転落少女破壊 空なき世界<アルミナ>

 少年や少女が、気がついたら異世界に来ていて、そこで才覚なり異能なりを発揮して大活躍するタイプの物語が世間に溢れかえっている。自分を知らない場所で、自分の本当のすごさを思いっきり見せつけたいという、人間なら誰もが持っている願望が、物語とはいえ満たされることが人気の理由だと言えそうだけれど、そこでふと、我にかえってもしも本当に、たったひとりで異世界に放り出されて、本当に活躍できるのだろうかと不安になる。

 異世界でなくても、アメリカの中北部に広がるバッドランズと呼ばれる荒涼とした原野や、アフリカの砂漠や南米の密林といった、現実の地球に存在する世界にひとりで放り出されても、生きていくのに相当苦労するだろう。水や食料を手に入れることもできないまま、動物や悪党に襲われてそれっきり。人に出会えたところで、言葉すら通じないまま捨てておかれる可能性だってある。

 現実ですらそんな不安があるのだから、異世界はもっと危険で厳しくて当然だ。世界は人に都合よくなど出来ていない。それは物語の世界だって同じだと教えてくれるのが、九条菜月の「転落少女と破壊の獣 空なき世界<アルミナ>」(中央公論新社、900円)だ。

 留守がちなカメラマンの父親と2人、アパートに暮らしていた真琴という名の女子高生のところに、ある日突然、自分は兄だといって要人と名乗る一人の少年が現れた。まったく存在を知らなかった兄の登場を真琴は不審に思ったけれど、なぜか同じアパートに暮らす住民たちは、要人が本当に真琴の兄だということを知っていた。そしてその正体も。

 どうやら<アルミナ>と呼ばれる異世界があって、要人はそこと関係がある人物らしい。そして今は行方が分からなくなっている父親も。そのことを知り始め、1度はその<アルミナ>へと行ってしまって、寄生軟体獣という人を襲う危険な怪物がいたり、魔法のような力を使える人がいたりすることを知った真琴に、とんでもない事件が降りかかる。

 要人を慕っている<アルミナ>のお嬢様が日本へとやって来て、シスコンの対象になっている真琴に嫉妬心を燃やしたのか、いなくなってしまえば良いとばかりに真琴を異世界へと続く穴へと突き落とす。前とは違って調整がされていなかった穴の先は、薄暗い森の中。そこで真琴は、前にも見かけた寄生軟体獣の襲撃を避け、どうにか森の外へと出たものの、そこで女子だからといって乱暴な男たちに襲われそうになる。

 世界は厳しさに満ちている。そして誰もがヒーローになれる分けではない。そのことを突きつけられる展開ながらも、真琴の場合はひとつの偶然と、幾つかの準備によって救われることになった。通りがかった子供に誘導され、いっしょに逃げては第五自治区という彼らが暮らす村で、書記のような仕事を得る。働かざる者、食うべからずが絶対の世界で、真琴は異世界の言葉とは知らないまま、異国の言葉かもしれないと思いながら、死んでしまった母親から教わったアルミナ語を役立てることが出来た。

 そんな<アルミナ>に居場所を得ながら、真琴は厳しさを持ったこの世界のことをだんだんと知っていく。父親や要人やアパートの住人たちが、どうして真琴に<アルミナ>のことを教えようとしなかったも理解していく。厳しい世界で生きるのは、異能を持たない真琴には難しかったかもしれない。それなら存在を知らないでいた方が、連れ戻される心配もない。父親や要人はそう考えたのかもしれない。

 結果として真琴は知ってしまい、あまつさえ異世界へと放り込まれてしまった。能力がある者たちは貴族のような暮らしをしていて、そうでない者たちは、抑圧こそされてはいないものの、周辺を跋扈する寄生軟体獣から身をまもってもらうために、異能の力を持った存在の世話を受け、その代わりに大変な税金を納めている。階層があって、強者と弱者がいる世界が、しっかりとした設定の上に構築されているところが、<アルミナ>という架空の世界にリアリティを与えている。

 そんな<アルミナ>に、昨日まで誰からも守られていた少女が、突然放り込まれた訳ではなく、前に一度、そんな世界があることを身を以て分からせていたことも、少女が右往左往しながら偶然だけで生きていくような、あるいは秘められていた力が爆発してすべてを従えていくような、他に類を見る作品とは一線を画している理由になっている。なかなかに巧み。そんな<アルミナ>で真琴は無事に生き延びて、要人やアパートの仲間たちと再会することができるのか。失踪した父親が握っているらしい謎は明らかにされるのか。続きが気になる。

 父親が<アルミナ>から逃げてきた犯罪者で、その父親ともども異世界へと連れ戻されてしまった、真琴の担任の女性教師と再会することもあるのだろうか。そこも気になる部分。一応は無能力者でありながら、何か秘めていそうな真琴の活躍も。それらが明らかにされるのを期待しながら、シリーズの行方を追っていこう。


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