THE STRENUOUS LIFE
ストレニュアス・ライフ

 どんな仕事も大変で、そしてどんな仕事も面白い。例えば象使い。世界で最後の象を連れ出し、長い鼻で人の頭をぐるりと巻いてあげると、消えていた記憶が甦ったり、新しい発想が浮かんだりしてくる。誰からも喜ばれる仕事。そして世界で唯一の仕事。それが面白くない訳がない。

 もっとも。象は契約が終わったからと言って、どこかへ行ってしまって、象使いは象使いでいられなくなり、犀使いに転職した。犀のいったい何を使ってどうするのか。それは分からないけれど、象が象だったのだから、犀もきっと犀ならではの何かを与えるようになるのだろう。楽しみだ。

 あるいはバスの運転手。ウサギが引っ張るバスで大勢の人を運ぶ仕事だけれど、いつも乗ってくれている2人の子供の様子が、いつもと違って見えた。喧嘩でもしたのか、そっぽを向き合い手も触れない。あんなに仲が良かったのに。見ていてどうにも切ない。

 だからバスの運転手は、バスを引っ張るウサギにニンジンを投げ与えた。ひょいっとニンジンを取ろうとしたウサギの動きで、バスがガタッと傾いて、1人の子供が倒れそうになった子供を支えてあげた。きっかけが生まれ仲直りができた2人。運転が下手だと他の乗客に怒られたけれど、それでも心の中では喜んでいただろう。見たかったんだ、あの笑顔を。

 庶務第1課のタカダさんが腕に乗せているのは鷹狩りの鷹。けれども、別に会社の中を走り回る動物を捕まえるのではなく、放った先にあるパソコンのキーボードの上で鷹に爪を立てさせ、システムのメインテナンスを行うのが鷹の仕事で、それをやらせるのがタカダさんの仕事だった。どうやらコマンドデバイスと呼ばれる鷹との相性が良かったタカダさん。く、仕事があれば庶務から引っ張り出されていた。

 けれども、ちょっぴり好意を抱いていた、格好いい広報担当の青年の前で頭がカッカとのぼせたのか、鷹は熱暴走してしまい、パソコンではなく青年へと向かってその頭に爪を立てる。良いときは持てはやされても失敗するといろいろ面倒。それでも普段とは違う自分になれるのはとっても誇らしい。

 博士の助手としてホムンクルスを育てる仕事。小さいけれども美しく育ったホムンクルスに手を差し伸べようとしたら、溶けて消えてしまった。やがて、助手自身も博士が作ったホムンクルスとして限界が来て溶けてしまい、そして、博士自身も寿命が尽きて机に突っ伏した、その姿を天上より眺めている目があった。命を預かり育て慈しむ仕事は本当に大変。けれどもとっても意義深い。

 魔女と偽り、森の奧で時計の修理をしていたところを踏み込まれ、兵器の開発を迫られながらも、脱出していく若き女性科学者の仕事。船を迷わす美しい魔物を退治しようと近くに迫りながら、持てる美貌ゆえに魔物に惹かれてしまった水兵の仕事。画一的な工場で、誰もが決まった部品を作っていたところで、1人違うものを作ろうとした男が、結果として地表に黒い雪を降り注がせた仕事。危険もあれば苦労も少なくない仕事だけれど、それでもやっぱり楽しげだ。

 丸山薫が24編の短編漫画に描いた、さまざまな仕事の物語。「ストレニュアス・ライフ」(エンターブレイン、620円)には、そんな漫画が時にコミカルに、時にファンタスティックに描かれていて、読む人を幻想と想像の仕事の世界へと誘う。天から降ってくる象のために、地表に置かれたカメに酒を入れる仕事。巨大な羊によじ登って、その毛を刈る仕事。何かの役にたっている。自分にしか出来ない。自尊心や功名心をくすぐられ、手にそんな職をつけてみたくなる。

 あらゆる古今の本を集めた図書館で働く司書の苦闘の物語。小説が散らかした原稿用紙に潜む命についての物語。いずれ劣らぬ面白さにあふれた仕事だけれど、やっぱり1番は、東方夜總會という酒場で、滅多に出合えない伝説のレアホステスと呼ばれることだろう。流感で何人ものフロア担当者が倒れたピンチに、女店主が向かったのは経理を担当するジェイという人物だった。

 怒りっぽくてガサツな青年に見えたジェイが、女店主の淹れたお茶を飲んで気絶している隙に施された着替えと化粧で、誰よりも美しいホステスに変わり、やって来た客を喜ばせる。実は女性だったジェイが、その美貌を眼鏡とボサボサの頭の下に隠して、経理を担当しているのはなぜなのか。その理由、そしてどれだけ傲岸不遜でも、女店主には絶対に逆らえない裏にある、酒場と女店主の秘密を探る長い物語を、いつか読んでみたい。

 巧みで美麗で楽しく奥深い。どれをとっても1級の内容とまとまりを持った短編から、仕事を探しあぐねている人は、こういう仕事をするためにはどこにいけば良いのかを考え、新しい仕事を立ち上げようと考えている人は、どうすればこういう仕事を世の中に提供できるのかを考えよう。仕事は与えてもらうものではない。自分のために、そして喜ぶ大勢の人のために出来ることをするものなのだから。

 実は傾国のお姫さまだというなら、昼間は屋台で中華を作り、夜は湖で消えてしまった王国のために祈ればいい。そんなお姫さま、どこかにいたりする? いたら出てきてもらえれば、娶って料理と敬意の両方を同時に得られるんだけれど。


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