運河の果て

 選ばない人生なんてない。というより人の生は常に選ぶことで成り立っている。恋愛にしても食事にしても、進学にしても就職にしても人生のありとあらゆる場面で人間は、いくつかある枝の中から何かを選んで進んでいく。今でこそ両親は選べはしないし、生まれてくる性別も選択は不可能だが、近いか遠いかは分からない将来、性別くらいは自在に選べるような時代が来る可能性は高い。死ですらも選んで受け入れる時代になるのかもしれない。

 選ぶことは楽しい。けれども同時に苦しみも生じさせる。折々にたとえ最善だと思うものを選んだとしても、後になって失敗したと後悔することはままある。むろん失敗したとはいっても所詮は1人の人間の一生、間違えようと正しかろうと世界に大した違いが起こる訳ではなく、1人で後悔を抱え込んで死んでいけばそこで何もかもが終わってしまう。くよくよしたって無意味かもしれない。

 ただなかに、地位のある人権力を持つ人が何かを選択する場合、その選択が当人以外の人々の、それも同時代に限らず遠く未来までをも左右しかねなかったりする場合もない訳ではない。そんな場合、選び間違えた時のリアクションは1人が悩んで澄むものではなくなる。選択には半端ではないプレッシャーが伴うことになる。それすらも所詮は永劫の一瞬をぶれさせるに過ぎないと達観するのも手かもしれないが。

 神を失った人類が新しい神を探してさまよう物語「エリ・エリ」(角川春樹事務所、1900円)で小松左京賞を受賞した平谷美樹が送り出す、待望の受賞後第一作「運河の果て」(角川春樹事務所、1900円)は、人間が生きていて直面するさまざまな「選択」が時に楽しく、時に難しさに溢れているものだという命題に挑んだ物語だ。主要な登場人物は3人。このうち1人は火星の太古を探る考古学者のトシオ・イサカ・ヴァインズで、かつて火星に生まれ暮らし文明を育んだといわれる原火星人の遺跡を発掘しては、生命としての痕跡を残さなかった火星人の行き先を想像している。

 もう1人は政治家リン・ワースリー。火星以遠の外惑星宙域に存在する恒久基地や宇宙都市群で組織された自治政府「外惑星連合暫定自治区」の議員として、木星の衛星カリストの側の宇宙都市群「アヴァロン群島」の都市に住み、外惑星が地球や火星といった地上に暮らす人々の統治から抜け出るためには、木星に外殻を作ってそこに住むしかないという持論を展開しては、自立に必要な小惑星帯の鉱物採掘権の獲得に取り組んでいる。

 2人に共通しているのは、人類が宇宙に出るようになり、ナノテクノロジーなどを発達させた未来に出現した、男性にも女性にも分化できる遺伝子を持った「モラトリアム」という存在だったこと。2人とも、男でも女でも曖昧さ故に受ける差別に悩み、「モラトリアム」が自分の性別を選ぶために先達の「モラトリアム」を選んで師事する「導師」の影響なども受け、それから自らの性を「選択」して大人になった。結果、考古学者は男性となり議員は女性となって、今はそれぞれの活動に取り組んでいる。

 この2人を繋ぐのが、今はまだ男性でも女性でもないモラトリアムのアニス・ソーヤーという年少者。自己の性を「選択」するために、とりあえず考古学者のトシオを導師に選んでいっしょに火星の運河を下る旅に出たが、原火星人は宇宙へと出ていったのではないかというトシオの説を覆す、それも極めて信憑性の高い説が明らかになり、そこから火星のみならず地球も外惑星も巻き込む事態が発生して、アニスの性別「選択」のドラマの向こうに、人類全体を巻き込むスケールの大きな「選択」のドラマが立ち上がる。

 外惑星の自治をめぐる、政治的な陰謀とテロに巻き込まれたリンの活躍を描いたサスペンスタッチのドラマがある。性別の違いが生み出す時代を問わない問題への言及があり、関連して性別を超えた完全体という存在への憧憬と憎悪といった感情に関する言及がある。人類が宇宙に住むようになって発生した差別と寛容のドラマがある。遺跡だけ残した原火星人たちが果たしてどこへ行ってしまったのかを考古学者やその友人でもある別の考古学者が推論する科学と哲学のドラマがある。やがて訪れるだろうさまざまな種が宇宙に溢れ返る未来への憧憬がある。それらが絡み合いながら進んでいく構成の妙にまず感嘆。火星と木星、リンとトシオの交互に展開される探求と闘争の物語に、ページをめくる手はちょっとやそっとでは止まらない。

 そうした中から立ち上がって来る、人類全体の英知や理性を問われる「選択」のドラマに、果たして自分が同じ立場だったらどうするのだろうか。自らを律して身を引くか、自らを為にして居直るかといった自問自答を喚起され、悩みは無限に膨らみ果てしない頂点を目指す。さらに突きつけられるラストの1行「生きるために他者を退けなければならないことわりと、人類は打破できるだろうか」(331ページ)を読んだ直後に去来する、感情と理性のどちらを取るべきなのか、葛藤の果たしてどこにゆき場を求めたら良いのかといった、簡単には答えの出せない問題に、きっと誰しもが悩みもだえるだろう。

 通俗的な事件の向こうに大きな物語を立ち上がらせ、最終的に哲学的なテーマへと持っていく展開は、まさしく「小松左京賞」の受賞者が描く小説に相応しい。テラフォーミングであったりフラーレンであったり外殻都市、軌道エレベーターといった科学的な描写がふんだんにあり、整合性云々については不明ながらもおそらくはそれなりに納得の行く描写に仕上がっていると想定して、そこから紡ぎ出される未来の人類の暮らしぶりも示唆に富む。

 第一長編「エンデュミオン エンデュミオン」(角川春樹事務所、1390円)から着実に巧みになっていく筆が、これから果たしてどんな物語を生みだし、哲学的な命題をつきつけ、未来のビジョンを見せてくれるのかが今は楽しみで仕方がない。期待しよう、次もその次もそのまた次も。


積ん読パラダイスへ戻る