正月十一日、鏡殺し
 「裏本格」とは、「火曜サスペンス劇場」と見つけたり。

 いや、別に「土曜ミステリアス劇場」でも「木曜推理劇場」でもいいんだけど。「月曜ドラマランド」はちょっと違うかな。まだ「世にも不思議な物語」とか「少年ドラマシリーズ」の方が近い感じがするね。

 だってそうじゃない。姑とのいさかいが耐えない未亡人が、カッとなって部屋に飾ってあった鏡餅で殺人を犯してしまう「正月十一日、鏡殺し」でしょう、親しくしていた女の図々しさに辟易しつつも、ついつい会社の金までつぎ込んでしまった挙げ句、やっぱりカッとなって殺してしまってから思い悩む男の話「猫部屋の亡者」でしょう、モデルになった幼なじみの家に下心ありありで行ったら、顔じゅう血だらけになった幼なじみを発見して、ついつい情にほだされてしまう「美神崩壊」でしょう。

 うらぶれた2線級の俳優なんかを上手く配して、捜査にあたる刑事さんとかに渋目のオジサン俳優なんか当てたら、ほらもう「水曜スリル劇場」。10時前後にお風呂シーンとかセックスシーンとかを無理矢理にでも挟みこんでおけば、主婦のハートはがっちりさ。

 「あえて探偵を廃し あえてトリックを抑え あえて論理合戦を殺ぎ落とし 絢爛豪華な謎もなく 物語はあくまでも日常で しかも精神は本格」って、歌野晶午さんは「裏本格」を定義してる。そんな「裏本格」の話ばっかりを集めたってふれ込みなのが、さっきの鏡餅の話なんかも入った「正月十一日、鏡殺し」(講談社ノベルズ、780円)って訳。

 「新本格」とか「闇本格」とか「反本格」とか「超本格」とか、これまでにもキャッチフレーズって山ほど作られて、単行本や新人作家なんかに付けられてきたけど、何を指してるのかさっぱり解らなかった。その点「裏本格」は解りやすくてよかった。これからテレビの2時間ドラマは、「金曜裏本格劇場」って付けましょう。

 あっと、ただの2時間ドラマじゃあ、まだ「裏本格」って名乗れないのかもしれない。だって歌野さん、「しかし精神は本格」って言ってる。「精神」って言い換えると「心意気」ってことかな。「理想」でもいいか。「プロデューサー、オレは2時間ドラマの主演にサユリを使うぞー」「いいねえ、ヤマちゃん、その心意気。でも予算がねえんだよな」「理想は高く、現実は厳しくってか、あーあ」。かくして当初の高邁な精神はどこへやら、2時間ドラマが粗製濫造されていくのです。

 でも、シナリオの段階くらいは「本格の精神」って持っていたいよね。どれどれ、まずは「正月十一日、鏡殺し」はっと、うーん開けてびっくり鏡餅、ドスン。2浪の盗聴マニアが謎の暗号を解析して事件を防ぐ「盗聴」は・・・・、いいねえ、この謎解きは最高。でもオレ、東京人じゃないからサッパリ解かんなかったよ、地名も線路の名前も。作者初(日本初?)の推理詩小説「記憶の囚人」はその意気やよし、でも途中でダレる。

 線路に墜ちて死んだ少年をめぐる、いじめられっ子といじめられっ教師との責めぎ合いを描いた「プラットホームのカオス」は「高校生裏本格日記」かな。「猫部屋の亡者」の青年、悩むくらいならコロすなよ、この小心者!

 珠玉の掌編が7編。「日常の中に紛れ込んだ謎、そして恐怖」って裏の惹句も、「恐怖、そして戦慄」って帯の惹句も間違いはない。でも帯の上の句「ミステリを極めたがゆえの」は余計だと思う。ミステリとか本格とか、そんなキャッチフレーズを付けるから、読む前から妙にかしこまってしまったじゃない。初めから「火曜サスペンス劇場ですよ」「世にも不思議な物語ですよ」って言ってくれていたら、素直に「そうなの? でも面白いよ、コレ」ってなったと思う。

 7編では「プラットホームのカオス」が1番好き。いじめられてる生徒の心も、生徒にビクビクしながら生活している小心者の教師の心理も、手に取るように解る。最後の場面、ああせざるを得なかった2人の気持ちが痛いほど伝わってくる。もしかして歌野さん、いじめられっ子だった? 小心者だった? そのくせプライドが高い? いけないいけない、つい自分と重ね合わせちゃった。

 また書いてね「裏本格」。もっと読みたいなあ「裏本格」。そのうちホントにテレビ化されて、「歌野裏本格アワー」なんて出来ちゃったりして。


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