天体少年。 さよならの軌道、さかさまの七夜

 星にななった少年と、星を愛する少女が出合ってから、別れるまでの7日間に交わされた心と心の触れあいから浮かび上がってきたもの。それは、未来から過去へと贈る、命の大切さを思い返させるメッセージであり、過去から未来へと贈る、誰かに思われることの大事さを思い抱かせるメッセージだった。

 渡来ななみという人が書いた、「天体少年。さよならの軌道、さかさまの七夜」(メディアワークス文庫)から浮かんでくる幾つもの思い。それらに触れることで人はきっと未来を思い、過去を省みて、今を精いっぱいに生きていこうと誓うだろう。

 天文学者を父親に持つ海良という名の少女は、家庭を顧みない夫に愛想を尽かして離婚した母親にはついていかず、父親の方について南海の孤島にある天文台にやって来ていた。三行半を突きつけられても父親の科学者らしい奇矯さは改まらず、娘の名前すら呼び間違える体たらく。あるいはわざと呼び間違えていても、それを冗談と気づいてもらえない不器用さ。そんな父親でも、やっている仕事に魅力を感じてついて来た海良は、南の島で夜になれば草原に行って空を見上げていた、そんなある日。

 土星の輪のようなつばがついた帽子を被った、体が透けた少年が、夜の空から降りてきた。人間のように見えるけれど、人間ではあり得ない彼は、自分を「τ(タウ)−38502AW」という名前だといい、そして自分は人間ではなく天体で、太陽系の遠くをめぐるエッジワース・カイパーベルトからやって来たと告げる。

 あり得ない。半透明でも人間に見える姿をしたそれが、宇宙を回る天体だなんてあり得ない。おまけにタウは、自分は時間を逆流していて、7日後の海来と出会ってそして1日づつ時を遡って来たのだと明かす。これまたあり得ない上に、そのことが意味するのは、タウにとってはこれが海良との永遠の別れになるという事実。もっとも海良にとってはタウはまったくの初対面。なおかつ自分を天体だという奇天烈さ。だから海良は、彼がいったことの意味も、彼と出会ったことの意義も、その場では理解できず戸惑うだけだった。

 けれども。次の日にタウと海良は出合い、その次の日にも海良はタウと出合ってそれぞれの出合いが同じ日数くらいになった真ん中あたりで、海良はタウが未来に生まれてとてつもない経験をして、宇宙へと出て天体になってそして、今こうして過去の地球に現れたのだと知って、その運命に驚きつつ、彼に惹かれるようになる。タウの方も、学者らしく傍若無人な父親に愛想を尽かして出ていった母親ではなく、父親を選んでしまったことの後悔を抱えつつ、それでも選んだ自分を納得させようとしている海良の複雑な心理に心を寄せる。

 すれ違いながらも近づいていった海来とタウ。真ん中あたりを過ぎて海良のタウへの思いは、重ねた日数の分だけどんどんと強まっていく。逆にタウは、天空から地球に引き寄せられ、出合ってから数日の海良のことをまだよく知らない。そんなタウに向かって海良は、自分が数日の間に経験して来たタウとの出合いをふり返って教え、そうなる運命へと導いていく。

 タウに出合ったからこそ、そういう言動をとった少女の、その言動を受けてタウは過去にさかのぼって、そうした言動をする。パラドックスともループともとれそうなシチュエーションだけれど、順行と逆行というすれ違う時間の上だからこそ生まれたユニークな交流。そこから、2人が必然とも言える出合いを遂げて過去を振り切り、未来を目指して今を生きようと決意する気持ちが育まれていく、円環の構図が導き出される。

 時間を逆行する天体の存在。そんな天体にタウがなっていく状況。現実にあり得るのかと問われると、解答の難しい出来事だけれど、この広い宇宙の悠久の時にとって、あらゆる常識も塵のようなもの。また、たとえあり得ないとしても、そうした設定を持ち込むことによって創造された、すれ違う時間が生み出す交流と離別と再会のドラマが、与えてくれる感動を支持したくなる。

 やがて父親と肩を並べる天文学者となった海良の、父親にも負けない学者らしい性格や言動が冒頭で綴られ、これだから科学者というものは……といった興味と笑いを誘う。そんな学者に衆生の興味だけで迫るリポーターの俗物的な言動も、2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授をめぐる一連の報道を見れば、ああやっぱりといった感想が浮かぶ。

 もっとも、いくらやれやれと呆れて投げ出したくなる状況があっても、思いを貫き叶えることで得られるものがあると信じて、科学者は研究を続ける。その成果が過去に遡り、今を作ってそして未来を動かすのだと知れば、人はもっと鷹揚にその研究を見守るべきなのだと思うようになるだろう。たとえそれが恋心に動かされたものであっても。むしろそれが恋心に突き動かされたものだからこそ。


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