裏平安霊異記 乱寛太鬼密行

 自意識過剰なヒーローは、ともすれば暑苦しい感じを周囲に与えて、かえって嫌われてしまうものだが、なかには自意識が宇宙を覆い尽くすほどに膨張していも、許されるケースがある。それはヒーローが類希なる実力の持ち主で、かつ類希なる美貌の持ち主だった場合だ。

 過去にそんなヒーローが1人だけいた。サイコダイバー・毒島獣太。夢枕獏の小説「サイコダーバーシリーズ」に登場する主人公の1人だ。鍛えられた2メートルの長身を、超一流のスーツで包み、ピアノを弾けばプロをもしのぐ腕前を発揮、仕事にかかれば1度の失敗もない。ギリシア彫刻をもしのぐその美貌から発せられる言葉が、たとえ自画自賛と悪態と下品な四文字熟語のオンパレードだったとしても、読者は彼をヒーローと認め、彼の活躍に胸躍らせる。

 さて、ここに新しいヒーローが登場した。名前は乱寛太(らん・かんた)という。神護一美の「裏平安霊異記 乱寛太鬼密行」(ソノラマ文庫、560円)の主人公。身長は1メートル85センチ、体重は95キロ。「少しウエーブのかかった長めの髪を無造作に後ろに流しており、その顔だちがどことなく、かのジェームズ・ディーンに似ていると女どもから言われてしまい、迷惑している」と自称するあたりは、毒島獣太に負けない、なかなかの自意識過剰ぶりだ。

 ヤング・アダルトの小説に登場するヒーローにしては、28歳という年齢は、やや薹(とう)が立っているような気がしないでもないが、ぎりぎり許される範囲ではないだろうか。ならば坊主という職業はどうだろう。天暁宗雑派密教に属する貫正寺の跡取り息子で、裏に回れば自称「鬼力」を発揮して、妖怪退治なんぞを請け負って小遣い稼ぎをしている。一種の拝み坊主と言って良い。

 実力は未知数。なにせこの「裏平安霊異記」が、彼の活躍を記録した最初の小説なのだ。彼の自意識過剰ぶりが許せるか許せないか、彼がヒーローに値するかしないか。それは読者が判断してほしい。

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 小遣い稼ぎを終えたばかりで、年末の資金が出来たとほくほく顔だった乱寛太を、彼が唯一(パブロフの犬的に)おそれる父親・乱人生が呼びつけて、京都市南部にある邸宅に化け物退治に行けと命じる。ショッキングピンクの(自称)上品で美しい法衣をぞろりと着流し、新幹線で京都に向かった寛太が、依頼主の夫人から聞いたのは、夜な夜な妖怪が出現して、家人を脅かすという話だった。

 泊まり込みで様子を見ていた2日目の夜。乱寛太は白装束をまとった奴に率いらた、ろくろ首やから笠や、餓鬼や火の玉の集団を見る。家の壁の抜けて現れた妖怪の一団は、そのまま連れだって夜の京都の街へと消えていった。後を追おうとした次の瞬間、壁から妖怪の一団を追って現れた美女に姿を気取られ、女は寛太に「あ・べ・さ・・・」と言い残して壁に消えた。

 それから6日後、再び出現した妖怪の一団と一戦を交え、リーダー格の男・破殺を撃退したものの、寛太自身も電撃を食らって倒れてしまう。さらにもう一度、破殺の仕掛けを降りほどいて反撃までした寛太だったが、年が明けた正月二日、気の抜けていた瞬間を襲われて、彼らが「裏平安」と呼ぶ世界へと引きずり込まれてしまった。

 「裏平安」。それは妖怪と人間との対立が激しさを増した平安時代に、妖怪の代表者である法龍と、稀代の陰陽師・安倍晴明とが力を合わせて作った、妖怪だけが住む都だった。危機一髪の寛太を救った、いつか壁から現れた女・夜風と、その姉で「裏平安」を取り仕切る八本腕の美女・かがり火の話によると、南の門を出れば北の門から中に入ってしまい、東を出れば西から入る、閉じられた空間「裏平安」で、安寧を得ていたはずの妖怪たちのなかに、破殺という男が300年前に人間界から落ちて来た。

 最初は何事もなく暮らしていた破殺だったが、人間界で受けた仕打ちを忘れられずに、罪を犯して閉じこめられていた他の妖怪たちと諮って、「裏平安」の解放をもくろんだ。1000年もの間、分かれて暮らしていた人間と妖怪が再びまみえ、共倒れになることをねらったものだった。

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 結論を言ってしまえば、乱寛太は「裏平安」を護った。いや、寛太が護ったというよりは「裏平安」そのものが、誰の手によっても侵すことのできない存在だっということだ。その意味では「裏平安」を作った安倍晴明と、その上でコップの中の嵐のような諍いを繰り広げた寛太とでは、実力に大きな開きがあった。

 しかし、哀しい女の運命を知ってなお、「裏平安」の壊滅をもくろんだ破殺との最後の闘いで見せた寛太の実力は、とりあえずはヒーローとして、合格点をつけられるだけのものだったのではないだろうか。

 護符をあらかじめ地面に埋めておき、念をあててその上にいる妖怪を吹き飛ばす「リモコンで爆発する地雷みたいなもの」(76ページ)を扱う腕といい、暴走族から奪ったラッカースプレーを蛇法師に噴射して「近代兵器の勝利だ。ざまあみやがれ」(245ページ)とうそぶくふてぶてしさといい、次代のヒーローを担うにふさわしい男だと、言って良いのではないだろうか。

 甘すぎる? かもしれない。たった一度の(それも女性の力を大いに借りての)活躍だけでは、彼をただの自意識過剰か、それとも毒島獣太を越えるヒーローかを判断することは難しい。おまけに28歳の薹(とう)が立ったヒーローだ。いつまでも次の活躍を待っていたら、それこそヤング・アダルト初の30(イージュー)のヒーローが誕生してしまう。

 そこで作者の神護一美に声を大にして訴える。早く次を読ませろ。美しく実力に溢れた男の、下品で卑怯な闘いぶりをもっと見せろ。せめて乱寛太が20代のうちに、彼を真のヒーローにしてやってくれ。

 応援をよろしく。


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