すみれの花咲くガールズ1

 人はいつ、宝塚に目覚めるのか?

 永遠に目覚めないまま、舞台も知らず団員の名前も知らないで、一生を終える人だって皆無ではないけれど、たいていの人はどこかから、何かしら情報を仕入れて宝塚という女性ばかりの歌劇団の存在を知る。

 もっとも、それはまだ目覚めたことにはならない。宝塚という集団があって、女性が男役も娘役も共に演じて舞台を作っている。それを知っても、宝塚に目覚めたとは言い切れない。テレビで放送されている舞台を見た。その華やかさにちょっと興味を持った。これは目覚めか? 少しはそうかもしれない。

 けれども、やはり目覚めというなら、そこで宝塚という存在に心底から前向きの興味を抱いて、実際の舞台を見に行こうと思うか、実際に見に行くかしたところをもって目覚めたと言いたい。もっとも、今は昔ほどテレビで宝塚の舞台が放送されてはおらず、情報も昔ほど広くて濃いものが流布されているようには見えない。

 多様化した趣味と、能動的に情報へとアクセスできるメディアの発達が、興味の濃淡をくっきりとさせて、自分に届かない情報から身を遠ざけせている。何かのはずみでフワッとした好感を抱き、そこから本格的な興味へと向かって、“目覚め”へと至ることが少なくなっている。それは宝塚にも言えることだ。

 そんなメディア状況にあって、比較的広いアクセスを招くメディアがまだあるとしたら、それは連載されている漫画だろう。つい手に取ったりしてしまう可能性、つい見てしまう場合が高くて多いメディア。そこで宝塚に接したことが目覚めを誘う。そんなケースが想定される。宝塚に関する面白い漫画があればだけれど。

 それがあった。いや現れた。朱良観、という人による「すみれの花咲くガールズ1」(小学館)という漫画は、とてつもない強さと輝きで、読む人を確実に宝塚に目覚めさせる。女子高生が宝塚を目指すという設定自体、決して珍しいものではないけれど、読むと一気に引き込まれ、そして是非に本物の宝塚の舞台を見てみたい、劇場へと足を運んでみたいと思わせられる。

 背が高く「歩くのれん」とまで言われ、いつもオドオドとしている女子高生の宇佐見真由が、男子なのに宝塚に入りたいと性別を隠して宝塚音楽学校を受験までした、熱烈な宝塚ファンの梶本辰之進という男子高校生に引っぱられ、刺激されて宝塚を目指す。それがこの「すみれの花咲くガールズ」という漫画のストーリーだ。

 強引で饒舌な辰之進にいくら言われようと、応じなければ済んだはずだけれど、同級生の女子2人と作っていた演劇部がほとんど活動をしておらず、部室で焼き肉を作って食べるような怠惰な日常に、どこか飽きていたことと、そして辰之進の挑発的な言動が、茫洋としていながら、実は内心に強い気持ちを真由に火を着け、負けたくないと感じたことが、真由に辰之進が出場を決めた学園祭の舞台に挑ませた。

 もうひとつ、何か実績を残さなければ廃部になってしまうという条件も付けられ、否応なしに学園祭の舞台に立たなければいけなくなった真由は、仲間の2人とともに、宝塚を受験しようと考えるくらいには歌も踊りも出来た辰之進の指導も受けて、宝塚がショーで演じる男役が、黒い燕尾服を着て群舞を踊るシーンを必死で練習する。

 真由のがんばりに、仲間の2人も吐くほどに、そして体がげっそりと痩せるくらいに練習し、ダイエットもして真由との舞台を作ろうとする。そして、明日が舞台という日に辰之進が真由にもうひとつ、条件を出すもののそれを絶対に嫌だと拒絶した真由。高い身長を厭い、女性らしくあろうとした結果を否定されるような要求を、のめるはずもなかった。ところが。

 学園祭の舞台に、ある決断をして臨んだ真由は、自分の人生にとってとても大切なことに気が付いた。それは自分を見てもらう楽しさと、見て喜んでもらえる素晴らしさ。少しばかりの対抗意識と、嫌がらせの気持ちもあって起こした行動が、結果として誰かを喜ばせ、自分自身を楽しませることを知った真由は、そこから新しい自分を掴みにいこうとする。

 まさに人生の節目ともいえる瞬間、真由がとてつもない決断をして自分をさらす場面が素晴らしい。新しい才能の誕生が、新しい星の爆発がそこにあった。見ていた辰之進が涙を流すほどに感動したその決断を、漫画として読む者たちもきっと涙ぐむ。そして決心する。宝塚を見に行こうと。黒燕尾の群舞を、スターの歌声をこの目で見に行かなければならないと。目覚めが訪れた。

 宝塚が大好き過ぎる辰之進の猪突猛進ぶりが迷惑千万で、鬱陶しくもあるけれど、そんな彼のダメでもぶつかって行き、跳ねとばされても諦めない意思が、ウザさを超えて周囲の人に影響を与える展開も悪くない。誰だって最初は、お前の残念を押しつけるな思えるだろう。それが次第に変わってくる。

 恥をかかせて通っていたダンススタジオは潰しかけるわ、それで別の少女の運命も変えてしまいそうになるわと実に鬱陶しい辰之進。それでも、だったら、自分はどれだけ頑張ったのか? 他人に遠慮して諦めてないか? そう自らに問いたくなってくる。やってやろうと思えてくる。

 その境遇に至った真由は、どうやって冒頭に描かれた、あの場所へ、あの舞台の真ん中へと辿り着くのか。展開が楽しみだ。


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