天空の翼 地上の星

 王子として生まれ、いずれ国を率いると見られながらも革命によって国を追われ、命の危険にさらされながらも逃げ延びた先で、いつまでもいつまでも国を奪還するための執念を燃やし続けることは可能なのかと考える。革命の最中に命を奪われた父母の仇を取るといった動機だけでは、追われ逃げながら10年を生き続けることは大変そう。天より与えられた運命になら従わなくてはといった信仰心も、荒んだ生活の中で保ち続けられるとは思わない。

 そもそも追われる過程で手勢は失われてほとんどその身ひとつの元王子が、何を言ったところで付き従ってくれる軍隊も官僚もいないだろう。恩義を感じるほどには国は栄えていなかったとあっては、革命によってトップが変わったのならそちらに与して生き続けることを選んでも仕方がない。落剥の元王子による復讐なんてそう簡単には起こらないもの。そう考えた時、それでも元王子が立ち上がるとしたら、理由は何かを考えてみたくなる。

 「裏閻魔」を書いてデビューした中村ふみによる講談社X文庫ホワイトハートから刊行の「天空の翼 地上の星」(660円)はそんな、流浪の王子による王位簒奪社を相手にした戦いの記録といった内容の小説だ。徐という名の中華風の国があってそこに生まれた王太子がいたけれど、国王による善政とは名ばかりの無為無策が遠方の飢饉を招いて飢骨なるバケモノを生みだし、その混乱に乗じて山賊の頭領が立って王都へと進撃を開始する。

 それまでの無為無策もあって人心を失っていた王国は反乱を抑えられず、王は王玉なる王権の正当性を体現するものを11歳だった王太子の寿白へと譲って、自らは妃とともに自害し300年の栄華を誇った徐はいったん、滅び去る。世間は嘆いたか? 無策だった王がいなくなって良かったといった声が大勢だった。

 それから10年が経って、庚と名を変えた王国のとある街にひとりの青年が現れる。飛牙という名の彼が酒場で色目を使った女性が、実は大府すなわち街の長官の妻で飛牙は間男として捕まり死刑は確実。もう諦めようと思ったところに、天令というかつて寿白に王玉を移した一種の天使が現れ、飛牙に王玉を返せと訴えた。

 嫌だと答えた飛牙は欲しければ助けろと言い、地上のことに手出しは出来ないと断る天令の那兪を困らせるものの、最終的には飛牙を食わせようとした虎を手なずけ、そして飛牙自身も動物を意思を通わせる力を使って、死刑を観に来ていた大府を虎に襲わせ、その隙に逃げ出しては都を目指す。かつて王太子として暮らしていた都を。

 王玉を受け継いだから仕方なく王位を取り戻そうとしたのか。それなら王玉を返して市井の人間になればよかった。けれども出来なかった。身に迫る危険より、民たちが直面する苦境が、ひとりの人間として飛牙を突き動かしたのかも知れない。まずは国がどうなっているかを見極めようと、都に行った飛牙はとりの少女を厄介事から助けつつ、その家に隠れるように暮らし始める。

 都では寿白の死を信じていないかつての知人が生き延びていて、今は宦官となって後宮から寿白を探しつつ、庚の転覆を画策していた。都合良く簒奪者の王は体が弱って死ぬ寸前。その治世は前よりも悲惨で反乱の画策も進む中で、飛牙は那兪から王玉を返せと責められ、宦官からも寿白なのか違うのかと目を付けられる中で、次第に自分自身の居場所について考え、為すべきことを為そうと動き出す。

 革命によって王位を簒奪した山賊の頭領は、欲に溺れ部下を統率できないまま国を荒れ果てさせる一方だった。飛牙が最初に捕まった街でも代官が悪行を働き民を苦しめていた。より悪くなる一方の統治に、これなら前の方が良かったといっても後の祭り。さかのぼれない時間を思いつつ、今の不満を未来の災厄へと変える可能性を常に感じておく必要がありそうだ。

 中国の歴史で言うなら、前漢が王莽による簒奪によって滅亡しつつ、後漢がすぐに立ちあがって易姓革命は中座したような時代をフィクションの中に描いて見せたような小説。天命による資格が尊ばれる中華風の王朝ならではの事情が描かれていて、王位の簒奪が現代のクーデーターのようにはすんなりとはいかない様を教えてくれる。

 偉人を追いかけた歴史物の小説というと、普通は何十年もの時間が経過する中で、大河ドラマ化してしまうのが常。短いといっても人の人生は結構長いもので、織田信長が達観したように語った50年も相当に長い。幼少から死までを語り始めたら、それこそ何巻もの本を積み重ねなくてはならなくなる。

 「天空の翼 地上の星」はそういった展開にはせず、人が育ち考え動くようになるくらいの期間として切り取り、そこに生きた少年が青年となって国を取り返して立て直そうとするまでを、1冊にしっかりと描いてあって、読んで納得の感慨を得られる。人物を絞り戦乱を削って王室でのやりとりに終始させてあるから、ダレることなく読んでいける。

 飛牙のその後の身の処し方もさらりとして鮮やか。後を引かないようにしてあるけれど、国は他に3つもあってそれぞれが語られないまま過ぎるのは勿体ない。そうした国々が舞台となった物語が、あるなら読んでみたい。


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