アンダーグラウンドイベント東京

 デザインフェスタというイベントがあって、1994年ごろに始まって、東京ビッグサイトを会場にして開かれていて、アートからファッションから音楽からその他諸々の“表現”を、商業という場を通さないで世の中に見せられるイベントとして、参加者たちを誘い来場者の関心を呼んで、だんだんと大きくなっていった。

 まだマイナーだった作品やクリエーターが、大きくなって会社を立ち上げ商品を送り出して、大ヒットさせるようなサクセスの物語も数知れずあって、ならばとそうしたサクセスを夢みて、少なくない人たちが参加するようになって、今や1万組を超えるクリエーターがブースを構え、5万人6万といった来場者が詰めかける巨大イベントへと成長した。

 こうなって言われるのが、デザインフェスタが持っていたアンダーグラウンド的な雰囲気の希薄化というもので、体面など気にせず、周囲の視線も余所に自分自身を表現してみせることができた場にあった喧噪と猥雑の空気感が、今はずいぶんと薄れてしまった昔ほどには驚けないといった声も一部にあったりする。探せば地下芸人の出展もあるし、猥雑さを持ったデザインのグッズやファッションも並んでいたりするけれど、それを観て訝り憤る来場者がいたりするかもしれないと、これからは考えなくてはいけくなるかもしれないと、そんな可能性も浮かんでしまう。

 とはいえ、今はまだデザインフェスタでは、アンダーグランドなものも明朗健全なものも、フラットに置かれていることにあまり来場者も違和感を覚えていない、といった話を主宰と広報に携わる人たちが、フクサコアヤコ+Photo’s Gateの「アンダーグラウンドイベント東京」(芸術新聞社、2200円)という本でしている。並立の重要性を訴えるその言葉を信じるならば、デザインフェスタには小学生がブースを構えて手作りのグッズを売る一方で、セーラー服を着たおじさんが歩き回り、タトゥーやボンデージといったカルチャーに絡んだ品々が売られ、淫靡さを漂わせる映像やパフォーマンスが、白昼のビッグサイトで繰り広げられ続けるだろうし、そうであって欲しい。

 この「アンダーグラウンドイベント東京」という本は、タイトルどおりに東京近辺で行われている、アンダーグラウンドというカテゴリーに入れられそうな様々なイベントが、写真や関係者へのインタビューなどによって紹介されたもの。アメリカンコミックに似せたイラストを描いて知られるゴッホ今泉が主宰するイベントで、様々なカテゴリーの人が集まり饗宴を繰り広げるデパートメントHをはじめ、東京ゲイナイトとか東京デカダンスとかダイヤモンドカッターとかいった、セクシャルにフェティッシュなイベントが満載。海外では頻繁に行われていてカルチャーの一端を担っていると言われているアンダーグラウンドなイベントが、実は日本にも決して少なくない数存在しているんだと教えてくれる。

 そうしたイベントに並んで、このデザインフェスタであり、そして同人誌即売会のコミックマーケットが紹介されているのがこの本の面白いところで、昨今の大規模になってしまったデザインフェスタなり、新聞やテレビにも取り上げられるようになったコミックマーケットしか知らない人には、どうしてそこに並んで乗せられるんだ、デザインフェスタやコミックマーケットはアンダーグラウンドなのかといった違和感が浮かぶかもしれない。

 もっとも、成り立ちや初期の雰囲気を知る人には、アンダーグラウンドなイベントに並立してデザインフェスタやコミックマーケットが取り上げられていることが、「ああそうかあ」といった納得を含めたポジティブさで受け止められるだろう。今でこそ世界最大の同人蘇即売会としてメディアにも紹介されてるコミックマーケットだけれど、元々は止むに止まれぬ表現への思いを形にして頒布するために始まったという感じのイベントで、そこには真正面からの批評もある一方で、自分の中のもやもやとした思いを綴っていたりするものもある。いわゆる二次創作というものは著作権上のボーダーを行きつ戻りつしながら表現の自由という一線にすがり主張を貫こうとする態度でもあって、そこにはある種のアンダーグラウンド感が漂っている。

 コスプレも同種で、街中ではなかなか出来ない姿を見せられる場所としてコミックマーケットに集まり、縋る人たちが大勢いる。ジェンダーを超えて自分の中をさらけ出す人もいたりする場所は、深夜のクラブに集うアンダーグラウンドにフェティッシュな人たちと並立させて不思議はない、という判断がそこにある。とはいえ、昨今のコミックマーケットやデザインフェスタの一般化大衆化大規模化は、当初にあったそうしたアンダーグラウンドの意識を希薄化させて、好きなキャラが集まり群れ集う場所であてそれを求めて何が悪い? といった真っ直ぐな感情ばかりを表に立たせ、足元の不安定さを省みない心性を招いていたりもする。

 それはある種の必然なのかもしれないけれど、かといってマイナーだったりレジストだったりアンダーグラウンドだったりする意識を皆無にして、陽の当たる存在になるべきかというと違うような気もする。だから今、こうして並立させてとらえた視点は貴重だし、とても必要なものだと言えるだろう。それはデザインフェスタにも当てはまること。アンダーグラウンドとは何か。そしてコミックマーケットやデザインフェスタが持ち得ていたアンダーグラウンド性の意味とは何かを、改めて考えるチャンスに出来る本、なのかもしれない。

 もちろん、こちらは徹頭徹尾アンダーグラウンドを追求しているイベントの数々について、知る機会を得られる貴重な本でもある。ビジュアル的なインパクトを与えてくれるゴッホ今泉へのインタビューからデパートメントHというイベントについて知り、そこに集まる人たちの自分に謙虚で表現に貪欲な心性を感じ、自分にもどこかにあるに違いないアンダーグラウンドへの嗜好を疎まず、他を厭わないで受け入れる気持ちを育んでみるのも良いだろう。

 とはいえ、さすがにデパートメントHなり女装ニューハーフが集うプロパガンダなりトウキョウハシタナイトといったイベントに、いきなり行くのに迷うのならばまずは歌舞伎町のリアニメーションあたりから初めてみるのも良いのかも。東洋一の歓楽街ともいえる歌舞伎町でオープンスカイの元でアニソンで踊りまくる。ポップでクールでそれでいてアンダーグラウンドな空気を、割と気安く味わえる場になっていそうだから。


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