星読みの騎士

 占い師に向かない性格。それは、強い正義感の持ち主。

 惑わせてかすめとろうなどとは考えず、相手に信頼され、望まれる言葉を告げるだろう占い師には、嘘つきよりも詐欺師よりも正義感の持ち主の方が、絶対に向いているという見方もなくはない。

 けれども、決してそうではないことを、「あそににいくヨ!」や「ぷりせんす・そーど」といったシリーズを発表してきた、ライトノベル作家の神野オキナによる一般向けの小説「タロット・ナイト 星詠みの騎士」(双葉社、1300円)が教えてくれる。

 ルーナという名で人気占い師として活躍していた姉が、バイクに乗っていて交通事故に遭い、両足を骨折して入院してしまった。母親とは既に死別し、父親はいるにはいるもののアメリカに単身赴任中。生活費や学費もあまり面倒を見てもらえなかで、稼ぎ頭だった姉が事故で仕事に出られないとなると、予備校に通う弟の大介は、たちまち干上がってしまう。

 占い師たちが集まる「フォーチュン・ハウス」で、ナンバーワンの占い師として引く手あまただったルーナが長く休むと、勤め先にも少なからず影響がでる。これは困ったということで、大介に姉から求められたのは、姉の代わりに「フォーチュン・ハウス」で占い師として働くことだった。

 もっとも、クールなイケメンとして女性客から憧れられる容貌でもない大介は、姉についた客を離さず、新しい客も得られるようにと、女装して化粧を施された上で、リーナの妹エメリアとして、すこしトロめで可愛い子ぶりっこしたキャラ立てで、占いの現場に立つことになった。

 得物はタロット。まるで知識のなかった大介は、店のオーナーのマダム・クレナイから、カードのリーディングについて教えてもらい、自分でも勉強した上で、やってくる客に対応しようとする。10枚を使う伝統的なケルト十字のスプレッドは、付け焼き刃では絶対にこあせない。マダムはたった3枚のカードを並べ、過去・現在・未来を暗示するものとして読むスリーカードを大介に伝授する。

 そうやって学んだ上で、最初にやって来たリーナの顧客だった女性に対して、それなりに適切なアドバイスを出来たと感じた大介変じてエメリア。ところが、姉の知り合いだと聞いたなら、まず姉に連絡するなり、連絡するふりをしなかったのかと怒られた。そうすることによって、相手に安心感を与えられるというのが理由。この心理的な誘導こそが、占い師にとって必須の技なのだという。

 それを見知ってエメリアは、次から単にカードを読むだけではなく、相手の言動から推理し、自分で考えた上で、相手が望んでいるだろうことを語って聞かせ、背中を押してあげようとする。ここで肝心なのは、正しいことが相手の望んでいることではないということ。タロットによくない卦が出たとしても、それをそのまま言っては相手に嫌われる。酷ければ客として逃げられる。

 解釈をねじ曲げるのも間違っている。相手が望んでいる方向で、読みとり諭し導いてあげることが重要だ。たとえ相手が危険な道に踏み込もうとしていると分かっても、それを相手が気づかないままなら、無理に気づかせる必要はない。占い師は正義の味方ではなく、相手の心の味方なのだ。それを誤ったら占い師として失格なのだ。

 それなのに大介は、我慢できない事態に直面して、強い正義感を発揮してしまう。エメリアのもとに占って欲しいとやってきたのは、大介がかつてアルバイトに行った先で出会った由美という女性。白百合軍曹と綽名されたように、すらりとした長身で厳しい性格を発揮し、アルバイトをこき使って反感を買っていた。それを思い出した大介は、エメリアとして由美にあまり良くないことを言って、不安がらせてやろうと一瞬思った。

 もっとも、すぐに間違っていると思い直して、占い師らしく相手の願いをくみ取っては、以前に見た時とはまるで違って、恋にも男性にも慣れていない純情そうな由美が、初めて得られた男性との交際の機会を、成就させてあげようとアドバイスを贈る。由美も大喜びして何度も通ってくるようになり、果ては交際相手もいっしょに連れてきて、貴重な恋が成就するよう、エメリアの占いに勇気づけてもらおうと願う。ところが。

 大介は感じてしまった。相手の男には何か裏があるらしいことに。そう気づいた時点で、みすみす由美がが不幸になることを止めるのが、人間としての正義というものだけれど、そうした正義感は、占い師にとっては無用なものだとマダム・クレナイは大介に釘を差す。エメリアとして働き続ける必要がある大介も、いったんはそう認めたものの、姉のリーナと違って、あくまでアルバイトの占い師。その道で一生を貫く覚悟は持てなかった。

 ここに浮かび上がってくるのが“流れ”というもの。由美の交際にはいろいろと裏がありそうだと知ってしまったこと。彼女がつきあっている男性の正体を探るのが技術的にも資金的にも難しそうな時に、それを出来る人と巡り会ってしまったこと。重なる偶然を必然と受け止め、正義を貫くことこそが流れなんだと理解して、大介は自分の思いを貫こうと動く。

 結果。人としてのひとつのハッピーエンドを迎えられそうになるけれど、一方で占い師の本質から外れてしまっていることに気づいた大介は、ひとつの決断を下す。それをもったいないと思う気持ちも多そうだけれど、弱気を付いて関心を引くような行為を正義感の持ち主としても、占い師としても受け入れる訳にはいかなかった。かといって占い師でなければ訪れなかった出会い。世の中はまことにままならない。

 結論。占い師になりたかったらあらゆる正義感を捨て去るべし。人として幸せになりたかったら占い師にはならず、占い師にも頼らず、己の思いを貫き通せ。結果がどうあれそれが満足した人生を、恋路を送れる方策だから。


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