滅びかけた世界で、不老となった男が、世界を救う力を持った天使のような少女を探し、伴い、導いて遠い岸辺にある空中都市へと旅をするSF作品「無限のドリフター」(電撃文庫)の著者近影に、ハヤカワSF文庫の青背を並べてSFへの傾注ぶりを見せていた樹常楓。その新刊「シェーガー」(電撃文庫、590円)では、著者近影でさらなるSFへの深い傾注具合を見せている。

 並べているのは、ウィリアム・S・バロウズの「爆発した切符」やマイクル・コニイ「ブロントメク!」、サミュエル・R・ディレイニー「エンパイア・スター」、J・G・バラード「夢幻会社」、R.A.ラファティ「イースターワインに到着」といった、著名でありながら、いざ読もうとするとなかなかに困難が伴うサンリオSF文庫の作品群。持っていたなら通であり、集めたとしても結構な出費を余儀なくされる。

 のみならず、ピエール・プロの「この狂乱するサーカス」やウィリアム・コッツウィンクル「バドティーズ大先生のラブ・コーラス」、フィリップ・キュルヴァル、「愛しき人類」といったところも並べては、ハヤカワの青背や東京創元社のSF文庫に入っている作家だけがSF作家ではないのだという自己主張も見せている。この勢いを続けるならば、次は集英社ワールドSFシリーズを並べてくれるに違いない。そこにマイクル・ビショップ「樹海伝説」が入るかどうかが気になるところだけれど。

 むしろそれより気になるのは、この「シェーガー」の続きなりが刊行されて、著者近影が更新される可能性があるのかということ。果たして読み終えた目にはあるかもしれないと映る。なぜなら描かれた世界にはまだまだ非道がまかり通っていて、そして憤りを背負った少年と、後悔を胸に秘めた少女が出会い歩み始めたばかりだから。

 舞台となっているその世界は、7割近い都市を企業連合が運営し、そして残りの3割を都市を世界政府がほとんど名目的に管理するような形になっている。そして、世界政府管轄の都市の幾つかで立て続けにテロが起こり、ラフレシアという都市に居た羽柴レッドという名の少年は、いっしょに歩いていたガールフレンドのミズハを目の前で砂に変えられてしまう。

 ビリジウム。高いエネルギーを持ちながらも、扱い方を誤れば多大なる悪影響をもたらす物質が、都市で兵器として使われ、人間も街も分子結合を弱められ、砂へと変えられてしまった。わずかに生き残ったレッドを含めた人間も、体内に残留するビリジウムによっていつ死ぬかもしれない状態。体力を奪われ神経をむしばまれ、記憶すら失っていく症状を恐れ、レッドと一緒に入院していたミランダという女性は自殺した。

 レッドもいつミランだの後を追うかもしれない状況にあったけれど、そこに救いの手が伸びた。柊カイエという名の少女が、「シェーガー」というテクノロジーを使って生き延びないかと持ちかけてきた。最新型の強化骨格。それを身につけることで人はとてつもないパワーを発揮できるようになる。もっとも誰でも適合できるという訳ではない「シェーガー」の装着者として、レッドは一種、モルモットとしてその処置を受け、見事に適合を果たす。

 ビリジウム症の進行を遅らせる薬も大量にもらったレッドは、「ゴースト」というコードネームを得て柊カイエの指揮の下、ビリジウムテロの真相を探り自分の彼女を、あるいは他の面々は家族を奪った敵に復讐しようとする。<そして追いつめた犯人らしき男。その口から明かされた事件の真相にレッドは憤り、迷い悩んで苦しむ。

 金のためには、収益のためには人命ですらあっさりと切り捨てるような企業の論理の醜悪さが浮かび上がってくる展開は、まだそこまでは行ってないものの、労働者を道具のように扱い、使えなくなったら切り捨て始めた現実の世界がいつかたどり着く姿を描いているようで身がすくむ。いつかそういう世界が訪れる可能性に苛まれ、生きているのが辛くなる。ビリジウムによって体力や思考を奪われるののも辛いけれど、生きていく希望を奪われることも人間にとっては辛いものなのだ。

 もうひとつ、企業都市を管轄する役目を与えられ、独立して活動していながらも企業側の巻き返しに遭って追いつめられる人工知能の決然とした態度は、裏切りも平気な人間という生き物の醜悪さを感じさせずにはおかない。

 ビリジウムの副作用は、患者たちの脳に失った者たちの幻覚を見せる。すぐそこにいるような感覚につきまとわれて、あちら側へと誘われる日々。生きている意味なんてないのかもしれない。死んだ方が楽になれるかもしれない。そんな誘惑に人はうち勝てるのか。勝てるとしたら何が必要なのか。復讐か。他人の幸福か。自分が生きて生き延びることによって救われる何かがあるという使命感か。レッドの決断から考えさせられる。

 ガジェットとしてのシェーガーが持っている驚異的なパワーの源泉にあるらしいビリジウムという物質の謎など、気になる部分も多々ある物語。ビリジウムが人に幻覚を見せる作用は、本当に単純に脳を揺り動かしているだけなのか、それとも現実に作用するような効果がビリジウムにはあるのか。そんなた興味も抱かせられ、それらが明らかにされるかもしれない今後への関心を誘われる。

 ひとつは叩きつぶされても、世界を支配する財閥はまだ残る。欲得にまみれ非道に手を染めた奴らを相手にしたレッドの戦いが、続きとして描かれるとしたら、そこでは著者近影に何が使われるのか。期して待ちたい。散財の成果を。


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