感情を感じとって葛藤するが、やがて葉子がすべてにおいて見せていた気丈さが、実は本当の気持ちを言えない弱さの裏返しであったことに気付く。理知的で冷静で、いつもお姉さん然とふるまっていた葉子と、そんな葉子に妹のよう付き従っていた夏生との関係が、春の夜の不思議な出来事を経て、葉子は自分の弱さを克服し、夏生は自分の強さを感じとって、より深くお互いを知り合った、新しい関係へと進んで行く。戦国時代の悲恋の成就を、現代の少女たちの成長と結びつけて描いたところに、秋月達郎の物語作りのうまさを感じる。

 一角獣つまりはユニコーンに惹かれた秋月達郎は、前作「一角獣奇譚 彼方へ」(小学館キャンバス文庫、456円)で、スコットランドを舞台にした少女とユニコーンの心の交流を描いている。いわゆる西洋ファンタジーの現代への適用が狙いかと思っていたシリーズが、シリーズ二作目でいきなり愛知県の山間の街を舞台とした伝奇物語へと変貌を遂げたことに、とくに前作が好きだった人など、きっととまどうことだろう。

 だが東洋の竜が西洋ではドラゴンとして伝承の中に現れるように、また鳳凰がフェニックスとして語り継がれるように、一角獣つまりはユニコーンも、世界中の歴史に立ち現れては何かしらの伝承を残している。完結することなく溜め置かれた幾編かの一角獣の物語が、どの時代のどの場所に生きた一角獣を描いた者かは解らないが、今はそれらが早く世に出ることを願い、そのために前作「彼方へ」と、この「うしろのしょうめんだあれ」が、広く世間の感心を呼ぶことを強く強く期待する。


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