冷たい肌
La Pell Freda

 見世物に出そうと一つ目の国に行った二つ目の男が、逆に珍しいからと見世物にされる落語だか寓話だかが意味を持つには、一つ目と二つ目が明らかに違うもの、存在していること自体が驚くべきことなんだという前提が必要だ。一つ目だって二つ目だって同じ人間、ちょっぴり見かけが違うだけなんだという認識が広がれば、目の数が足の本数であっても彼我の差なんて気にならなくなる。

 もっとも目の数どころか肌の色、信じる宗教といったものの違いを挙げて彼我に差が、それこそ生命体と非生命体といったレベルでの差があると、強く思いたがって来たのが人間という生き物。信じる神が違うといっては戦争を起こし、肌の色が違うといっては奴隷にしては虐げたり虐げられたりを繰り返してきた。

 国際連合が出来て”人類みな兄弟”と言われた20世紀を経て訪れた21世紀。差別の意識も変わったかというと、肌の色とか宗教を理由に差をつけられるようなことは、表向きは認められなくなっている。けれどもやっぱり意識には根強く残っているようで、たとえば軍事とか経済といった理由を挙げつつ裏ではやっぱり宗教が違う、肌の色が違う、生まれた場所が違うといった理由で憎しみをぶつけ合う。

 人はどうして憎しみ合うのか。異質な存在とは分かり合うことはできないのか。スペイン人の人類学者で、これが初の長編小説というアルベール・サンチェス・ピニョルの「冷たい肌」(田澤耕訳、中央公論新社、2200円)から浮かび上がるのは、そんな人間のとてつもなく下らない、けれどもどうしても消し去れない認識への嘆きと疑いの感情だ。

 「彼女はなぜ人間ではないのか。異形なのは彼らかそれとも私たちか」。帯にこう書かれた物語は、アイルランドというイングランドによって攻撃を受け迫害にも合い続けた地域で生まれ育った青年が、絶望の果てに気象観測官となり志願して、絶海の孤島へと上陸するところから幕を開ける。

 船長と訪ねた観測小屋には誰もおらず、山上にある灯台に裸で毛むくじゃらの男が1人こもっていただけ。彼に観測官の行方を尋ねても答えず分からない。バティス・カフォーと名乗った灯台守と思われる男を残して、前任の気象観測官は海に消えたたのだろうと船長は理解し、後任となった主人公の青年を島に残して去っていく。

 かくして始まった孤島での生活で、主人公は初っ端から厳しい状況へと追い込まれる。海から現れた得体の知れない存在が、彼の眠っていた気象観測官の小屋へと襲い掛かってきたのだった。海賊か? 違った。そもそも人間かどうかすら怪しまれる”それ”は、以後も毎夜のように押し寄せてきては、主人公の青年を襲い灯台に暮らすカフォーも襲って命を奪おうとする。

 実は前任の気象観測官だったカフォーと主人公は、程なくして共同戦線を張ることにして、昼間は眠り夜は起きたまま銃を取り、弾丸を放って押し寄せる”それ”を撃退する日々を繰り返すが、そんな最中、主人公の青年は灯台に別にもう1体、生きたなにかが存在していることに気付く。それこそが「彼女はなぜ人間ではないのか」と帯に掲げられた”彼女”だった。

 こうして始まった主人公と彼女との交流は、やがて情愛へと発展しては彼我の間にあったはずの差を薄れさせる。それは押し寄せて来る得体の知れない”それ”との間にあった格差も埋めて、どうして争わなくてはいけないのか、なにが争いの原因になっているのかを読む人に思い浮かばせる。肌の色。宗教の違い。そんな取るに足らないことで謗り合い、争う人間の卑小さに思い至らせる。

 異質な存在の中へと単身で飛び込み相手を理解し、異質な存在だからといって攻めてくるかつての仲間に懐疑を抱くような展開は、ネイティブ・アメリカンの中に飛び込んだ白人を描いた映画「ダンス・ウイズ・ウルブス」や、日本人という蛮族の群れに入り込んでは侍となって西洋と対峙した白人を描いた「ラスト・サムライ」のように類例も多い。

 ただ「冷たい肌」の場合は、絶海の孤島という限定された空間で、主人公とFAフォーと”彼女”と”それ”という、限られた登場人物たちが極限状態へと追い込まれる中でめぐらせる感情のやりとり、繰り広げる行動の様が、シンプルな構図の中に異質な存在への無知から生まれる恐怖心の愚かさ、異質な存在を理解しようと務める向上心の素晴らしさをくっきりと描き出す。

 攻守を変えて、再び新たなタームが始まったラストシーンは、より一層の理解という次なるフェーズへと導くのか、それとも主人公が孤島へと上陸した巻頭へとループするのか。前向きと見るならインターナショナルに世界を変えようとする強い意志、ループと見るなら現状を超えて踏み出す勇気の乏しさをそこに感じることができる。

 願わくば前者の、理解の果てに描かれる平和的な光景が支持されて欲しいものだが、現実的に異形の存在にでくわし、攻められて果たして冷静でいられるのかどうなのか。そして宗教の違い、肌の色、生まれた場所に性別といった格差を人間はいつまで格差として認識し続けるのか。カタルーニャというスペインにあって常に差別され迫害されて来た地域に生まれ育った作者ならではの、彼我の差を思い嘆く感情が紡ぐこれからの物語に、その答えを探すことにしよう。


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