常夜ノ国ノ天照

 救いを与えて、終わりを心地良いものにしがちなエンターテインメントの世界にあって、脱出は不可能といった絶望的な状況へとヒロインを叩き込み、そこでのささやかな幸福を求めて足掻く姿を描いてあって、読んだ人の心をズキッと痛めつけそうな物語。それが諸口正巳の「常夜ノ国のノ天照」(エンターブレイン、1400円)だ。

 幼い頃に暴漢に襲われて左目の眼球を失い、まぶたも傷つけられ、そのままでは世間の基準に照らして醜い顔をさらすことになると、いつも眼帯をしている長身の火野坂暁という少女が、そんな傷を負った過去にかかわる一件で、絶望しながら鉄道に乗って目覚めると、見知らぬ真っ暗な場所に着いていた。

 ネットに噂として漂う「きさらぎ駅」か。そんな思いも抱きながら降りた暁は、そこにいた少年からりんご飴をもらうって舐める。そこで出現した異形の者たちに襲われ、あらがっていたところに緑色のジャケットを着て、帽子を被った男が来て助けてくれた。名をオースティン・ミニ・クーパーS。まるで英国の自動車みたいな名前だけれども、そのとおりに自動車のミニ・クーパーが変じたもので、オーナーに長く乗ってもらったことで付喪神となって、<常夜ノ国>と呼ばれるその地へとやって来た。

 そのクーパーが暁に語るには、<常夜ノ国>はかつて九尾のシロギツネとクロギツネが争った影響で2分されていて、シロギツネを信奉する良い者たちと、クロギツネを信奉する悪い者たちがいて、お互いに殺し合っているという。クーパーは良い側が暮らしているヒガシ町にいて、他に<良い飴屋>やら<良い鍋屋>やら<良い人形屋>やら<良い修理屋>がいて、それぞれに持てる力を振るってニシ町と対峙していた。

 そんな地に暁が呼ばれたのは天照、一種の女神として召喚されたもので、文字通りに常夜の世界を光で照らし、クロギツネの勢力を焼き尽くすためだったらしい。けれどもそれを嫌ってクロギツネの方でも、召還される天照候補をとらえて食らい、抹殺しようと手ぐすね引いていた。

 どうやら暁が最初に出会った少年も、そんなクロギツネの配下か何かだったらしい。そこで何も口にしなければ元いた世界に戻れたはずだったけれど、常夜の世界のものを口にした者は誰ももとにいた世界に戻れない。りんご飴ををひと舐めしたことで暁はもう、元の世界に戻れない身になっていた。激しく嘆き絶望する暁。加えてクロギツネから常に狙われ、攻められるという苛酷な環境下で、残る一生を戦いながら過ごさなくてはいけなくなる。

 そしてニシ町は、新しい天照候補の降臨を知り、自分たちを焼き尽くす力を持った天照を捕らえて喰おうと企んで、ヒガシ町への襲撃を強めてきた。<悪い幻灯屋>やら<悪い胴元>やらが現れ、さらにクトゥルーの邪神のような存在までもが現れてはヒガシ町への攻勢を強めて大勢が殺される。そして最愛の人までも。それでも暁はヒガシ町を守ろうとして、戦線へと身を躍らせる。

 元いた世界で信頼していた相手から邪険にされた悲しみがあり、元いた世界に帰れないという絶望があり、そして戦いではどんどんと味方が倒れていく痛みもあってと、読むほどにシリアスでダークな気分にさせられる。そうした中でいつも飄々として暁のピンチに駆けつけるクーパーというキャラクターが格好いい。オーナーに長く愛された自動車ならではの実直さにジンと来る。そりゃあ暁も惚れるはずだ。

 もう1台、ハコスカという名の男も登場して、しばらくは悪い者たちが繰らずニシ町について暁を狙うものの、そこはクーパーとように同じ日産スカイラインGC10、すなわちハコスカが付喪神となった存在だけあって、誰かに乗ってもらってこそ嬉しいと感じていた模様。世界を滅ぼそうと画策するニシ町の元締めや、若と呼ばれる少年の謀議に嫌気を抱き、暁を助けようと疾走する。その姿もクーパーに負けず格好いい。懐かしい自動車たちの“競演”は、オールドカー好きが読むと嬉しくなれる。

 そんな戦いを経て、悲劇も味わいつつ希望も灯ったこの先に、<常夜ノ国>はどうなっていくのかに興味が移る。暁はもう二度と元いた世界へとは戻れない。ひとまえず得た平穏がいつまで続くかも分からない中で、教えられた希望を頼りにそこで生きていく決意を固めた様子。その結果がどうなって、そして<常世ノ国>で続く永遠とも思える戦いに終止符は打たれるのかを、描かれずとも想像をして楽しみたい。


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